@Kagiya Galleyでパフォーマンス「阿呆の一生(が)ある(域)」を観た

カテゴリー │いろいろ見た

3月24日(日)14時~

会場である@Kagiya Galleyは、浜松市中心街・ゆりの木通り沿いにあるKAGIYAビルの4階にある。
2012年に丸八不動産さんが築50年以上のこのビルを取得し、古いビルを再生するリノベーションに取り組んだという。
2階には写真家の岩木信吾さんがオーナーの本屋さんがある。
僕自身は以前地下にあったライブハウス、1階道路沿いの喫茶店には行ったことがあるが、リノベーションされてから、階段を上ったことはなかった。
ただし、ずいぶん前には、仕事で当時2階にあった広告代理店に毎月行っていた。
雨の日曜、南側の階段から上りながら、その頃のことを思い出した。
階段の様子は変わらない。
ただし、途中見える2階の本屋さんの景色はまったく違った。
「まさにリノベーション‥‥‥」

ギャラリーでは、「vol.5 アドニスの庭、窓の外の風景」が4月21日までの会期で開催されている。
その会場で、この日のパフォーマンスは行われた。
演じるのは曽布川祐さんと幸田穂奈美さん。

入場した時は開演時間の間近だったので、すでにお客さんが、
それぞれ思い思いの場で佇んでいた。
先ずやるべきは、居るべき場所を確保することで、
展示物を観るより優先される。

人が同じ場所に存在する時の面白さ。
ある一定の力に引っ張られるのを、しきりに抵抗したりする。

部屋の中央付近には、木や紙粘土で作られたミニチュアの“街”のようなオブジェが並んでいる。
辺りには不思議と人が居ず、始まるまでこれを観ていたりした。

開演時間になっても、少し時間が押すアナウンスがあったので、
入り口とは反対の西側にある窓から外を見ることにする。
4階から見える景色。
信号待ちをしている車のダッシュボードにはキャラクターの縫いぐるみが並んでいる。
他人の家の庭。
そういえば、展覧会のタイトルは「アドニスの庭、窓の外の風景」。

芥川龍之介の遺稿が原作とされているが、語られた言葉はオリジナルだった。
男の繰り言をスマホで対話していた女はしきりに理解しようとする。
座っていた椅子から立ち、男は同じ方向に回りながら語る。
軌道をそれることも、引き戻ることもない。
まわりを囲む観客たちの前を通り過ぎる。
椅子に戻り、座ったきり動かなくなった男。
あきれたように素に戻った女が会場から連れ出し、パフォーマンスは終わる。

曽布川さんによると、作品についての45枚の文章があり、それを戯曲と呼んでいるそうだ。
展示されているということだったが、早速他の方が読まれていて、
僕は、順番を待たずに会場を後にした。

途中、2階の本屋さんにも寄らせてもらった。




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鴨江アートセンターで演劇集団浜松キッド「宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュ ラジオドラマ風 朗読劇」を観た

カテゴリー │演劇

3月23日(土)14時~

演劇集団浜松キッドの大同窓会なのだと言う。

本日、団長の山田利明さんから語られたが、
実施にあたり、いくつかの個人的な理由があったらしい。
「何かやろう」という呼びかけに対し、団員たちは答えて、形になった。

「セロ弾きのゴーシュ」の朗読劇は、かつて上演された作品だそうだ。
14時からの一部と16時からの二部は題材は同じだが、
表現の仕方が違うと言う。
僕は一部を観た。

現団員の他、OBも参加していた。
中には豊橋の劇団で活動している女優もいる。
朗読劇の後は、過去の公演映像のダイジェスト。
流されたのは、2000年より前の二十世紀に上演された何本かの作品。

野田秀樹作 「走れメルス」
つかこうへい作 「熱海殺人事件」
内藤裕敏作 「青木さん家の奥さん」
飯島早苗・鈴木裕美作 「ソープオペラ」
飯島早苗作 「法王庁の避妊法」
鈴木聡作 「凄い金魚」
‥‥‥。

小劇場第二世代~第三世代の作品。

舞台セットが驚くほど充実していて、役者も皆、躍動している。
若さだけが原因ではないが、
同じ世代の若者が集まった時の勢いというのはある。
公私ともに、自分のために使える時間が比較的取ることが出来る。
立場や年齢により、そうはいかないケースも出てくる。

ただし、繰り返し訪れるそういう時期を経て、続けた先に今回のようなイベントがある。
堅苦しさよりも、面白さを追求する劇団の姿勢は変わらない。
敷居の低さを強調するが、真剣な取り組みは演劇をすることが好きでたまらないという証拠。

