シネマe~raで「三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実」を観た

カテゴリー │映画

8月16日(日) 16時5分~

1969年5月13日、東京大学駒場キャンパスの900番教室に
東大全共闘の呼びかけで三島由紀夫さんを招き、
シンポジウムを行った模様を撮影したTBSが保管していた映像をもとに
50年後の新たなインタビューを交えて映画化した作品。

全共闘とは全学共闘会議と言い、1968年翌1969年にかけ、
各大学で行われたバリケードストライキや武力行使を伴う
学生運動のセクトを越えた運動として組織された
連合体のこと。

コロナによる自粛時に流されていたテレビCMでも
三島さんと対抗して、ひとり目立っていたが、
東大全共闘きっての論客と紹介されている
芥正彦さんというのがとても面白い。

興味を持った縁で検索して調べたら、
演劇をやっている人だった。
東大在学時も含め現在まで。

真面目さや朴訥さを隠せない
他の東大生たちとは見るからに異なる
出で立ちで、
ご自分のお子さんと思われる
小さな子供を抱きながら
マイクを手にし、
(この子供が見事なほど周りの喧騒とは別に
おとなしくたたずんでいる)
当時のご時世らしくタバコを喫い、
三島由紀夫に議論を挑み、
聴衆を煽る。
他の学生が
三島さんを政治活動家として接しているのに対し
芥さんは
文学者としての三島を追及している。
あんたは文学者としての自分に限界を感じたので、
政治活動に身を投じているのではないか、
という問いを投げかける。

三島さんもどこか気に入ったのか、
笑いながら
もっとしゃべれと促し、
対決しているはずの
相手が取り出したタバコに
火をさしだす。

そして、まだしゃべるかなと
いうところで、
「俺もう帰るわ」
と思いもよらぬ途中退出。

ああ、演じてるなあ。
僕にはさまざまな舞台が整った中での
一世一代の芝居に見えた。





 

「第九」というタイトルの物語の種

カテゴリー │物語の種

8月11日の静岡新聞朝刊の読者投稿欄に
81歳の方の投稿記事が掲載されていた。

12月に毎年行われている
ベートーヴェンの交響曲第9番を歌う
「第九合唱団」の入団申し込みが
8月に締め切りで行われていたのだが、
今年は新型コロナを理由に
中止となったことについて書かれていた。
もしも開催が実施されていたら
38年目の挑戦ということだった。

読みながら、
こんな話の構想を思いついた。
「物語の種」というカテゴリーで書き綴ろうと思う。

タイトルを「第九」という。

男は、ここでは仮にタカシとしておこう。
タカシは大工の仕事をしている。
ある時、街中の新築現場で仕事をしていたら、
隣の電気店から、
音楽が大音量で聴こえてきた。

それはとあるオーケストラと合唱団による
ベートーヴェンの第九だった。
「歓喜の歌」と呼ばれる第4楽章だ。
タカシはなぜかその音に衝撃を受けた。
電気屋がステレオの音量を大きくしすぎたのに気が付いて、
メモリを下げたため、
すぐに音は小さくなった。

しかし、面倒な個所の仕事をしながらも
その音は耳から離れなかった。
面倒な個所の仕事だったため、
ミスをして棟梁に怒られた。
先輩もそれを笑った。

タカシは「第九」の合唱のほんの一節を
でたらめなドイツ語で叫んだ。
それを聞いて、
先輩たちは一層笑い、
棟梁は一層怒った。
工期が遅れているという理由もあった。

もちろんタカシは歌われている歌詞が
ドイツ語であることなど知りやしない。
タカシは生来の不良で
学歴もない。
生まれた場所でもある地元には
同じような知り合いが多い。

大工の仕事にあまり残業はない。
間に合わないところは
棟梁が残ってやったり、
休みの日に来ることもあることは
タカシや先輩たちも知っているが
まったく気にしない。

仕事さえ終われば
遠慮なく使える
自由な時間だし、
週休2日が当たり前の世の中、
週に1度の日曜の休みしかないが、
1分たりとも無駄にできない
貴重な時間だった。

