2018年02月01日23:20
穂の国豊橋芸術劇場PLATアートスペースでチェルフィッチュ「三月の5日間 リクリエーション」を観た≫
カテゴリー │演劇
1月28日(日)14時30分~
岡田利規さんが書かれた「三月の5日間」は、戯曲としては岸田國士戯曲賞を、
小説としては大江健三郎賞を共に受賞した。
そして、日本国内のみならず、海外でも上演された。
舞台は2003年3月の東京 渋谷。
海の外ではアメリカ軍によるイラク空爆が行われている。
そうか、もてはやされたこの作品も15年経つのか。
今回、リクリエーション、つまり再創作作品として上演。
若者のしゃべり言葉に、妙な体の動き。
この2点の今までの演劇スタイルにない斬新さが
注目された理由かと思う。
演劇に関心ある人たち(すべての人ではない)はチェルフィッチュの名を
頭の中にインプットした。
僕も観たことがない作品について、
何人かの人と話をした。
誰かが言った評価の受け売りを語ったこともあったかもしれない。
アフタートークで岡田さんが語っていた。
初演時と戯曲は同じ。
変わったことは、
時間が経ったこと。
役者も変わった。
自分の気持ちも変わった。
演出する際2種類の方法があったとして、
当時は自分の選択でどちらか選んでいたのが、
観客の反応も選択する際の判断手段に含めるようになった、と言う。
つまり、上演ごとに変わっていくという事を表明している。
1公演を経るごとに1歳という勘定をしているそうだ。
豊橋公演の前は横浜で12月1日~20日の間に22公演行った。
1月28日の豊橋公演1日目に続き、本日は24公演目
つまり、24歳ということになる。
役者は全員オーディションで選んだそうだ。
募集の条件は25歳以下(募集時期)であること。
その日の24歳にあたる公演は
ちょうど役者たちの実年齢とあっているということだった。
実は、初演時の「三月の5日間」以来、
他の作品を上演したり、
他の活動をされたりしていたと思うが、
「三月の5日間」は日々年を重ねている。
時代も若者も渋谷も変わっていく。
世界情勢も変わっていく。
「三月の5日間」のセリフが
その当時のリアルな若者言葉だったかというと
そうでもないと思う。
どんな時代でも人それぞれしゃべり方は違うし、
日常会話をそのまま戯曲に起こして、
演劇のセリフが出来上がるわけでもない。
僕は注目を浴びた当時から今まで戯曲を読むこともなく、
アメリカ軍によるイラク空爆が行われて15年経ち、
「三月の5日間」のリクリエーション版を観た。
役者が2人出てきて、
1人が「今から三月の5日間ってのはじめま~す」というセリフを言って始まる。
役者たちは正対することがほぼない。
基本、立ち位置は横並びだ。
そして、自分のことをほぼしゃべらない。
基本、人のことを話す。
正対してしゃべると、2人の中で関係は完結する。
自分のことをしゃべると
観客に向かってはいるのだろうが、
舞台の上では、1人の中で完結する。
関係性がどこまでもアメーバのように増殖されていく。
1人の中、2人の中で完結されないので、
関係性はまるで横にパスをするかのように渡されていく。
実体は決して固定されることはない。
劇中音楽は一切ない。
その代わり、
セリフが音楽で
奇妙な動きはダンス。
そんな風に感じた。
役者は稽古の過程で、
自ら振り(動き)を生み出していく。
決して押しつけの振付ではない。
いわゆる演劇というジャンルの枠をも超えていく。
遠くイラクの地で落とされる爆弾をよそに
残った実体は
ゆきづりの若い男女が3日間ラブホで備えつけの2個だけじゃ足りなくて
外で買い足し、結果使用した2ダースの避妊具。
そして、1人が「これで三月の5日間を終わりま~す」と言って終わる。
暗転し、
チェックアウトした朝の場面。
男が持ち合わせが2000円しかなくて、
女に立て替えてもらいホテル代を払い、
ATMで20000円おろして返す。
この時は1対1で正対する。
え?ここで?