旗揚げ公演が1981年3月23日、和地山集会場での「思い出を売る男」なので、
ちょうど創立43年になる。

チラシの絵は、団長の画家である同級生による。
朗読劇でも使われていた。
今回の同窓会を行うひとつの理由でもあり、
浜名湖を描いた絵が、会場に展示されていた。






 

藤枝ノ演劇祭3へ行った。

カテゴリー │演劇

3月3日(日)

3月20日に自分が出演する舞台がある関係もあり、
チケットを取るのが直前となった。

行きたかった、まちを歩きながら体験する、
「まちを迷おう、ものがたりを探そう」は、各10人限定だが、6回とも完売だった。

11時から無料公演の蓮華寺池公園 野外音楽堂前芝生広場での「お願い、だから笑って」を観て、
14時30分からひとことカフェでのアートひかり「ねずみ狩り」、
16時から生涯学習センターでの「清水宏スタンダップコメディ 演劇祭スペシャル」に行く計画を立てる。
最後の「刺青」も観たいと思ったが、
前日も豊橋に観劇に行ったし、明日仕事だし・・・、
上演時間と観劇料金のバランスや、総出費なども考慮し、
休日の過ごし方を選ぶ。

選んだ行動にそんなに大きな意味はない。
選択しながら日々生きて行くしかないので、
ある種、偶然が生んだ結果としか言いようがない。

ていねいに作られたプログラムには裏面前面に会場エリアMAPが載っていて、
「おきせ金つば本舗」というのが気になり、
帰りに寄ろうと決めた。
生涯学習センターの駐車場から車を出し、
和菓子屋の横に車を停めたら、
そこは演劇祭最終の演目「刺青」の会場である大慶寺のすぐそばで、
開演を待つ人たちの姿が見えた。

質の悪いことに、そういうのをみると、
演劇も観たくなってしまうのだが、
予約もしていないし、一度決めたことだしと自分に言い聞かせ諦め、
購入した金つばやまんじゅうを手に、浜松に向かい、帰路に就く。

藤枝の、たぶん蓮華寺池公園の存在が大きいと思うのだが、
この周辺(歩けば、歩いてまわることが出来る)の会場で行われる演劇祭は、
良い意味で街のコンパクトさを活用している。

パンフレットには会場間の徒歩移動時間も掲載されていて、
お客さん、会場の決まった場所で座っているだけじゃなく、外へ出ようよ、
というメッセージも伝わる。
それは観劇の楽しみじゃなくて、ハイキングや散歩の役割で、ジャンルが違い、大きなお世話だというのもあるだろう。
でも演劇祭自体をトータルなエンターテインメントと考えると、
いろいろな体験が出来て良い。

「お願い、だから笑って」は音楽とダンスと演劇の融合。
この順番で、登場してきた。
キーボード演奏に、歌。
ダンサーの踊りがあり、
背後にある山から、スーツケースを持った女性が現れ、
演劇が始まる。
ダンサーの方もセリフをしゃべり、俳優でもあった。

「ねずみ狩り」が行われたのは、お茶さんの建物を活用した場所で、
ひとことカフェと言うことは、普段はカフェなのかもしれない。

いわゆる古い建物を現代的に使用するリノベーションであるが、
建物の広さ、佇まいが、とても良かった。
劇場やホールでないところで演劇をやるというのはあるが、
劇場以上に劇場らしいと言うか。

ホールも演劇専用でなく多目的なものが多いので、
決して、演劇をやるにあたり使いやすいばかりではない。
劇場以外でやれば、当然狭すぎたり広すぎたり、形がいびつだったりする。
ところが、ひとことカフェは、会場はスカッと広がりを持ち、天井も高く、
演者もやりやすいし、観客も観やすい気がした。

アートひかりは昨年もここで上演したそうだ。
「ねずみ狩り」と言う1944年生まれのオーストリアの作家ペーター・トゥリーニが23歳の時に書いた作品。
つまり1967年。

世界的な大きな戦争が終わり、
若者が自分たちなりの新しい価値観を求める時代だったかもしれない。
今生きている社会に目を向け、そこに他人事ではなく自らを問う。

そんな作品をまさに、身体を投げ出して演じる劇団の姿勢に驚いた。
アフタートークでは演出家と発行時の訳者である寺尾格さんが登壇。
次に行われる公演の開演時間も考慮したアフタートークのスケジュールに思った。

