2012年01月24日

路上演劇祭JAPAN in 浜松2012の下見に行った

21日(土)14時~有楽街に集まり、路上演劇祭の下見。
毎年恒例となり、かれこれ3回目。
そしていつも年が明けてのこの時期。
当然寒い。
でも5月の本番から逆算すると場所決めを兼ねた下見は必然的にこの時期となる。

だらりと集まり
だらりと歩き
だらりと話す。
他の人は知らない。
でも僕はいつもそんな感じ。
これから始まるのだという確かな予感だけは胸に
だらりと休日の寒空、人と過ごす。

この日は寛永堂さんというはんこ屋さんで話を聞き
有楽街を北から南に歩き
鍛冶町公会堂を覗き、
肴町の喫茶店beni (ベニ)でコーヒーを飲む。
beni を出たら雨が降っていた。


写真はこの日撮ったものではないですが、昨年暮れ、肴町で撮った壁です。

  

Posted by テトラ at 00:18Comments(0)TrackBack(0)路上演劇祭

2012年01月18日

ファイナルイベントが終わった

15日(日)クリエート浜松ふれあい広場にて15時~。
昼前に到着するとすでに浜松写真連絡協議会の方々によるパネルの展示作業が行われていた。
会の方々には昨年に引き続き、各劇団の稽古場に撮影に来ていただいた。
劇団側は撮影の場を提供する、写真の方々は作品を作る場を得る、という関係なのだが、
結果としては、ほとんど記録されることがない稽古の過程が写真家たちにより撮影されるから、この上ない体験だと思う。
そして、その作品たちがパネルに貼られ、各公演会場のロビーで展示された。
ファイナルイベントでもその集大成と言うべく、各劇団のパネルの展示準備がされていた。
どんなに感謝しても感謝しきれないと思った。

15時ファイナルイベント始まる。
短編作品の発表は「今日も君子は日記を綴る」、「風船」、「正しい税金の使われ方」の順。
(記憶で書いているのでタイトルもしかしたら多少違うかもしれません。失礼)
それぞれ演出の意向が反映され、何より2~3回の稽古にもかかわらず、参加してくれた役者たちが奮闘。
その姿に感動。もちろん作品に感動。
高校生たちも(なんと中学生もいた)、大人たちも、演技ワークショップに参加してくれた人の中から自ら手を上げて参加してくれた。
そして、フェスに参加した6公演のダイジェストDVDのプロジェクター上映。
最後に審査発表。
受賞劇団、受賞者の方々、よかったね。

俺は何をやっただろう。
とりあえずは打ち上げを段取った。

18時から街中繰り出し打ち上げ。

家に着いたら3時過ぎていた。

その日の仕事には多分影響なかったと思う。(自称)






  

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2012年01月15日

市民劇団どあのぶと演劇集団esのW公演を観た

14日(土)19時~袋井月見の里学遊館特設ホール。
市民劇団どあのぶは「らぶ・れたぁ」、演劇集団esは「HUG ME」
ともに50分くらいの作品。
どあのぶは袋井の劇団。
esは掛川の劇団。
ともに現代劇。
今はだれもが生きにくいらしい。
若者も母になろうという人もお母さんもおばあさんも。
らぶ・れたぁ=ラブレター=愛の手紙ほしいし、
HUG ME=ぎゅっとされたいのだ。
小さな会場だったが、客席の目の前に舞台があり、役者たちも伝わるあたたかい演技。

  

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2012年01月12日

はままつ演劇・人形劇フェス2011「ファイナルイベント」

1月15日(日)15時から(30分前開場)クリエート浜松1Fふれあい広場でファイナルイベントが行われます。
2012年になりましたが、フェス2011の最後のイベントです。

内容
◎劇作セミナー→演技ワークショップから生まれた短編3本の発表。
◎フェスをふりかえるDVDの上映。
◎各賞表彰式(最優秀賞、やらまいか賞、MIP賞、最優秀男優賞、最優秀女優賞、劇評賞)