タカシはその貴重な日曜日を
仕事が定まらない
少しだけ年上の
アケミと過ごした。

両親と2人の兄貴が住む
実家に暮らしていたが
両親にも兄貴たちにも
あえて言えば用はない。

仲がいい父と母は
子供たちのことより
自分たちのことに興味があったので、
すでに全員働いていた子供のことは
放っておいた。

子供たちは
母親が作った飯を食べることもあるが、
基本自分たちで調達していた。
外で食べたり、買ってきたり、
自分だけの分を作ったり。

上の兄貴はコンピューターのプログラマー、
下の兄貴は添乗などで海外への出張が多い
旅行会社のサラリーマン。
どちらも独立心が強い。
学歴的にはタカシがひとり落ちこぼれ。

タカシは日曜日、
ひとり暮らしのアケミの部屋でだべりながら、
ベートーヴェンの第九について、
知っているかと聞く。

聴けばわかるといったので、
スマホでユーチューブを検索して
適当に出てきた
田舎の素人合唱団の
わかる人から言えば
決してうまいとは言えない
「第九」の動画を見せた。

あたりまえのように
アケミは
聴いたことあるけど、
何言ってるかわかんない、
と答えた。

わかんないって、
なんだよ!と
タカシはいつものようにキレた。
アケミがいつものようにキスしてきたところで、
いつものように収まるかと思ったが、
タカシはなぜか収まらず、
部屋を乱暴に出た。

アケミが住むアパートは
川のそばにあった。
タカシは川べりで
タバコを喫いながら
「第九」のどこかの一節を口ずさんでいた。
もちろんでたらめなドイツ語で。

翌日の月曜日、タカシは憂鬱だった。
あえて言えば、いつも憂鬱であったが、
特にこの日は憂鬱のような気がしていた。
その上、大工の朝は早い。
新聞屋や牛乳屋よりは早いが。
(今どき、牛乳屋はあまり朝配達してないか)

前日、アケミのアパートを出た後、
部屋には戻らず、
自宅に戻った。
両親は土曜日から一泊旅行へ行き、
上の兄貴は休みに関わらず、
会社で締め切りが近い仕事に没頭、
(きっと好んでやっているのだ)
下の兄貴はエーゲ海方面へ5日間のパック旅行の
添乗へ行っている。
(出かける前にポールモーリアのエーゲ海の真珠を口ずさんでいて、
珍しく食卓を同じにしていたタカシが、これまた珍しく何の曲か聞いたのだ。
今は古くて流行らない曲だけどな、という注釈を添えて教えてくれた)

憂鬱にも関わらず、
手を動かさなければ仕事は進まない。
仕事は今の能力の少し先を使わなければこなせなかった。
だからいつもいっぱいいっぱいだった。
ミスをすれば馬鹿にされ怒られるが、
仕事をする中で
上達してこなせるようになることも少なくなかった。
棟梁の巧妙な策略だったと思う。
馬鹿にされ怒られるのは嫌だったので
ありがたくはなかったが。
何より大変だし。

昼飯は近くのコンビニ弁当だった。
足りないので菓子パンも購入していた。
菓子パンを食べながら
隣の電気屋のドアに貼られたポスターに目が留まった。
「第九 合唱団員募集」と書かれていた。

菓子パンを口に詰め込むと
ポスターの前に立つ。
自動ドアだったので、
ドアが開いた。
店主の「いらっしゃい」の声がした。
いつの間にか店の中に入っていた。

店主がいるレジの横にも
同じポスターが貼ってあった。
大きなステレオコンポが設置され、
時々店主が好きなクラシック音楽のレコードが再生されていた。

店主は、隣で作業する大工にひとりであることを認知して、
作業で使用する電動工具に関する何かが必要なのかと勘違いした。
例えば電池とかコード類とか。
まさか、合唱団員募集のポスターに反応してのものだとは
思いもしなかった。

タカシはこれ、とポスターを指さしたまま
言葉も体も止まっていた。
店主は何か?
というのを両手を横に出し、
アメリカ人がWHY?とでもいうようにおどけていた。

タカシはやっとポスターにでかでかと書かれたタイトルを
読み書きの得意でない人が読まされるように
「第九」と言った。
店主はまさか目の前のこの男がベートーヴェンの9番目の交響曲の
ことを言っていることを理解するのに少し時間がかかった。