「清水宏スタンダップコメディ 演劇祭スペシャル」が行われる生涯学習センターは、ひとことカフェから徒歩7分。
「ねずみ狩り」には次に登場する清水宏さんも観に来ていて、
これなどは演劇祭らしい。
また、そんな余裕は自分では考えられないので、さすが百戦錬磨と感心。
例えば落語家なんかもそうだろう。
その日の客を観て、演目を決めるなんて言う方もいるみたいだから、
舞台に立ち続けている人は、ある意味舞台に立つことが日常レベルなのかもしれない。

清水さんは、アフタートークを前に会場を後にする。
わずかな時間で準備をして、16時からの舞台に立つのだろう。
僕は、アフタートークを聞いて、次の会場に進む。

生涯学習センターと言う、382人のキャパの会場が、
スタンダップコメディーの会場としてふさわしかったかどうかはわからない。
清水さんはそんなことお構いなしに、自らのペースに持ち込む。
目の前にいる人、一人残らず全員を楽しませようという気概はプロフェッショナル以外の何物でもない。

ぼんやりしていると、見つけられ指名されるので、うかうかしていられない。
乗れなくても、乗ったふりをしていると、楽しくなってくるなんてこともあるかもしれない。

清水さんは、スタンダップコメディを始めた頃のことを語ったが、
英語もわからないまま、スコットランドの首都エディンバラに行き、5年間スタンダップコメディアンとして過ごしたそうだ。

エディ・マーフィーやウッディアレンがスタンダップコメディ出身だと言うが、
日本に寄席があるように、欧米では、バーやクラブ、専門の小屋などで、しゃべりひとつで笑わせるスタンダップコメディの文化が普通にあるのだろう。


写真は、ひとことカフェ






 

穂の国とよはし芸術劇場PLATで市民と創造する演劇「地を渡る舟」を観た

カテゴリー │演劇

3月2日(土)14時30分~

アフタートークに、作者の長田育恵さん、演出の扇田拓也さんが登壇した。
話を聞くのは、劇場の芸術文化プロデューサーである矢作勝義さん。

今回の「市民と創造する演劇」の題材に「地を渡る舟」を提案したのは、劇場側だと言う。
演出の扇田さんは、過去、長田さん主宰のてがみ座でこの演目を2度演出した。

上演時間150分の演目の提案に、扇田さんは驚いたと言う。
市民の方が参加する劇として、ハードルが高いと思うのも無理はない。

ただし、何年も市民劇を企画している劇場側は、経験から知っている。
市民の人たちがどれほどのことが出来るかを。

上演時間の長さなど大きな問題ではないのだ。
主要登場人物のセリフの多さは、心配するほどのものではない。
演劇をやりたい、
演劇の専門家(プロ)と共に、作り上げたい、
という思いで、応募してきた市民の方々なのだ。

初めて参加される方ばかりではないだろう。
何度か目の方が、経験のない方をサポートしたり、
互いに協力し合う形も自然と出来てくるだろう。

舞台美術として、時代物の民具が上からぶら下がっている。
渋沢栄一の孫である渋沢敬三が、自宅に仲間と集めた郷土玩具や化石を展示した小さな博物館アチック・ミューゼアムは、
若手研究者が集い、名もなき人、漁民や農民の民具を集め研究する場所となっている。

舞台美術に使われている民具は、呼びかけて、市民の方々から提供いただいた物だと言う。
この過程は、とても市民劇らしい。
“演劇”とは直接関係のないような方々が、協力し、
「納屋に、捨てないでたくさん残ってっけど、使いたいっていうんなら、どうぞどうぞ」
などという声が聞こえてくる気がするのだ。

「忘れられた日本人」などを書いた民俗学者・宮本常一の評伝でもあるが、
アチック・ミューゼアムを舞台にした群像劇で、
それぞれの登場人物に等分にスポットが当てられている。

ミューゼアムの主宰者である渋沢。
妻は三菱財閥の岩﨑家出身。
ミューゼアムの研究者たちはそれぞれ研究テーマが違い、東大出身のエリートが多いが、そこに劣等感を抱く立場の者もいる。
渋沢家で働く女中頭と見習い女中。
宮本常一夫妻。
調査協力で出入りするドヤ街出身の女性。
宮本が調査で出向いた先で出会う農民。
そして、陸軍の軍人。