入場無料です。

ぜひお立ち寄りください。




  

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2012年01月07日

シネマe~raで「エンディングノート」を観た

7日(土)17時~。
上映後、監督の砂田麻美さんのトーク。
末期のがん宣告を受けた監督の父の残された人生をエンディンングノートというキーワードで描いたドキュメント作品。
終了後のトークで知ったこと。
この映画は父ががん宣告を受けてから撮り始めたわけではないということ。
娘である監督はいつも家族を撮っていたのである。
子どもの時から撮影の係だったそうだ。
家庭で、旅行先で、家族の日々にカメラを向ける。
映画にも過去に撮った映像がたくさん出てきた。
とりわけキャッチな言動や動きをする父にはカメラが向きがちだったようである。
この映画はそれらの集大成である。
一時はカメラを向けるのをやめようと思ったそうである。
娘として父に対応しなければならない。
カメラを向けている場合ではない。
ところが、他の人から撮るべきであることを言われた。
そうなのだ。
映像を撮る人なのだ。
撮り続けていた人なのだ。
そういう人はいいところばかりでなく、悪いところも撮らなければならない。
都合の悪いところも、みっともないところも、恥ずかしいところも、不謹慎かと思うところも・・・。
これは父のためではない。
もちろん家族のためでもない。
誰のためか。
それは映画のためである。
カメラを向け続ける持続力が大切で愛おしい場面もカメラに逃さずおさめることができる。
これは対象への愛情以外の何物でもない。
どこにでもある、でも映像化するのは難しい。
それをこの映画は実現している。
そして、撮り続けた結果彼女は映画監督になった。
ナレーションを監督自身が行っている。
当初、別の方がやる予定だったが、できなくなり、仕方なくやることになったそうである。
これは結果、とてもよかった。
誰でも撮れそうで誰にも撮れないホームムービー。
これが今、世界を回っているそうだ。
今回は第一回監督作品。
次回はフィクションを撮りたいと言っていた。




  

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2012年01月03日

テトラポッド

海行った。

テトラポッド。



















足跡。
































今年もよろしく。  

Posted by テトラ at 21:20Comments(0)TrackBack(0)思うこと

2011年12月31日

劇団からっかぜもちつき大会におじゃまする

ムナポケ公演場所の浜松の東にある領家町から西にある篠原町まで向かう。
16時30分頃に到着し、劇団アトリエを後にしたのは20時すぎだった。

写真は夜8時すぎのからっかぜアトリエです。



  

Posted by テトラ at 22:32Comments(0)TrackBack(0)こんなことあった

2011年12月31日

ムナポケ即興芝居「くらだし」を観た

30日(金)14時30分~
カレー処ヤサカイベントスペースにて。
チラシには即興芝居の会withカレー処ヤサカと銘打たれている。
出演したのは総勢8名。
5つのタイトルがあらかじめ決まっていて、タイトルにそって、順に即興芝居が繰り広げられる。
即興芝居とはなんだろう。
生きているのは即興の連続であるといえる。
人と会話するのもいつだって即興だ。
あらかじめ言うことを準備して話すのは
マクドナルドの店員やテレホンアポインターや恋の告白のためにシュミレーションを繰り返した男子学生くらいか。
ほとんどは即興で会話を繰り広げるのであるが、何を話していいかわからなかったり、
話が発展しなかったり、
噛み合わなかったり、
噛み合ったり。
ただ、ここは舞台の上である。
決められた台本や、重ねた稽古がない代わりに、頼りになるのは舞台上の役者のみである。
ひとりでもしくは複数で、物語を立ち上げねばならない。
力技で、技巧で、引き技で、何もしゃべらないのもひとつの方法だろう。
役者たちの気持ちは本人でないのでわからないが、普通に考えれば、どきどきしているだろう。
でもそのどきどきは役者だけでない。
観客も十分どきどきしているのだ。
一体何が起こるのだろう!?
チラシには「しまるかどうか何とも言えないお芝居を」とある。
しまる必要はないと思った。
転がるだけ転がって、やめたくなったら突然止めればいい。
まだやってんの?と言われるくらいまでやってもいいのに。
そういう意味ではあまり客に気を使う必要もないのだ。
客は勝手についていく。

