静岡音楽館AOIで1940-リヒャルト・シュトラウスの家―」を観た

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29日(土)13時30分~
静岡音楽館AOI×SPAC-静岡県舞台芸術センター 共同事業とある。
言い方を変えれば、音楽と演劇のコラボと言える。

目的としては、異なる畑の特長を生かし、
単独では出来ないような表現作品を生み出すということだと思う。

但し、主体が2つあると、問題もあったりする。
それは、どちらの立場も立てる作品つくりになりがちであるということだ。

オペラでも海外では
新作が日々生まれているので、
観客は新しい演出による作品を望むのだという。
今までのとは異なる
斬新な演出作品を。

対して、
日本で公演が行われる際は、
そのような斬新な演出作品は好まれず、
保守的な演出作品が求められる、
という話を聞いたことがある。

今回の会場は音楽ライブに適していると思われる静岡音楽館AOIである。
そして、主催はやはり静岡音楽館AOI。
演劇の事情で、革新的な新演出はなかなかできる環境でないかもしれない。
また、求められてはいないのかもしれない。
観客にとっても。

「1940-リヒャルト・シュトラウスの家ー」の
タイトルは、リヒャルト・シュトラウスという作曲家の名がどうしても表に出てくるが、
こちらはあくまでサブタイトルで、
メインタイトルは「1940」という年号である。

こちらの年号に創作の発端があったように思う。
当時大日本帝国は、皇紀2600年を記念する祝典音楽の創作を6か国に依頼し、
そのうちのひとりが当時ナチスドイツが割り振ったのが、
リヒャルト・シュトラウスである。
アメリカにも依頼したが、両国の関係の緊張化を理由にアメリカ側が断ったと言われる。

リヒャルト・シュトラウスは楽曲提供でナチスに協力した形になるが、
本人には政治的な意識はないようだ。
どこの国でも戦時下ではそのような例はいくらでもあった。

なぜこの状況を舞台とする作品を今行うのか。
それが、この作品の意図である。
制作者たちの意図である。
その意図に従い、ソリストが歌い、ピアノ、クラリネットが演奏する楽曲が決まる。
服部良一さん作曲の「蘇州夜曲」やアメリカのジャズナンバー「私の青空」も同様だろう。
聴いていると
単に歌を堪能しているのだが、
意図を考えると、聴こえ方も変わってくる。
そして、演劇と音楽が並列に並んでいるのではなく、
音楽劇の様相を呈してくる。

最後に、リヒャルト・シュトラウスの晩年の最後の作品「4つの最後の歌」で幕を閉じる。
4つの内3つは、ヘルマン・ヘッセの詩に曲をつけた。
「車輪の下」という小説でも知られるヘルマン・ヘッセは平和主義者とされ、
ナチス政権から目をつけられていたそうだ。。

最後にそんな詩を自ら選んだリヒャルト・シュトラウスの心境が、
「1940-リヒャルト・シュトラウスの家」を象徴していたと思う。
1940という、
日本にとっての戦争前夜の意味を持つ年号をタイトルとした作品の。

続いて、静岡芸術劇場で行われる「ウェルテル!」という演劇作品を観るために
JR静岡駅から東海道本線に乗って、東静岡駅へ向かう。

静岡音楽館AOIで1940-リヒャルト・シュトラウスの家―」を観た


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