烏山区民センター前広場で「路上演劇祭JAPAN2024」を観た

テトラ

2024年04月25日 20:31

4月20日(土)朝、新幹線で東京へ向かう。

世田谷区、京王線の千歳烏山駅を降りてすぐに、烏山区民センター前広場がある。
そこでは2001年から連綿と続けられている。



駅のすぐ傍にある公共広場で「演劇祭」が行われると言う。
オレ自身は、2011年・2012年以来、長い時間をまたぎ、三度目の訪れだ。
周辺は(浜松とは異なり)商いを営む店で埋まり、人々は土曜の日常を過ごす。

開始の十一時に間に合おうと、駅に降り立つ者がいたとて、気にかける者はいない。
それは、互いに何処から来て何処へ行こうとしているのか知らないからだ。

演劇祭の開始を告げる声がするが、聞く者もいれば聞かない者もいる。
それは演劇祭を目当てに来ている者もいれば来ていない者もいるからだ。



カラスが降りたつ姿に、ここは「烏」という文字を含む駅であると勝手に物語を紡ぐが、
カラスはどこの街でも見かけることには、いくらオレでもすぐに気が付く。
やがて入れ替わるように現れるハトの姿にやはり形式通り、平和の象徴として物語を紡ぐ。

物語を紡ぐのも、やはり「演劇祭」のせいなのだ。
演劇と言う文字はここでは多様に変化し、それぞれの物語を紡ぐ。

浜松から来た男に、何処から来たとは知らず語り掛ける者がいる。
ある女性は、横断歩道の渡り方を扱う芝居で、青の点滅で横断歩道を渡るのは問題だと言う。
聞けば、近くの街から来たのだが、前日福岡に居て、大きな交通事故に遭遇したのだと言う。
駐車場でサイドブレーキが戻らず警察に相談したら「免許返納を求められた」というエピソードも語る。
なるほどそれなら芝居を観ていて気が気でないのもうなずける。



また、別の女性は、円形に敷いた布の上での演技者に、この方は、今から運動でもされるのかと聞く。
運動ではないはずと答えると、運動ならば真似でも出来るのに、この方、ひとりで遊んでいるみたいでつまらないと言う。
一日四千歩歩かなければならないから来ているので、帰ろ。もう帰ろ。
時計を見て、四時になったら帰ろ、と言いながら、結局帰ったのは終了後。
聞けば彼女のご主人は入院されているそうだ。
話しが出来て良かったと言われた。
こちらは鑑賞中だったはずなのに。



言葉に出してわかることがある。
観ている者も、それぞれの物語を紡いでいるのだ。

24時間稽古の経験など人生の不条理を、笑いを交え礼賛に変えてしまう三部構成のリアリティショー。
演劇版「不適切にもほどがある」。



ダンスによるヒットメドレー♪ パプリカの後は、みなさん一緒に、「Y‥‥‥」(ヒデキ感激)
セットの柱がパルテノン神殿。



バングラデシュの少女と日本の少女たちのひと時の邂逅。
最近人形劇やっていないのでとおっしゃるが、十分すぎる人形劇。



「労働者はつらいよ」
シフト現場でのドキュメンタリー。
飛び入りで観客が代わりに役を演じたり、意見を述べるフォーラムシアター。



おだやかに始まると思いきや、いつのまにか心の中を覗く「ポランの部屋」が始まるよ。
共演者たちも好演!! パワフルガールまっつりーさんの達者さには驚いた。



路上演劇祭シンポジウムでは、2017年浜松路上の「しんぽじうむ」で登壇されたアウグスト・ボアール著「被抑圧者の演劇」の翻訳者・里見実さんを振り返る。
惜しいことに何年か前、お亡くなりになられたそうだ。
しかしながら、神奈川山北町にて、一万冊以上の蔵書を整理し公開する計画があることを浜松路上でもおなじみ成沢さん(写真一番左)から聞く。
湘南亀組の高橋さん(写真一番右)は、大学時代、実さんから教わったそうだ。



男がこれから踊り始めることに気付いていない。
手許の液晶画面のとりこになる人たち。
ここは外なのか、それとも内なのか。
それはどちらでもあるのだろう。



漱石の「夢十夜」は、「こんな夢を見た」という言葉から始まる。
男の傍で「もう死にます」と言う女が登場する「第一夜」の一人芝居。



日の暮れた中、「陽が沈まnight」で惜しむように賑わう会場を後にし、オレ思う。
「こんな夢を見た」

以上、この日の一部。
翌21日も開催された。




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