それでもポスターが眼前にあるという常識的な線から
理解するとともに
時間がかかってしまったことを帳消しにするかのように
こう言った。
「大工が第九?」

面白いことを言ったかのように店主は自分で笑ったが、
本来笑ってほしかった目の前にいるまだ名前も知らない男は
まったく笑っていなかった。

むしろ怒ったような顔をしていた。
タカシにとって至っていつもの顔だが、
さすがに、人の反応を気にしないかに見えるように振る舞う店主も
笑いを止めざるを得なかった。

また空白が出来た。
店主は居心地の悪い空白を埋めるように
手元にあったチラシの束から一枚取り上げ、
タカシに向け差し出した。

ポスターと同じような内容が記された
合唱団員募集の
配布用のチラシだった。
タカシは受け取るとその場で熱心に眺めだしたが、
店主はどちらかというと
追い出したい気持ちで、
知り合いとかいたら声かけて、
と余分な一言を放った。

タカシは途端に、
わかりました!と
野球は下手だが、熱心な高校球児のように
爽やかに返事をした。
そして、チラシを一掴みすると
素早く踵を返し、
自動ドアから出て行った。

店主はその時はまさかこいつと
そして、こんな奴が声をかけた者たちが
集まってくるとは夢にも思っていなかった。

きっかり1時間の昼休みが
終わろうとしていた時間に
タカシは一掴みのチラシの束を持って戻ってきた。

食事後の昼寝をしていた者も
次の日曜の
オートレースの予想の話をしていた者たちも
また長い午後の仕事が始まることを予感して
束の間
車のアイドリングのような時間を過ごしていた。

そんな時間に
合唱団募集のチラシの配布は
まるでふさわしくなかった。
野球場で味方のチャンスに
物理の公式の話をするかのように。

いや、もしも興味があれば
大歓迎の話だったのだ。
そこにいる連中にはあり得ないはずだったのだが。

にも関わらず、
タカシは仕事を始めようとしていた人たちに
チラシを1枚1枚配り始めた。

チラシを一目見ただけで突き返すものもいれば、
返答もせず
ポケットにくしゃくしゃに突っ込む者もいた。

棟梁は目もやらず、
すぐに仕事を始めるように怒鳴りつけた。
タカシが隣の電気屋に頼まれたと言った。

棟梁は、
隣の・・・と言うと、
チラシを仰々しく広げ、
書かれた内容に目を向けた。

大工仕事は
何よりも現場の隣近所に気を遣う。
隣近所での評判が悪くなれば、
施主に迷惑をかけるのだ。
厳密に言うと、隣近所に気を遣うのではなく、
注文主である施主に気を遣うのだ。

棟梁は
「第九」というものが何なのか知らなかったが、
そこにいたタカシ以外の5人の男に
協力してやれと
言い放った。

そして自ら
タカシが持つチラシの束から
8割がたをつかみ取り、
(けっこうな分量である)
適当な枚数ごとに
5人に配り始めた。

最後の一人である
タカシの一個上だけなのにやたらいばる
森下先輩には随分な枚数が渡った。

森下先輩は正直に
いらねえ、と言ったが、
棟梁に拳固で殴られたので、
しぶしぶ受け取った。

きつい工期の午後の仕事中、
それぞれに渡されたチラシは
道具置き場のそばの邪魔にならないところに
大事そうに置かれていた。
風に飛ばされないように
あまり使わない大きなレンチなどを
重石として置かれて。

タカシは、
棟梁にお前、足りねえだろ、と言われ
もっと協力するからって
チラシもらって来いと言われ、
もう1回電気屋に行って、
チラシの束をもらってきた。

歓迎しない客がもう1度飛び込んできたことに
店主は驚いたが、
断るのも厄介なので
最初に渡した分よりも多く渡した。
半分自棄だった。

店主は若くはなかった。
電気屋はメーカーの販売店として
自ら始め、ずいずん長くやっている。
当然のように昔ほど景気はよくない。

商店会でも長く会長をやっている。
自分の店のことはさておき、
商店会全体のことばかり考えているように見える。
2人の男女の子供も
大学を卒業して、
電気屋以外の仕事に就いた。
電気屋は妻と2人でやっている。
2人で生活していくには
現在の固定客で間に合う体制にはなっている。
だから商店会のことの他に
合唱団のことにも時間を費やすことができるのだ。

