コムレイドプロデュース「神の子」を観た

カテゴリー │演劇

1月25日、26日に浜松市浜北文化センター 大ホールで
コムレイドプロデュース「神の子」という演劇公演があった。

浜松市内で公演があることは知ってはいたが、
いつもの癖で公演日が近付かないと
チケット入手に手が回らない。

あの公演どうだったかなあ、とチケット状況を確認したときは
完売だった。(確認するの遅すぎるのだが)
チケットぴあもローチケもイープラスも予定枚数終了で、
チケット流通センターまで調べたが、
浜北での公演チケットが購入できそうな情報は見当たらなかった。

そこで、名古屋での公演チケットが購入できそうだったので、
名古屋まで行ってきた。

ギリギリになるまで買わないのは、
別に人気があって売り切れても、
それはそれで仕方がない、
と割り切る覚悟があったはずなのだが、
出演者の顔ぶれを見ていたら、
無性に観に行きたくなった。

直前に
作・演出が同じである赤堀雅秋さんの「世界」という演劇作品を
You Tubeにアップされた映像を観たこともあると思う。
考えたらその映像を観たら、
「神の子」のことも思い出して、
突如チケットを調べだしたのだった。

「世界」は父である風間杜夫等の家族の話だったが、
スナックの場面(カラオケ含む)が印象的に使われていたが、
そこだけは「神の子」とまったくそっくりであった。
「世界」のスナックのママ役が鈴木砂羽さんで、
「神の子」の方は江口のり子さん。

どうやら赤堀さんの作品ではスナックという場所は
よく使われているようだが、
サラリーマンである僕が
ここ何年かは行く機会がなくなったが、
何年も前の一定時期は上司や同僚らと
よく行った記憶がよみがえる。
いわゆる全国津々浦々どこにでもありそうな、
スナックの雰囲気なのだ。
演劇の中で成立させているのは
もしかしたら珍しいかもと思った。
赤堀さんが大好きなのはもちろんなのであろうが。

余分な話が長くなった。
無性に行きたくなった「神の子」の登場人物は以下の通り。

大森南朋、長澤まさみ、でんでん、江口のり子、石橋静河、
永岡佑、川端和雄、飯田あさと、赤堀雅秋、田中哲司(以上敬称略)。

どうだ。
全員知ってるとは言わないが、
頭にぱっと浮かんだのが、
“役者同士の演技の応酬!!”。

PRの案内文を探して読んだらより一層思った。
“観たい!”

コムレイドプロデュースとは
田中さん、大森さん、赤堀さんによる演劇ユニットだそうだ。
5年以上前のとある日、
田中さんが同じく俳優の光石研さんと舞台をやりたい、誰とやったら面白いか
という話を飲みながらしていて
そんな中から、脚本なら
赤堀さんがいいんじゃないか、ということになり、
2015年に「同じ夢」という公演が実現したそうである。

以来約5年ぶりに同演劇ユニットの公演が復活する。
それが今回の「神の子」である。
磐田市出身の超有名女優の長澤まさみさんは
既知の間柄である大森さんがメールで参加を打診した所
「はい。興味あります」という返事が返ってきたそうである。
長澤さんは「同じ夢」の他、赤堀さんの作品を何本か観ていたそうである。

出演の前には所属事務所を通す手順を踏むのだろうが、
このように、
まるで“学生時代”であるかのように
1本の芝居が成立していく様子は
先ずは何よりもうらやましい気がした。
男同士で、
「舞台やりたいなあ」
「演劇やりたいなあ」

ああ、うらやましい。
というのは脇に置いといて、
そんな演劇熱の行く末で実現した
今回の公演を見届けたい気がしたのだ。
だから、名古屋まで出向いた。

感想は・・・
ちょっと思ったのは
好きなもの同士が集まっただけでは
何かが足りない。

イギリス出身の超有名バンド
ザ・ビートルズもメンバー4年だけで世に出たわけではない。
ブライアン・エプスタインというマネージャーが
売り出し方を考えたおかげで、
ザ・ビートルズの伝説が生まれたと言ってもいい。

