静岡県立美術館で「無言館と、かつてありし信濃デッサン館―窪島誠一郎の眼」を見た

テトラ

2024年11月08日 20:34

10月12日(土)

この日が展覧会の初日だった。
グランシップで行われる文楽を観ようと静岡市へ行く予定を組み、
美術館何かやってるかなあ、と調べたら、この企画展が目に留まった。

無言館は、戦争で若くして亡くなった学生たちの絵が収蔵されている美術館であることは、
何となく、NHK日曜美術館か何かで見たことあるかなあくらいの認識だったが、
これも記憶が確かではないが、何かのシンポジウムをテレビで見ていて、面白いこと言う方がいるなあと、
ネットで調べたのが、館主の窪島誠一郎さんだった。

企画展のイベントスケジュールを見たら、開幕記念講演会「絵好き・絵狂い・絵蒐(あつ)め」が開催されることを知り、
ぜひこの機会にと文楽の公演の前に、足を運ぶことにした。

鑑賞後、14時からの講演会を聞く。
無言館および信濃デッサン館の収蔵作品をこうして特集しての展覧会は初めてだということだった。
そのためか、無言館がある長野県上田市在住の窪島さんが3回も展覧会イベントのために静岡まで来られると強調されていた。
静岡美術館の館長木下直之さんほかで、企画したのだろう。
有名画家の展覧会だと各美術館の巡回展が思い浮かぶが、美術館独自で何を紹介すべきか日々考えられているんだなあと実感する。

90分間(少し延長)の講演会では窪島さん自身の生まれてから今までが語られた。
客観的に語りたいということだったが、徐々に熱を帯びてくる。

高校卒業後、10いくつかの職業を体験したが、渋谷道玄坂の生地屋で仕事をしていた時、
中村書店という本屋で立ち読みすることが楽しみだったが、
そこで、村山塊多の画集と出会い、衝撃を受ける。
そして、「自分のやりたいことを貫く。それでいいんだ」と心新たにし、
1964年の東京オリンピック前年、京王線・明大前の自宅を改修し、
カウンター7席の、スナック「塔」と言う飲み屋を始める。

この店があたったようだ。
東京オリンピックで店の前を聖火が通り、そこでおにぎりを売ったら、やたら売れたそうだ。
その時、お手伝いを募集し、来たのがのちに奥さん。
また、多くの俳優、文化人が訪れる。

ある時、オールドパーばかり飲む画家原精一さんが置かれていた「塊多全集」をみて、
「マスター、塊多知ってるのかい」と声を掛けられる。
その時、窪島さんは「塊多(かいた)」という名を読めなかったそうだ。

それから、絵画についてのレクチャーを受けたりし、
金集めだけでなく、塊多の絵を集めるようになる。

塊多は、美術学校に入ったが、10日ほどでやめ、ほぼ独学で絵を学ぶ。
信州上田に放浪の旅に出て、木賃宿に宿賃代わりに絵を描いて置いて行ったので、
それらをたどれば、塊多の絵は手に入るということだった。
そして、飲み屋で儲けた金を元手に、
自身で徴集した絵画等を展示する「信濃デッサン館」を1977年に設立する。
デッサンが好きなのだと言う。
消しゴムで消えてしまう儚さ。

洋画家の野見山暁治 さんに、戦没が学生の絵を遺族から借りて、信濃デッサン館の一隅に展示したい旨を相談する。
それから、野見山さんの協力も得て、全国の遺族の元を訪れる日々が始まる。

将来画家として花開くことを夢見る中、戦争に巻き込まれていく学生たち。
時局が切迫してくると、兵士が足らず、学生の繰り上げ卒業という措置が取られる。
もっと勉強したいのに、無理やり卒業させられ戦地に赴き、非業の死を遂げる。

展覧会で、絵に付随したキャプション内の記された経歴に「繰り上げ卒業」の文字。
そして享年が二十歳代・・・。

絵は、単なる物質である。
ただし、遺族にとっては、かけがえのない遺品なのだ。
それらを託され、預かる。
窪島さんは、それら絵を手にし、帰途に就く。
時には、この絵のために俺は何をやっているんだろうと自問すると言う。
世に認められた、または認められる傑作ではない。
学生の身分の者が描いた、まだまだ未熟な習作なのだ。

でも、それらが一堂に介すると、
「描きたい、もっと描きたい」と、
ものすごいコーラスが聴こえるのだそうだ。
オーケストラになって響き渡ると言うのだ。

そして作られた戦没学生たちの絵を集めた「無言館」。
寄付を全国から集め、六千万円の融資も受け、1997年に信濃デッサン館近くに開館する。

窪島さんは、音楽や演劇にも造詣が深く、1964年開業の明大前のスナック「塔」に設置された多目的ホール、キッドアイラックホールを運営していた。
演劇や詩の朗読、ジャズやダンスの創作が日夜行われていた。
僕は、名は知っていたが、経営形態などは知らず、一度も行ったことはない。
そして、2016年12月31日に窪島さんの意向により、閉館した。
(その後、別の人によりアトリエ第Q藝術」として開館)

なお、展覧会は12月15日まで行われている。



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