  

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2011年12月21日

森田芳光監督「ライブイン茅ヶ崎」を思う

就職する前、最後の東京での年、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)を観に行った。
その年の受賞作も観たと思うが、アーカイブで、手塚真とか石井聰互とか今関あきよしとか園子温とかの作品とともに森田芳光監督の「ライブイン茅ヶ崎」を観た。
茅ヶ崎に住む普通の若者の、ほんと何でもない生活をだらだらと綴った作品なのだが、何だろう、無駄な時間を一緒に過ごすライブ感というか、いわゆる物語らしい物語がないからこそ、ほんとうらしいというか、ほかのどの作品より印象に残ったことを覚えている。
例えばこんな会話がある。
恋人同士が「生鮭が好きか焼き鮭が好きか」語り合う。
通常映画の中での恋人同士の会話は愛し合っているか、愛を失ったかのどちらかの延長線上にある。
「生鮭が好きか焼き鮭が好きか」は愛とは関係がないようにも思う。
ということはどうでもいい会話と言える。
でも観ている時はそうとも言えないと思った。
こっちの方が真実味があるんじゃないかと思った。
と思う。
なんせ20年以上前に観た映画なので。
僕が書いた戯曲に「ランチ海岸」という作品がある。
フェスティバルで公演したが、第1稿目は無駄な会話のオンパレードだった。
レストラン「ブラジル」に犬男と猫彦という常連客がいて、キナ子という少女ほか、様々な来客がやってくる。
セリフも行動も「生鮭が好きか焼き鮭が好きか」の類(たぐい)の羅列。
例えば

犬男「猫彦さん、消耗品ってあるでしょう?」
猫彦「ああ、しょうもうひん?
犬男「トイレ入っていていつも思うんだけど、あ~、またトイレットペーパー使うんだなあって。
結構太っ腹に、こう両手で持って、毛糸巻き取るみたいにクルクルって。
で、そうしてるうちにボール紙の芯が出てきちまって、また新しいのに取り替えなきゃならないんだ。
油断もすきもない。
そして、ちょっと夜遅くうち帰ってこりゃ、誰もいない。
真っ暗だよ。
そりゃいいんだ。
とにかく真っ暗だから明かりつけなきゃ。
で、手、両方ともこう伸ばして蛍光灯のぶらさがったひも探して、エイって引っ張ったら・・・つきゃしない。
電球切れてんだよ。
ちっちゃい方かおっきい方か暗くて確認できないからわからない。
しばらくどうせつかないのを、もしやと思ってバチバチつけたり消したりして。
で、何回かやってると、もし本当なら、今はついてるのか消えてるのかわかんなくなったりして。
やだね。
ちょっと動きゃどこか棚の出たところに、すねぶつけやがる。
やっとの思いでロウソク見つけ出して、ライターでもって火ぃともそうとしたら、ガスがない。
ぞっとしたね、俺は。
その上、腹も減ってる俺は目玉焼き作ろうと思って冷蔵庫開けると、卵きれてて、振る塩だってこのままだと多分ないぞ。
こうやって、いつでも、何かを準備してなきゃならないんだ。
歯磨き粉もなくなるし、洗剤もなくなる。
おじいちゃんのおしめだって使い捨て。
携帯の充電もいつカラッポになるか、きがきでならん・・・」
キナ子「(つぶやく)海、見えないんですね」

というような。

「ライブイン茅ヶ崎」はPFFで優秀作品となった8ミリ作品である。
その後、若い落語家の青春を描いた「のようなもの」でプロデビューする。
松田優作主演の「家族ゲーム」が有名だ。
「失楽園」も撮ったが僕は観ていない。
来年3月には松山ケンイチや瑛太らが出る鉄道の映画が公開される予定だそうだ。
その森田監督が亡くなった。