パンクの伝説セックス・ピストルズも
のちのマネージャー、マルコム・マクラーレンがいなければ、
生まれなかった。

漫画や小説だって、
作家のみで書かれているわけではない。
出版社の編集者の存在が大きい。

音楽や映画だって、
プロデューサーだったりが、
大きな影響を与えている。

言ってみれば、
内部の批評者である。
ほかの人が言えない厳しい意見を言う人もいれば
物言わず、
ゆったりと見守っているという人もいるだろうが、
いずれにしても、
観客と表現者の間の
仲立ちとなる。
対立ではない
相互関係がここでは成立する。

理想のメンバーが集まりすぎると
うれしすぎて、
客観性を欠いてしまうということはあると思う。
100%ありえないが
僕が長澤まさみさんにオファーして、
「はい。興味あります」なんて言われて、
参加することになったとしたら、
ダメ出しなんて・・・出来るわけはない。

僕は趣味で観劇や演劇に関することに首を突っ込んだりしているが、
普段は会社勤めをし、営業で外回りなどをしている。
外を車で走っていると
工事現場で工事に従事する人のほかに
誘導警備員の姿があるのはよく見る光景だ。

暑くて大変そうだなあ、寒くて大変そうだなあ、
と思うこともあるが、
工場でずっと機械に対応していたり、
スーパーでレジ打ちしていたり、
学校で教壇に立っていたり、
事務所でPCのキーボード打っていたり、
厨房でフライパンをふっていたり、
僕のように営業先でお客さんにセールスしていたり、
まあ、対価の格差は大いにあるだろうが、
仕事に優劣はない。

また、休日に家にいると
呼び鈴が鳴り、玄関先へ出ると、
子供連れのお母さんが立っていて、
手には小冊子を持っている。
僕は興味がないと断る。
街中を歩いていると呼び止められて
話をする時間はあるかと問われる。
僕は時間がないと断る。
何らかの宗教の勧誘であろうことは理解する。

僕の家は祖父の代から
浄土真宗の檀家、門徒で、
僕自身はたまにお参りには行くが、
熱心な仏教徒と言えるほどではない。

日曜には欠かさず教会に行く人、
毎日の礼拝を欠かさない人、
または無宗教の人、
それぞれがそれぞれの宗教へのかかわり方をしている。

それらはそれぞれ違いはあるが、
宗教自体に優劣はない。

仕事も宗教も
それらは、社会の中で並列に存在している。
その中で、関わったり、衝突したり、融合したりする。

非正規雇用で警備員の仕事をしながら、
余暇はパチンコやスナック通いをして過ごしていた
大森さん演じる独身の中年男が、
とある宗教の熱心な信仰者であるが、
表向きは街のごみ拾いというボランティア活動をしている
長澤さん演じるうら若きかわいい女性と出会う。

「神の子」の導入である。
神の子というタイトルが意味するものを考えると、
なかなか難しいところに及ぶと思う。
主にキリスト教の概念で、
キリスト教の信者のことを指したり、
キリスト自身のことを指したりする。
ウィキペディアによると
様々な解釈があるとも記されている。

観終わったときの感想としては、
いわゆるキリスト教の概念としての神の子という
呼び名にまで言及している作品には思えなかった。
あくまでも作者自身の中の「神の子」なのだろう。
それは正直物足りないところがあった。

また、警備員という仕事であるが、
この仕事も他の仕事と同様
いろいろな側面があると思う。
複雑さや深みがあると思う。
1日たちっぱなしで、
余暇はパチンコ三昧、で済ましてしまうと、
少し単純すぎるのではないか、
という気がした。

普段交じり合わない者同士が
偶然の邂逅により、
どんな展開をし、
新しい価値観を生み出すのか。
これはあくまでも僕の勝手な期待である。

チラシが手元になかったので、
閉演後、会場入り口に貼られたポスターを写真に撮ろうと思ったが、
とっとと剥がされていた。
名古屋での最終日とはいえ
片付けるの早すぎるよ!
で、写真は本チラシではなく、仮の速報チラシ。

コムレイドプロデュース「神の子」を観た



同じカテゴリー(演劇)の記事

 
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
コムレイドプロデュース「神の子」を観た
    コメント(0)