それらステイタスや立場や思いが違う登場人物を役を担った市民たちは演じ分ける。

演劇が経過する時間の中には、
1939年、第二次世界大戦に突入し、1945年、戦争が終わるまでが含まれる。

映画でも小説でも演劇でも、近代史を取り上げることは、日本が直接関わった最後の戦争のことを描くと言うこと。
直截的に描かなくても、どこかしこに忍び込んでいる。
この作品では、戦争による変化を大きなテーマだ。
適性語とされアチック・ミューゼアムは、日本常民文化研究会と名を変える。
ただし、その名には、普通の人たちの文化を研究する場所と言う会の思いを託す。

同じ年齢の若者が戦地に出向く中、自分たちばかりが研究をしていていいのかと言う葛藤。
これは、大きな自然災害の後、自分の仕事が果たして必要なものなのだろうかと考え直す現象と似ている。
これは起こるたびに同じことを繰り返す。

渋沢は戦時下、日本銀行副総裁に、時の総理、東条英機より任ぜられる。
戦争の一方的な被害者である常民の生活を研究する学問を侵されようとしている中、抵抗するが立場上受けざるを得ない。
ただし、世間的には大出世で、彼は後に総裁、貴族院議員、経済人として活動する。

僕が新鮮に思ったのが、終戦により、三菱財閥出身の渋沢の妻、誉子が、財閥解体により、財産を取り上げられる覚悟を夫から聞かれ、戸惑うところ。
考えてみれば、「持ちすぎていた人」が、「それでもたくさん持っている人」に変わるだけなので、
今まで実感を持って感じなかったのかもしれないが、
あまりこういう場面観たことなかったかもと思った。
そう感じたのも、クールなお嬢さんであるが、自分を持ち、夫を支える妻の役を、俳優が的確に演じていたからかもしれない。

宮本常一の評伝として考えると、
戦争の影響が強くて(これは無理もない)、仕事を中心とする自身の生き方に焦点が定まりにくい所はあったかもしれない。

しかし、そもそも宮本常一は、そんなに題材として取り上げられることが多い人物ではない。
大河ドラマとか、歴史映画、歴史小説でも。

民俗学でも今回の演劇でも名が出てくる「遠野物語」の柳田國男は聞いたことがあっても、
宮本常一の名は聞いたことがない、という方も多いのではないか?
(僕にしても何年か前だ)

ただし、今回の市民劇にとっては、各登場人物にスポットがあたっていることが良かったと思う。
また、宮本常一も、身近な登場人物であるひとりの民俗研究者として、観客に受け入れられたのではないか?

それが、研究対象である「名もなき人」、つまり多くの市民たちと結びつき、市民劇であることの価値を生み出していく。
その成果のひとつが、市民の納屋、倉庫、住居から、私有の古い民具を引っ張り出したことではないかと思う。

それらはロビーに、参加者の制作の経過を写したパネルとポスターの中に、集まった民具の一部が展示されていた。
開演前、作者の長田さんが訪れ、それらを愛おしそうに眺めていた。

重要な役割は主要キャストだけではない。
普段は黒子、コロス、群衆、通行人、その他大勢などと言われる役にもきっちり目を配り、
というか、重要な役割としてスポットを当てるくらいの起用の仕方をされていた。

前半、登場する時の、うつむき、地面を眺め、腰が曲がった、低姿勢の、いかにも卑屈な姿、歩き方。
対して、ラストの、頭を上げ、腰を伸ばし、前や上を向き、いかにも前途洋々な姿、行動。
「名もなき人」それぞれの自分自身を語り、演じる。

もうひとつ、やはり音楽が良かった。
開演前の舞台では、すでに音が奏でられ、それらの体裁はミュージシャンではなく、そこに住む人。
生活の中で、音を出しているという、演出。
音楽担当の棚橋寛子さんは、SPAC(静岡県舞台芸術センター)の多くの宮城聰さん演出作品でもおなじみ。
ただし、ギターやヴァイオリンも使用され、それらとはまた違う音楽を感じることが出来た。







 

人宿町やどりぎ座で、劇団ストレイシープス×劇団渡辺「班女」「アッシャー家の崩壊」を観た

カテゴリー │演劇

2月26日(月)20時~

平日月曜の夜の公演なのだが、
開演前時間があり、劇場あたりを歩いていて、
入りたくなる店構えの店がたくさんあって、目が行って、困った。

これは見慣れない町ゆえかもしれないが、
人宿町というしゃれた名前の場所に劇場はふさわしい気がした。
演劇を鑑賞した後に、カフェに行ったり、バーに行ったりというのも容易に想像できる。
と言うより、帰り道、つい寄ってしまいたくなるのだ。