とても気になる監督であったが、気がつくとあまり気にはしなくなっていた。
ブランクもあったらしいが、おおむねコンスタントに作品を発表していた。
訃報を知り、「ライブイン茅ヶ崎」のことを思った。
また観てみたいとも思った。


写真は「浜松演劇列伝」でフィールドの紹介のために撮ったカット。
「ハリネズミ旅行社」「STOP」も一緒に写ってます。






  

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2011年12月19日

浜松開誠館高アリーナで「演技ワークショップ」に参加した

18日(日)10時~19時
参加者は46名ということでした。
様々な年代の方々が
(高校生が多いが)
様々な演劇経験の方々が
(高校演劇部をはじめ、経験者と思われる方が多いが)
10時~11時 開会あいさつ、準備体操他後、9人の演出家の元、班分け
11時~16時 班ごとに稽古
16時15分~18時すぎ 発表
19時解散

9本の演劇作品が1日で出来上がった。

俺も「風船」柳田拓人/作、春日太郎/ 演出 班(5名)に参加した。
走った。(芝居上ではジェットコースターに乗ったとして)
回った。(観覧車に乗ったとして)
息切れた。
オーバー着込んだまま、舞台に上がり、途中で脱がずにいられなくなった。
前のチャックだけ降ろした。
無事終わった。

来年1月15日(日)15時~クリエート浜松ふれあい広場でファイナルイベントがあります。
ぜひ来てね。

家戻ったら「TOYOTAカップ決勝 バルセロナVSサントス」を観ようと意気込んで帰ったが、
実際はほとんど「さんまのからくりTV 芸能人替え歌王決定戦」をほとんど観ていた。
といっても、途中からだったので、ダイヤモンド・ユカイ(ロードの替え歌)を聴きそびれた。
CMとかでTOYOTAカップにチャンネル合わせると、1-0、2-0、3-0・・・とスコアだけが変わっていた。
もちろん数字が加算されていくのはバルセロナ。
後半途中から、試合終了、終了後はじっくり観た。

写真は発表の様子「遠く後方から」



  

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2011年12月17日

シネマe~raで「タケオ」を観た

17日(土)11時40分~
上映後、常田高志監督の舞台挨拶とタケオさんのミニライブ。
「タケオ」とはドラマー新倉壮朗のこと。
彼はダウン症である。
生まれつき、音楽に関する感性豊か。
ピアノを習ってもドレミではなく、ピアノの先生の目茶苦茶弾きを真似したり
アフリカンドラムのセネガル人のワークショップに参加したり
縄文オーケストラなるコンサートを行っている音楽教師と演奏したり
(縄文オーケストラとはドレミの音楽でなく、音がするものを使って自由に演奏すること)
映画は2008年に西アフリカのセネガルに渡航した時の様子を中心に、タケオの生まれてからの日々を描く。
アフリカで現地の人たちと一体となり、演奏し、踊り、絵を書くのも夢中なタケオが魅力的なのは言うまでもない。
でも何より、印象に残るのは、周りの人たちだ。
子どもの頃、小学校の運動会や卒業式をビデオに撮ったのは親だろう。(違っていたらごめんなさい)
小学校の運動会の徒競争で、スタートの合図が鳴ってもスタートしないタケオの背を押すクラスメート。
タケオのリズム感をことのほか褒め、おだてるセネガル人のドラマー。
タケオは言葉が通じない相手との方が饒舌なようだ。
アフリカの土まみれの道で、砂まみれの海で、石まみれの家で、手掴みで炊き込みご飯を食べ、
バオバブの木の前で自然と融和する。
そんな彼が現在働く姿が映し出される。
そして演奏活動も続く。
そのあと、有楽街、肴町を少し歩いた。



  