それまで横に渡されていた関係性が
急に実体を持つ。
しかし、幕は閉じる。
ただし、終わった気はしない。
それから15年経った。
キャストも変わり、
作・演出者の気持ちは変わり、
たぶん若者の言葉も変わった。
もしかしたらいわゆる今の若者だったら、
ラブホで3日間一線越えずに互いにゲームをしていたとか、
そんな話になるかもしれない。
しかし、書き換えるのはあまり意味がないだろう。
新しいなんてものはいつでも実体はないのだから。
一度生まれた戯曲が
15年の間も増殖を続け、
その延長線上で、
たまたま今、舞台にあげられる。
それが今回の公演のような気がした。
もちろん今後も増殖し続ける。
1公演につき1歳年をとるように。
岡田利規さんが書かれた「三月の5日間」は、戯曲としては岸田國士戯曲賞を、
小説としては大江健三郎賞を共に受賞した。
そして、日本国内のみならず、海外でも上演された。
舞台は2003年3月の東京 渋谷。
海の外ではアメリカ軍によるイラク空爆が行われている。
そうか、もてはやされたこの作品も15年経つのか。
今回、リクリエーション、つまり再創作作品として上演。
若者のしゃべり言葉に、妙な体の動き。
この2点の今までの演劇スタイルにない斬新さが
注目された理由かと思う。
演劇に関心ある人たち(すべての人ではない)はチェルフィッチュの名を
頭の中にインプットした。
僕も観たことがない作品について、
何人かの人と話をした。
誰かが言った評価の受け売りを語ったこともあったかもしれない。
アフタートークで岡田さんが語っていた。
初演時と戯曲は同じ。
変わったことは、
時間が経ったこと。
役者も変わった。
自分の気持ちも変わった。
演出する際2種類の方法があったとして、
当時は自分の選択でどちらか選んでいたのが、
観客の反応も選択する際の判断手段に含めるようになった、と言う。
つまり、上演ごとに変わっていくという事を表明している。
1公演を経るごとに1歳という勘定をしているそうだ。
豊橋公演の前は横浜で12月1日~20日の間に22公演行った。
1月28日の豊橋公演1日目に続き、本日は24公演目
つまり、24歳ということになる。
役者は全員オーディションで選んだそうだ。
募集の条件は25歳以下(募集時期)であること。
その日の24歳にあたる公演は
ちょうど役者たちの実年齢とあっているということだった。
実は、初演時の「三月の5日間」以来、
他の作品を上演したり、
他の活動をされたりしていたと思うが、
「三月の5日間」は日々年を重ねている。
時代も若者も渋谷も変わっていく。
世界情勢も変わっていく。
「三月の5日間」のセリフが
その当時のリアルな若者言葉だったかというと
そうでもないと思う。
どんな時代でも人それぞれしゃべり方は違うし、
日常会話をそのまま戯曲に起こして、
演劇のセリフが出来上がるわけでもない。
僕は注目を浴びた当時から今まで戯曲を読むこともなく、
アメリカ軍によるイラク空爆が行われて15年経ち、
「三月の5日間」のリクリエーション版を観た。
役者が2人出てきて、
1人が「今から三月の5日間ってのはじめま~す」というセリフを言って始まる。
役者たちは正対することがほぼない。
基本、立ち位置は横並びだ。
そして、自分のことをほぼしゃべらない。
基本、人のことを話す。
正対してしゃべると、2人の中で関係は完結する。
自分のことをしゃべると
観客に向かってはいるのだろうが、
舞台の上では、1人の中で完結する。
関係性がどこまでもアメーバのように増殖されていく。
1人の中、2人の中で完結されないので、
関係性はまるで横にパスをするかのように渡されていく。
実体は決して固定されることはない。
劇中音楽は一切ない。
その代わり、
セリフが音楽で
奇妙な動きはダンス。
そんな風に感じた。
役者は稽古の過程で、
自ら振り(動き)を生み出していく。
決して押しつけの振付ではない。
いわゆる演劇というジャンルの枠をも超えていく。
遠くイラクの地で落とされる爆弾をよそに
残った実体は
ゆきづりの若い男女が3日間ラブホで備えつけの2個だけじゃ足りなくて
外で買い足し、結果使用した2ダースの避妊具。
そして、1人が「これで三月の5日間を終わりま~す」と言って終わる。
暗転し、
チェックアウトした朝の場面。
男が持ち合わせが2000円しかなくて、
女に立て替えてもらいホテル代を払い、
ATMで20000円おろして返す。
この時は1対1で正対する。
え?ここで?
それまで横に渡されていた関係性が
急に実体を持つ。
しかし、幕は閉じる。
ただし、終わった気はしない。
それから15年経った。
キャストも変わり、
作・演出者の気持ちは変わり、
たぶん若者の言葉も変わった。
もしかしたらいわゆる今の若者だったら、
ラブホで3日間一線越えずに互いにゲームをしていたとか、
そんな話になるかもしれない。
しかし、書き換えるのはあまり意味がないだろう。
新しいなんてものはいつでも実体はないのだから。
一度生まれた戯曲が
15年の間も増殖を続け、
その延長線上で、
たまたま今、舞台にあげられる。
それが今回の公演のような気がした。
もちろん今後も増殖し続ける。
1公演につき1歳年をとるように。