穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホールで「市民と創造する演劇 リア王」を観た

カテゴリー │演劇

3月2日(土)14時30分~

PLATが主催となり、
プロの演劇人とともに
公募した市民と演劇を作る。
1年に1度、この時期に上演されている。

スタッフが、チームとしてしっかり構成されている。
上演台本・演出を担当された
橋本昭博さんは、台本を書くのは初めてということをおっしゃられていた。

ただし、台本作りをめぐって、ひとりのみが請け負っているのではない。
原作者(シェイクスピアだが)、脚本家、ドラマトゥルク。
リア王を持ち出したのはドラマトゥルクの長島さんで、
蟻を持ち出したのは橋本さん。

また、演出に関しても
演出補が2人、
演出助手が1人。

スタッフのチーム作りがうまくいけば、
そのまわりに
参加する市民たちが
集まりやすくなるのを容易に想像できる。

主催者(PLAT)の存在が明確であるから、
船頭が多くて、空中分解と言う心配はないだろう。

その手がかかった証が、
舞台のあちらこちらに現れていた。
蟻たちがかぶる触覚のついた帽子は参加者たちで作ったそうだ。
稽古場であれあるといいなあ、と言う話がでると翌日小道具が出来上がっていたり。

会場に入ると出演者たち(蟻たち)が
すでに客席を暗躍している。(いや、客たちをもてなしている)
「こんにちわ」
「どこからいらしたんですか?」
「どうもすみませんねえ(なぜか謝ったり)」

同時に座席の案内もしているので、
理にかなっている。
これは、蟻の世界に移し替えたのが奏功している。
日常を舞台にした芝居で
普段着のような衣装で案内されても紛らわしい。
蟻だから、それも“アリ”。

大きなビニールボールを後方から客席をたどって
順送りにしていくリハーサルも
面倒だなあと思いながらも、
素直に協力し、客席はほぐされる。
劇中の場面でお約束の掛け声を強制するリハーサルも
やってみるとまんざら悪くもない。
以上の2つの行為で、
客席にいながら
体を使うことと
声を出すことを体験したと実感する。

ウイリアム・シェイクスピアの「リア王」を“アリ”の世界に置き換えている。
“リア”をひっくりかえして“アリ”だが、
これを思いついて、発想がめくるめく広がったなら、
これを頼りにするしかない。
信じ、実行するしかない。

「1年間、頭の中は“アリ”ばかりでした」
という橋本さんの言葉に実感がこもっていた。
だからか、劇中しつこいほど
“アリ”とかかった言葉が頻発していた。
はいはい、わかりました、“アリ”ですね、というくらい。
それもひとつの執念の現れか!?

リア王の壮大な悲劇を喜劇に転換するという試みも興味深かった。
そこに自ずと振り幅ができる。
“人間”と“蟻”。
“悲劇”と“喜劇”。

橋本さんとともにアフタートークに登壇した
ドラマトゥルクの長島さんが語っていたが、
予想以上にスケールの大きい作品になった、
というのもうなずける。

制作の成り立ちばかり触れたが、
成り立ちでおおよその内容は予測できるものだ。

穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホールで「市民と創造する演劇 リア王」を観た



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