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2011年12月13日

クリエート浜松で絡繰機械’S「親指アンダーワールド」を観た

11日(日)14時~
はままつ演劇・人形劇フェスティバル2011の演劇自主公演の最終公演。

寒いなあ。

気がつくとすでに12月だ。
浜松の街中に行く時はたいていは自転車で行く。
早めに街中に向かって、有効に時間を活用しようと朝の内は考えていたが、
(具体的に言うと、天錦というてんぷらやで1000円のランチ天丼を食べて、クリエートへ向かおうとか)
うだうだしていたら、
(具体的に言うと、サンデーモーニング見るとか、サンジャポ見るとか、お宝鑑定団見るとか、夜路上の会議があるので、その企画考えるとか)
結局鑑定団の最後の鑑定品、坂本龍馬の書2通。
鑑定額合わせて4000万円だそうだ。
を見届け、エンディングロール流れるテレビ画面をあとに、シャワーを浴び、自転車でクリエートへ。
開演時間1時30分の10分前に到着。
飛ばして来たんで、息キレ気味、座席着きダウン脱ぐとシャツ汗びっしょり。
以上、来るまでのドキュメント。
5分押しで開演。
スタートミーアップ。
どうして、俺はこんなにも語るのだろうと考えた。
それは絡繰が繰りだす作品に集結するあれこれに対抗してジタバタしてるんじゃないか、と思いついた。
相手が繰りだすストーリーに必死になけなしの午前中の個人史の羅列で対抗しようと。

巨大な親指。しかも一押し可能。
(な舞台美術)
アンダーワールドに住む妖精のような格好の彼ら彼女ら。
(不思議の国のアリスのようであり、真夏の夜の夢のようでもある。いや親指アンダーワールドである)
オーバーワールドに住むかと思われるスタイリッシュな一押しいくらの仕事集団。
うずく親指をおさめるため、毛布(ブランケット)を要求し続ける老人。
長く眠ったふりをしていた女。
という具合。

親指とはなんだろう?
そう意味のないことを考えさせるだけでも芝居を観たかいがあったってもんだ。

前日10日は14時からいわた表現の会からころの定例会。
テネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」第一部第一場をみんなで読む。

11日19時からは青少年の家で路上演劇祭の実行委員会。
観劇後、写真でお世話になっている人たちとお茶をさせていただき、昼間よりずいぶん寒い中、自転車を走らせる。
住吉町の青少年の家へ向かう。

寒いなあ。

写真は今回の作品とは関係ありませんが。









  

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2011年12月10日

2011

2011
                             フィールド 寺田景一


1月23日、はままつ演劇・人形劇フェスティバル2010のファイナルイベントにて、司会進行及び鈴木みどりさん作の「個人情報公開法」を3人で朗読劇として上演。
3月11日、東日本大震災。
4月9日、いわた表現の会からころ第7回公演「だいじょうぶ」で「空から星?」を上演。
5月21日、路上演劇祭JAPAN in 浜松にて、司会進行及びオープニング勝手にパフォーマンス「君が死んでも僕は生きてる」
10月7日、フェスティバル2011のオープニングイベント「はままつコミュニティーアート見本市2011」にて「浜松演劇列伝」を出品。