「やまいずみ第九合唱団」は今年の12月に
結成30年を迎える。
店主は創設メンバーではないが
長く事務局を務めていた人が
10年前遠くへ引っ越すことになり引き受けて以来
今に至る。

練習は週に1度火曜日の夜定例日が設けられ、
市の音楽会館の練習室で行われる。
普段の定例会は集まるメンバーもいれば
集まれないメンバーもいる。
仕事の都合が主な理由で。

ただし、毎年12月のおわりに行われる
やまいずみ交響楽団との合同の
第九コンサートが近くなると
特別編成の練習スケジュールが組まれるのだ。
その時は事務局である店主は
連絡のやり取りに大活躍となる。

メンバーはおしなべて高齢、
女性の率が多いが、
意識して男性をメンバーに加えるように努めている。
そうしないと気が付くと女性ばかりのサークルになってしまうからである。

店主はこう見えても高学歴で
特に高校は地域で一番学習レベルが高かったので、
そのOB関係には顔が立つ。
高校のOB会の活動にも熱心だったのだ。

不動産会社の会長、
建築会社の社長、
ねじ工場の相談役、
一部上場会社を勤め上げ、
実家に戻り悠々自適な人、
公共団体の世話役、
何期も当選を繰り返している議会のドン、
など。

ブティックの女性オーナー、
高級バーのマダム、
社長夫人、
保育園の園長、
女医、
市民運動の旗振り役、
編み物名人、
など。

メンバー募集のチラシを
毎年、年月日の数字だけ変えて
印刷していたが、
メンバー集めにひっ迫しているわけではなかった。

時期が来れば、
自然と人は集まってくる。
例年まちがいなく。

ただし、
興味がある
決してベートーヴェンに興味がある、
クラシックに興味がある、
ドイツに興味がある、
ドイツ語ペラペラ、
そんな必要はまったくないが、
みんなと一緒に
気持ちよく歌いたい、
一体感を味わいたい、
過程も含めて
楽しめて、
難しくないとも言えないが
少しの努力で克服できて、
時には励ましあい、
いたわりあい、
同じ練習場に足を運んだ結果、
集大成のコンサートが終わったら
心置きなく自分たちへの歓喜の祝杯をあげる、
そんなひと時を過ごしたい、
そんな思いを持つ人なら
大歓迎なのである。

そんな思いで、
電気屋のドアに
少しの誇らしげな思いも込めて貼ってあった
第九合唱団募集のポスター。
募集というより、
今年も元気にやりますよ~という
宣伝というかメッセージだったのだ。

決して
乱暴で、
野蛮で、
デリカシーのかけらもない、
頭の悪い、
話の分からない、
気もきかない
者たち
いや、
と思われる者たち
に目にとめさせる為のものではなかった。

選挙期間中に
あれだけ張り出される
選挙ポスターを一目も見ようとしないくせに。

大工の現場は
夕方5時近くになると
仕事の一方、
片付けも始める。
定時である5時きっかりには
現場を離れたいからだ。

1分1秒でも自分の時間を確保したいのだ。
晩飯も食わずにパチンコ屋に直行するとしてもだ。
長編小説の続きが読みたくてたまらない人も
少数派かもしれないが、いることはいる。

タカシは
帰り際、棟梁に
チラシ忘れるなと言われた。
他の者には
捨てるなよと釘を刺した。

タカシはすでにチラシを抱えていたが、
反論はしなかった。
そして、そのまま電気屋の自動ドアを開けた。

店主は昼間と同じ場所にいたので、
また目が合った。
店主はあからさまにギョッとした顔をしたが、
タカシは気にしなかった。
タカシが抱えたチラシの束を見て、
嬉しさを隠さず、
やあ、返しに来たのかい?
と気さくさを装って言った。

いえ、これ仲間に配るんでと告げ、
次の集まり行きますんでお願いしますと、
言った。
丁重に言ったつもりだったが、
店主には伝わらなかった。
タカシは誰かツレも一緒にと付け加えた。

店主には何か恐怖の死刑宣告にも聞こえた。
ただのまじめな大工じゃないかと
必死に言い聞かせようとしたが、
無駄だった。
すでにタカシは店を後にしていた。


続く。