劇団ストレイシープス×劇団渡辺という二つの劇団のコラボレーション企画。

劇団渡辺演出の「班女」は古今東西の古典作品を自分たち流に作り上げるのが得意な、劇団のレパートリー。
三島由紀夫の近代能楽集は、現在でも、比較的よく上演される戯曲だと思う。
能楽の演目を元に三島文学の文体で書かれた戯曲は、長台詞も多く、決して演じやすくはない。
「班女」が発表されたのは、1956年。
それでも惹かれ、手掛ける人たちが時代を経てもいる。
また、演じやすい時間の長さも大きな理由だと思う。

「アッシャー家の崩壊」はエドガー・アラン・ポーの小説を演劇にした。
劇団ストレイシープスの山田清顕さんの演出。
1839年に発表されたゴシック風の幻想小説で、ポーの、代表的な短編作品。
語りとダンス、抽象的演出(ここでは枠を効果的に使っていた)を特徴とする。
小説を読むときは、読者のペースで読むことが出来るが、
演劇の場合、演者のペースに、観客は合わせて行くしかない。
言葉がわかりにくいな、ペースが速いな、と思っても、
演劇はどんどん前に進んでいく。

今回のコラボレーションの意義は、それぞれの劇団の特徴を組み合わせたことにあると思う。
1作にまとめるのでなく、それぞれの劇団の特徴を活かすように2作にした。

「班女」なら、老嬢 実子を演じる蔭山ひさ枝さんは、この戯曲の文体を言い馴れている。
対して、共演する劇団ストレイシープスのメンバーは、初めて対峙する文体だったかもしれない。
普段使う言葉とも違う。
いつも演じる演劇の言葉とも違う。
でも、新しいことへのチャレンジは、演劇人にとり、挑むべきことでもある。
その表れで、狂女 花子と青年 吉雄の役はダブルキャストになっている。

「アッシャー家の崩壊」なら、抽象性を引き立たせるアンサンブルダンスが活かされている。
これは劇団ストレイシープスの特徴だろう。
物語を伝えるために、演劇的な視覚表現で、観客を楽しませてくれる。
そのアンサンブルに蔭山さんも加わり踊る。
普段踊っているのか僕は知らないが、公演の為、振付を覚え、共に練習を重ねる。
そんな創る過程が、想像できるのも、単独公演と違うコラボレーション企画の楽しみ。

僕が観たのは26日の公演だけなので、
ダブルキャストの出番のなかった方の演技は見ていない。
僕が観た回ではアンサンブルでの出演の方が、どのようなセリフをしゃべったのかは、
やはり気になる。

上演後は、その場にカウンターが現れて、バーに変わるというアナウンスがされた。
週初めの平日の夜で、浜松に戻る必要もあり、僕はバーに変身する前に会場を後にした。






 

3月20日(水祝)14時~鴨江アートセンター「二人 Vol.1」に出演すること

カテゴリー │演劇

2月25日の「生きるフリー素材」の後も、以下の芝居を観ている。

2月26日(月) 人宿町やどりぎ座で、劇団ストレイシープ×劇団渡辺 「班女」「アッシャー家の崩壊」
3月2日(土) 穂の国とよはし芸術劇場PLATで、市民と創造する演劇「地を渡る舟」
3月3日(日) 藤枝ノ演劇祭3へ行き、
蓮華寺池公園 野外音楽堂前芝生広場で、「お願い、だから笑って」、
ひとことカフェで、アートひかり「ねずみ狩り」、
生涯学習センターで、「清水宏スタンダップコメディ演劇祭スペシャル」の3本。

本当はそれどころではないとも思うのだが、
3月20日(水祝)に鴨江アートセンター104号室で、14時から行われる、
「二人 VOL.1」に出演する。

タイトルの「二人」とはダンサー二人の意味で、僕はそこには入っていない。
「テラ・ダンス・ムジカ」というユニットで、プログラムのひとつに参加する形だ。

昨年より、「テラ ダンス ムジカ」という、運営に携わる路上演劇祭Japan in 浜松で知り合ったメンバーとユニットを組むようになった。

テラは僕、寺田だが、あとは、文字通りダンス、そしてムジカはラテン語、イタリア語、スペイン語などで音楽の意味。
僕は、演劇的行為をするので、
結果、『演劇×ダンス×音楽』と、ジャンルを掛け合わせた上演となる。