西部演劇連絡会にはフィールドとして参加しているが、今年も個人及びいわた表現の会からころの活動の一年だった。
戦後とは第2次世界大戦が終戦となった1945年以後で、2011年の今年は戦後66年だ。
僕は戦争を実際には知らない。
学校の授業や体験した人の言葉や本や新聞や雑誌やテレビやラジオやインターネットやらやらで知る。
紀元前、紀元後という言葉があるように、人はある出来事を起点にして暦を数え始める。
昔なら、時の権力者が自ら権力の座についた時から始めたりした。
過去を封印して、自らストップウォッチを押して、時を刻ませる。
自らの権威を誇示するかのように。
ところが、戦後の意味は異なる。
戦争という過ちを再び起こさないように、敗戦から立ち直り、生まれ変わって、新しい時代をつくるのだという夢と希望を込めて、時を刻ませた、はずだ。
震災後という言葉は震災直後からよく見聞きした。
僕もそうだなと思った。
新しい憲法が制定された戦後と同様、大きな変革があるはず、必要だ、という意味で使われたと思う。
考え方さえ変わる、との勢いではなかったか。
家庭も店も駅も会社も町も至る所で競うようにあかりが消され、文明からの享受を放棄しようとした。
震災被害に遭った方々の力になろうと、自らの益を分け与えようとした。
間違っていると思うことに対しては間違っていると正々堂々と言い、地球の未来を守っていこうとした。
そして、震災後は質素倹約に努め、言うならば、宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を地で行くような生き方をしようと。
日本中の人は心に誓ったのではなかったか。
12月4日である。
浜松に直接の震災被害はない。
僕は実際に震災は知らない。
体験した知り合いもいないので、本や新聞やテレビやラジオやインターネットやらやらで知る。
いたって薄弱な僕は、あまり変わりはないな、と惰性に流れるのを必死にくつがえそうとしながら、年の瀬を迎える。
来年は震災後元年である。


写真はタイトル「それでも祈る」


   

2011年12月04日

西部演劇連絡会定例会と演技ワークショップPR

4日(日)19時~
劇団からっかぜアトリエにて

12月18日(日)に行われるはままつ演劇・人形劇フェスティバル2011の演技ワークショップの話し合いほか。

参加者募集しています。

◎実践!演技ワークショップ「あなたも役者だ!」

12月18日(日)10時~19時

会場 浜松開誠館高校体育館
 (暖房設備はないので 要防寒対策)

参加費 1,000円

講師 浜松地域の演出家9名

参加者とともに1日で短編作品を作り上げ発表します。

(鹿目由紀劇作セミナーで選ばれた3本の戯曲が教材です。)

演劇経験は問いません。

一緒に楽しみ、盛り上げませんか?

お問い合わせは
  (財)浜松市文化振興財団 事業家
     TEL 053-467-0175
     culture@hcf.or.jp

もしくは僕まで。
  


  

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2011年12月01日

劇団ムナポケヒーローズ「ゴージャスタイム」を観た

27日(日)16時30分~ クリエート浜松2Fホール
MUNA-POCKET COFFEEHOUSE(ムナポケ)とヒーローズアカデミーの合同公演。
劇団ムナポケヒーローズというそうだ。
ムナポケ×ヒーローズアカデミーが1+1=2でなく、それだけの倍数になるのか。
ということを楽しみに観た。
浜松歌劇団でも感じたが、違う畑のものを同じ畑に持ってきて一緒に育てるのは単独公演よりも当然難しい。
それでも行うときにはは、違うベクトルの戦略が必要だと思う。
もしかしたら、くんずほぐれつかもしれない。
大人も子供も中尾君も。
ムナポケの持ち味を出す。
ヒーローアカデミーの持ち味を出す。
それは当然できている。
映像もいつものムナポケだ。
でも客はいつでもぜいたくなもので、
いつも
いつも
それ以上を
期待する。
仕方がない。
それが客なのだから。
ちなみに今回の「ゴージャスタイム」はかつてムナポケが上演した作品のリメイク版。
何年も前、今はない浜松駅前ビルメイワンのエアロホールで観た。
やんちゃクリエイティブ集団、というふれこみで。
「いつまでも、やんちゃを!!」
これはエールです。











  

Posted by テトラ at 21:03Comments(0)TrackBack(0)演劇

2011年11月30日

お笑い天下統一宣言 P-1グランプリを少し見た

27日(日)浜北文化センター大ホールにて。
東海4県からお笑い3組ずつ(計12組)が参加しての対抗戦P-1グランプリ。
Pはパフォーマンス。
12時~17時、少女太鼓やらラフターヨガやら大道芸やらもあり。
その中1時間弱の滞在だったが、ちょうど会場に入った時間がP-1グランプリの始まる時。
各県1組ずつ計4組のパフォーマンスを見る。
フリップ芸や漫才。

16時30分開演のクリエート浜松で劇団ムナポケヒーローズの公演に行くため、続く8組が気になりながらも途中退出。
面白かったのだろうか、そうでもなかったのだろうか。
こればかりは見ていないと語れない。
演劇も同じだ。
後日記事で知った。
静岡県組が優勝したようだ。

しかしながら、地方でお笑いをする人たち、そんな彼ら(今回は男性ばかりのようだった)を見るだけでも楽しい。
あまり知らなかったから。





  

Posted by テトラ at 23:05Comments(0)TrackBack(0)いろいろ見た

2011年11月29日

静岡芸術劇場でSPAC「オイディプス」を観た

26日(土)16時~
演出は小野寺修二。
日本マイム研究所で、マイムを始めた、とある。
チラシのキャッチコピーには
“演劇?ダンス?マイム?スピード!ポップ!スリリング!”。
そして、
“名作を解体し、つねに新しい境地を切り拓いてきた小野寺修二が、ギリシア悲劇と真っ向勝負!”
アフタートークで、芸術総監督の宮城聰さんから「オイディプスやってよ」と依頼があった時、「オイディプス王」を読んだことがなかったという。
でも、読んでみたら面白かった。
そのくらいの方がいいのかもしれない。
まっさらで、2000年以上前の世界の古典に立ち向かう。
というと大げさだが、いつでも僕たちは大きな冒険をしている。
常に新しい未来を生きているし、
未知との出会いの連続だ。
というと、やっぱり大げさだが。
アフタートークでの「分解」という認識の話が面白かった。
マイム出身ならではの発想かもしれない。
すんなり進むはずのものを、立ち止まってみる、逆さにしてみる、入れ替えてみる、とか。
マイケル・ジャクソンのダンスもマイムの影響を受けている、という。
アフタートークのゲストはバレエダンサーの首藤康之。

写真は劇場内のカフェシンデレラからの富士山。
ロビーコンサートからオイディプスまで1時間以上時間があったので、ここで時間をつぶした。

  

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2011年11月27日

ひらたよーこ+矢野誠ロビーコンサート

11時浜松発の無料バスで静岡グランシップへ。
13時30分~ ひらたよーこ(シンガーソングライター、舞台俳優)の歌と矢野誠(作・編曲家、ピアニスト)のピアノによるロビーコンサート。
静岡芸術劇場のロビーにて。
画家パウル・クレーの天使画に寄せた詩人谷川俊太郎の18篇の詩にふたりが付けた曲を演奏。
感想は。
音楽は楽しめましたが、なぜMCがなかったのだろう。
僕はチラシをあまり見ていなかったので、上記の内容であることをあまり知らなかった。
「谷川俊太郎の詩を・・・」というくらい。
のちにネットで調べたら、渋谷クワトロで谷川俊太郎の朗読も交えて、このユニットでライブをやったという。
クレーの天使の絵のこととか、谷川俊太郎の詩のこととか自分たちのこととか。
演出が足りないと思ったのは僕だけでしょうか。

今、整理していたら、当日パンフを見つけました。
そこには演奏曲リストとこの作品を歌うようになったきっかけが書かれていました。
曲目を眺めていると当日の歌がイメージされます。
1、天使とプレゼント 2、天使、まだ手探りしている 3、天使というよりむしろ鳥 ・・・(12月4日)


写真はそのあと見たオイディプスのチラシも。



  

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2011年11月26日

立川談志 in 浜松

先日、落語家の立川談志さんが亡くなった。
あとはいつものように呼び捨てで書かせて頂く。

僕はそんなに落語ファンではない。
先ず、演目をそんなに知らない。
NHKで「日本の話芸」で落語をやっていても、そんなに見ない。
(たまにチャンネルが合って、たまには見て見ようかとじっと見ているが、最後まで見切れず、チャンネルを変えてしまう)