2023年6月10日、路上演劇祭Japan in 浜松2023で、いじめられっ子の男の子が黒板に変身して復讐する「ブラックボードマシーン」、
11月3日、袋井のLive & Cafeマムゼルで、スーパーマーケットで死にたいと願う女が何となく生きて行こうとする「スーパーマーケット」を上演した。

ここ試みの恐ろしいところが、
お互いに会って、練習をあまりしない、ほぼ即興に近い形で行うということだ。

音楽の竹嶋賢一さん(チェロ、コントラバス、ギター等弦楽器)と加茂雄暉さん(サックス、ピアノ)の奏法は、
即興演奏だ。(アドリブ、インプロビゼーション)
1940年代のビバップに端を発するモダン・ジャズと言われるスタイル、と調べると書いてあるが、
僕はあまり良く知らない。

浜松市高台協働センターで、「子供の為の音楽研究会」という看板を掲げて、
ピアノのある大きな部屋にたくさんの楽器とたくさんのアナログレコード(とレコードプレイヤー)を持ち込んでいた竹嶋さん。
その部屋には子供どころか、竹嶋さん以外には誰もいなかった。
そんな不思議な空間に、たまたま用があり来ていた路上演劇祭Japan実行委員会の代表、里見のぞみさんが、
看板に興味を持ち、部屋に入り込むことから、出会いが生まれる。
そこから、路上演劇祭に関わるようになるが、その時、「演劇」「音楽」の区別は頭にない。

加茂雄暉君は、2022年の砂山銀座サザンクロス商店街での路上演劇祭にて、
杉浦麻友美さんの「はままつ・つながり・アート」で演奏したことから、始まる。
メキシコの高校生とZOOMでつながった「朝のリレー」でも自作の詩を読んだ。
竹嶋さんと雄暉君は、主に音楽的に気が合ったのか、それから良く、共に活動している。

ダンスの杉浦麻友美さんは、現代舞踊(モダンダンス)の団体に長く所属していて、今はフリーで活動を行っている。
その団体の紹介では、クラシックバレエ・リトミック・モダンダンスを基礎に訓練していく、とある。
日本の創作舞踊の礎を築いた石井漠さん、義妹の石井小浪さんの系列を引き続いでいる。
石井漠さんのお名前は、先日初めて読んだ「窓際のトットちゃん」にも新しい身体の動かし方を教える先生として、登場していた。
やはり僕は何となくはフーンと思うのだが、あまりよく知らない。
麻友美さんは、いつ、どこで、誰とでも踊りますよ、という無敵なスタンスで、あちらこちらで踊っている。
まるで、ぴーひゃらぴーひゃらまるこちゃんだ。
「何でもかんでもみんな~、(ウーベイビー)踊りを踊っているよ~♪」

今回、当初、ダンサーには、野中風花さんが出演する予定だったが、
外せない予定が出来てしまい、Yochhiさんが出演する。
どちらのダンスも僕はまだ拝見したことがない。
野中さんはベルリンに在住して踊っていたという経歴に単純に驚き、
Yocchiさんは男性らしい、それしか知らない。

後日追記。
→大変失礼いたしました。
女性であるということ、ご指摘受けました。

楽器を弾くことも踊ることもしない僕は、演劇を担う形になっているが、
これがまた難しい。
即興の中に入り込むには、即興で応じるのも方法だろうが、
即興で演じられる演劇をそんなに観たことがない。

稽古には場面設定だけで台詞や動きを自ら考えるという(地獄のような)稽古、エチュードという手法があるし、
即興演劇、インプロと言う言葉がある。
日本では聞きなれなくても海外では結構盛んらしい。(知らんけど)
演劇の為のワークショップや実生活で役立たせるための教室でも活用されているようだ。
例えば、さまざまな状況で、当意即妙に自発的な対応や行動が出来るようになる。
そんな魔法のような効果を得ることが出来たら、さぞ楽々と生きれることだろう。

ただし、そうした即興劇のみの演劇公演は僕が知る限りあまり耳にしない。
まるで即興みたいにセリフをしゃべっていると感じる舞台はあっても、
俳優はセリフを覚え、稽古を積んで舞台に立っている。

浜松市内で、即興劇のみの公演を観たことがある。
それは、一堂に会した何人かの俳優に対し、お題(テーマ)が出て、それに即し、即興劇が始まり、ほどいい所で締める。
たったひとりの俳優が、即興で演劇を作っていくのではない。
共演者がいて、全員で協力しながら、登場人物を決めたり、場面を作り、話を進めていく。

お題が変わり続々演じられ、結果、何本かの短い劇が出来上がっていく。
その発した言葉を書き留めれば、戯曲が出来る。

つかこうへいという、劇作家・演出家は、俳優にその場でセリフを伝える、口立てという台本を使わない手法で演出していったというが、
稽古場が、劇作の場でもあったということか?
これこそ、劇作の即興力とも言えようか?

ただし、そんなことをやっている人はめったにいない。
トップレベルのプロ野球で投手と打者の二刀流が大谷選手くらいしかいないように。
もちろん僕などにそんなことは出来ない。

だから、僕は、テラ・ダンス・ムジカで行うとき、事前に台本を用意する。
即興のダンスや音楽に即興の言葉で挑めば、
たぶん、公衆の面前などで、ひとりでぶつぶつ言っている方と同様になってしまうだろう。
それは、何か意味があることかもしれないが、聞いてるまわりの人がそうは思ってはくれない。

用意した言葉を、その場で思いついたように表現できれば良いが、
どのようにしたらいいだろう、と考えるうち、
テレビで、ミュージシャンのボブ・ディランの詩を取り上げていた。
ディランの詩は、ノーベル文学賞まで受賞したが、
彼の詩を、古代ギリシアのホメロスの詩と結び付けていた。

当時、詩=歌で、詩人は歌手と呼ばれていたそうである。
つまり、詩は石に刻まれたり、紙に書かれた文字で完結していなくて、
人々に対し、語られていたそうだ。
口承と言う。
ホメロスは盲人であったと言われていて、
「イーリアス」や「オデュッセイア」などの叙事詩を伝えるには、語るしかなかったのかもしれない。

ディランはギターで旋律を奏で、詩を歌い、伝える。
僕と同様に語るべきものでもないが、
「詩を伝える」
という意味では、ああ、そうか、と思った。

言葉の切れ端が積み重なり、詩となるし、戯曲ともなる。
そういう気持ちで、
言葉を投げ出そう。
(事前に書いた台本であるけれども)

そういう気持ちに至る。

今回書いたのがタイトル「名のなき人」。
ひとりの路上生活者を題材にした。
これは誰だろうか?
オレだろうか?

前置きが長くなったが、
言いたいことはひとつ!

「ぜひ見に来てくださいね!!」

お問い合わせは僕のアドレスでもOK。

tetora@kyj.biglibe.ne.jp

※チラシの出演者変更
野中風花→Yocchi






 

静岡県舞台芸術劇場BOXシアターで「生きるフリー素材」を観た

カテゴリー │演劇

2月25日(日)14時15分~

この日は雨だった。
浜松から車で行ったが、会場である舞台芸術公園は、日本平山頂に向かう山の中腹にある。

駐車場から、
野外劇場や研修交流宿泊棟などもある公園の稽古場棟「BOXシアター」へ向かう道は、
晴れなら気持ちが良いが、雨なら・・・。
これも生の舞台を観に行く興趣のひとつだと、慰める。

会場の名前が、稽古場棟「BOXシアター」なのだ。
傘を差し、修行の場に行程を歩む。

SPAC県民月間は、
県内で舞台活動を行っている団体が、SPACの劇場を会場として、
自主的な作品創作・上演活動をSPACと協同で行う、とチラシにある。

“協同”と言うのが、どれくらいの範囲のものなのかは、
参加したことがないのでわからないが、
そのあたりは、公益財団法人故の、ひとつの使命として、
行っているのだろう。

演劇人「狐野トシノリ」を“フリー素材(役者)”として提供するので、
彼を使い、10分程度の短編芝居を作ってみませんか?

という呼びかけに対し、7組が応じる。

狐野さんへのアプローチがそれぞれ異なり、興味深かった。
対狐野さんだけではなく、
別々に作るとは言え、行われるのは同じ日同じ場所、
共に、
さまざまな作用が働く、と思う。

セリフがあったり、なかったり、
動きがあったり、なかったり。
忖度かもしれないし、思いやりかもしれない。
ただし、作り手のやりたい演劇は変えない。
それぞれの演劇をやる理由が見えてくる。
「狐野トシノリ」を通して。

猫熊 「マッチングヒーロー」
助けを求められたヒーローが呼ばれるごとにお決まりの言葉を名乗るが、そのアイテムが増えて行く。
特定の演劇のワークショップ課題を思い起こさせ、「圧を加えて行く構造」にこれも演劇の現場から生まれたんだなあと実感。

イチニノ 「ぜんぶきあつのせいだ」
ひとりの男のモノローグで演じる“きあつ”のせいを、文字パネルを用いて呼応し、いろいろなせいにして行く。
負担が圧倒的に大きいのはモノローグを語るイチニノの俳優だが、1本目は攻められていた狐野さんが逆の立場でとても楽しそう。