でも談志の独演会に3度行ったことがある。
福祉会館2度、クリエート浜松1度だったか、確かではないが。
一番はじめに行った時は前座がひとりしゃべった。
浜松出身という立川志加吾。
(ただし今は雷門獅篭といい、名古屋大須演芸場中心に活動)
ただ、ほかは前座がなく開演時間になるとと談志が出てきて、最後も談志がしゃべって終わる、という形だった。
独演会なんだから、ほかのやつが出てくるのはおかしい、って言ってたかなあ?これもいまいち確かではない。

最初の記憶。
深々と長くおじぎする人だな。
思い切り照れる人だな。
そして、会が終わると、ロビーに出てきて、本やCDの購入者にだが、丁重にサインに応じていた。

僕の中ではこの客を大切にする様子を忘れることはない。
演目は「権助提灯」と「源平盛衰記」だったかなあ。
(これもいまいち確かではない)

フォルテ浜松で見たとき(最後に談志を観たとき)は本編よりも枕が長く、ただ、これは体調がいまいちの時、思いつきでしゃべれる枕を引き延ばしているようにも見え、そんな時は言葉が走るため、本来の人情家談志よりも毒舌家談志の部分ばかり際立つ感じがした。
要するに損なのである。
談志だからといって容認してくれる客ばかりではない。
不快感を残し、帰途につく客もいたと思う。
それはきっと談志の本懐ではないとえらそうにも思った。
体調ってのは大きいんだな、とこれまたえらそうにも思った。
この頃は毎年浜松で独演会を開いていたと思う。
毎年見に行こうくらいの勢いではいたが、次の年は行かなかった。
元々、たいてい平日の夜なので、仕事終りで行くのは少し苦労する。
プレイガイドに出ると、日程をチェックする。
携帯のスケジュールに入れたりもする。
でもチケットを購入することもなく、会が近付き、その日となり、「ああ、今日だなあ」と思い、過ぎていく。
そのうち、立川流一門会と変更になったり(本人も出てくる)、本人抜きの一門会になったり。
そして、今回の訃報。
会社でネット上のYAHOOニュースで知る。
家に帰り、新聞で確認する。
テレビニュースで確認する。
翌朝、みのもんたの「朝ズバ」で「談志が死んだ」という見出しのスポーツ紙の記事紹介を見る。
昼間寄ったコンビニで「談志が死んだ」という見出しのスポーツ紙が3紙あるな、と思う。
日刊スポーツを抜きだすと、見出しは「談志が死んじまった」だった。
日刊スポーツを戻し、続いてスポーツ報知を抜きだすと「談志が死んだ」だった。
しゃれで答える「談志が死んだ」の文字が踊るスポーツ報知を購入した。
しゃれがうまいまずいの問題ではない。
ここはお約束なのだ。
バナナの皮があれば踏んで滑らなければならない。
ロープに飛ばされれば、ジャイアント馬場の十六文キックを浴びなければならない。
立川談志は死んだら、
「談志が死んだ」なのである。


写真は2002年11月29日に浜松フォルテホールほかでやった時のチラシです。
見に行き、同行者と酒を飲んで帰ったと思います。



  

Posted by テトラ at 09:32Comments(0)TrackBack(0)思うこと

2011年11月23日

演劇+人形劇合同公演のためのワークショップ

23日、13時30分~16時30分
板屋町のたけぶんインフォラウンジにて。
大岡淳作「空から墜ちた男」を朗読劇にて上演。
(朗読者:大岡淳、蔭山ひさ枝、えん)
その後、出席者が同作を人形劇化することを想定して、
①イメージする人形を画用紙に描く
②シーンを具現化する
以上を4つのシーンを2人ずつに分け、発表した。
面白い案がたくさんあったけど、写真なくて残念。
描いた画用紙は今後の参考にと預けられた。
来年のフェスで形になれば、演劇+人形劇の合同公演が行われます。

写真は公演が行われた後です。

  

Posted by テトラ at 19:21Comments(0)TrackBack(0)演劇