加藤解放区による「校長上京劇場2024」
永田莉子さんの多彩な手段を用いた語りに対し、狐野さんが、動きで反応。
SPAC宮城聰さんの語り(スピーカー)と動作(ムーバー)を分けた演出を思い起こすが、語りと舞を分けるのは舞台芸能の伝統でもある。

Ya-ma 「SXXしないと出られない部屋」
漫才のM-1、コントのキングオブザコントではあまり見かけないが、ピン芸のR-1では、裸芸は王道でもある。
演劇か演芸か、笑い志向の作品にとり、時には悩ましい批評を受けるのは覚悟の上。この企画ならではのギリギリ演劇。

竹内芳 「午後の恐竜」
日常に恐竜時代が入り込み、そこから進化していく星新一のショート・ショートを演劇化。
ひとりの男が、変わりゆく状況の変化に対し、ひたすら反応。演劇は何かを創っているとも言えるが、ひたすら引き受けているとも言える。

小粥幸弘 「レター」
狐野さんに迷惑をかけないという、競争社会で「我れが我れが、狐野さんを!」から離れた奥ゆかしいスタンスがなぜかおかしい。
レターと言う形の台本を読ませる気遣いと共に、ホントは別の題材を考えていたという本音も匂わせる。これもまた生の舞台。

浅野雅人(FOX WORKS) 「スーツ」
同じ劇団の所属するメンバーらしい、主宰でもある狐野氏への愛あるオマージュ。
身体ひとつの俳優に対し、演目が進むにつれ、対処が変わっていくのが、生の舞台らしく、生々しい。皆のリレーの最後のバトン。

演目の合間にMCによる作者、演出者、出演者とのインタビューが入る。
その間には狐野さんの着替えタイムも入る。
チラシには上演時間を約100分を予定とされていたが、終了したときは120分を過ぎていた。
インタビューは長めになりがち。
それは、参加してくれた人への気持ちが入るからだ。
もちろんこれは観客へのサービスでもある。

これは、単に僕が思い浮かべた仮定だが、
課題とする作品時間約10分をノンストップでやってみたらどうだっただろう。
衣装は早替え、歌舞伎とかのように黒子が協力して。
場所は街中のせまっくるしい小さな劇場がいいかもしれない。
一人の役者が作り手が異なるさまざまな世界を右往左往する。
観客は濃密な60分の1本の芝居を観る体験をする。

これもまたひとつ。






 

はままちプラスで「ポエデイ」を聴いた

カテゴリー │いろいろ見た

2月24日(土)

新浜松駅前の、はままちプラスで、詩や文芸のZINEの販売会と詩の朗読を行
「ポエデイ」というイベントが開かれた。

ZINEという言葉は当日いただいたチラシに載っていたが、
不勉強にもその言葉を知らなかった。
ウィキペディアで調べてみたら、ジンと読み、個人または少人数の有志が発行する自主的な出版物ということだ。
19世紀後半から20世紀初頭の亜アメリカのアマチュアプレス運動、
1920年代~1930年代の黒人によるハーレム・ルネサンスの文学雑誌など、
経済的・政治的に阻害された人たちが自分たちの意見を主張するために発行した出版物がジンのルーツとされるとある。

同人誌、ミニコミ誌という言葉は使うことがあったのだが。
ZINEと言う言葉は生まれて口にしたことがないと思う。

11時から行われていたが、僕は、13時から15時までの「朗読」に出向いた。

スタートの13時を過ぎていたので、
既に一番手らしい、にゃんしーさんが、朗読していた。
音を使ったり、身振り手振りも交えたり、趣向が凝らされていた。
衣装を含めた本人のキャラクターと野球をテーマにした作品との取り合わせが妙な感じだった。

泉由良さん、
へにゃらぽっちぽーさん、
壬生キヨムさん、
谷脇クリタさん、
参加希望者が読むオープンマイクも行われた。

泉さんが読んだ「サンリオピューロランドへ行こう」という内容の詩は、ご本人の詩ではないようだが、
読み方が、真に迫っていて、会場に戦慄が走っていたと思う。

谷脇さんは、浜松に向かう列車の中でも句をつくり披露し、
ウクレレを弾きながら、架空の国の国家を観客に歌わせた。

外に出ると、向かいのFMharoのスタジオからは、
J1リーグ磐田×神戸の実況が流れていた。