愛知県芸術劇場小ホールで愛知県芸術劇場・SPAC共同企画「寿歌」を観た

カテゴリー │演劇

3月25日(日)14時~
名古屋市美術館がある白川公園から愛知県芸術劇場まで歩いて向かった。
名古屋は道が広い。
見上げるところを高速道路の環状線が走り、
立体的な街は未来都市のようにも見える。
特に日曜日で人が少ないオフィス街など。
アスファルトとコンクリートの分量が多い。
いや未来都市ではない。
れっきとした成長を続けているように見える
現代の街だ。

「寿歌」は北村想さんが、40年前に書かれ、
1979年の12月に初演された作品。
戯曲集に記された記録には大曾根鈴蘭南座にて12月21日~23日とある。
そうか、クリスマス前か。
だから最後雪が降るのかも。

「寿歌」は1981年の1月に選考された岸田國士戯曲賞の候補にあがるが落選している。
そして3年後に「十一人の少年」という作品で同賞を受賞している。
雑誌「新劇」に掲載されている別役実さんの選評を読むと、
そこで、ほめすぎであることを承知で言えば、と前置きしながら
落語家、古今亭志ん生の趣きと重ねている。
~一種の「いいかげんさ」というものが全体を支配しており、しかしそれが豁達なるものを生んで、
これだけは否定しようもない独自の手触りを創り出している。~(本文より)

志ん生さんでよく言われるのがフラというもので、
フラがあるとは、どうしようもないおかしみがあることを言う。
これは努力とかでどうにかなるいうものではなく、
元々備わっているものというしかない。
つまり、「あ・・・」と発しただけで笑ってしまう。

但し、だからと言って、これに頼ると長くは続かない。
志ん生のフラは古典落語が支えていると思う。
構成のしっかりした話が基盤となり、
自由にフラを発揮できるのである。

別役さんは「十一人の少年」に関して述べているが、
「寿歌」でも当てはまると思う。
「寿歌」は、非常に短期間で書かれたと言われる。
つまり、ノリと勢いを得た恵まれた戯曲である。
「寿歌」の構造は、なんといっても状況設定にあると思う。

核戦争後、人類はほぼいないと思われる。
オペレーターのいない自動操作による核爆弾が、
まるで美しい花火のように空を飛び交う。
そこにリヤカーを引いて現れる
男女2人組の旅芸人、ゲサクとキョウコ。

特別な事件は起こらない。
といっても、この状況が大変な事件だが。
特別な事件は話を進めてくれる。
進めてくれるものはないので、
自分たちで作らなければならない。
芝居の稽古で、エチュードと言う即興の稽古があるが、
そんな場面が上演時間中続くと言っていいかもしれない。

ヤソという名であるのだが、ヤスオと聞き間違えられる
男が登場する。
といっても、2人による即興が3人になっただけのこと。
2人の状況に変化はない。
あてどなく、「いいかげん」な会話が続けられる。
そこで、力が発揮されるのは、フラかもしれない。
これはサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」を演じる
場合と似ている。

フラしか頼りにできない。
ガレキの山の中。
出会う人がいない中。
放射能が「光る中。

北村想さんが、劇団と共に世に出る、
勢いをまとったエポックメイキングな作品だと思う。
言い方は悪いが、
特別いわゆる役者の能力に恵まれているというのでもなく、
かと言って入念な準備を積み重ねるというのでもなく、
ごくありふれた俳優が、思わず演技の大ホームランを打ってしまう、
そんな戯曲だと思う。

それはなぜだろうか。
フラというものは志ん生みたいな特別な人だけでなく、
どんな人にも、本来備わった愛嬌のようなものがあるのだと思う。
どんな誰でも誰かには愛されているのだし。
それは、じゃあいつ発揮されるのかと言えば、
子供の時の無邪気さとか、
無自覚に本当に心が自由であるような時とか。
それを意識的に演技に活かせればそれは天才なんだろうけど。

演出の宮城聡さんが、
セリフを言葉として頭で理解しようというのではなく、
身体として読み解く、
みたいなことを「寿歌」にのぞむに際し、
言っていたように思う。
身体で語るのは、ダンスはわかりやすいが、
身体でセリフを語るとなると、途端に・・・となる。
でも、なんとなくそういう事なのだと思う。
きっと調子のいいときの志ん生さんは、
古典落語を身体で語っているのだろう。

僕は芝居を観ながら、
その前に観た美術展、「地ごく楽」のことを考えていた。
ああ、「地ごく楽」だ。
「地ごく楽」とは、地獄と極楽を合わせた作者の真島直子さんの造語である。

「地ごく楽」を身体で表現しようとしたのが「寿歌」。
添付しようと劇場で撮ったポスターの写真を見たら、さらに確信した。






 

名古屋市美術館で真島直子「地ごく楽」を観た

カテゴリー │いろいろ見た

3月25日(日)
名古屋へ行った。
14時から愛知県立劇場で行われる
SPACの「寿歌」を観る前に、美術館へ行った。
名古屋駅から栄の白川公園内にある名古屋市美術館。

「地ごく楽」とは、地獄と極楽を合わせた言葉。
正反対のものを合わせる。
その上混ぜ合わせている。
「ごく」を共有している。

モチーフはどの作品も似ていた。
タイトルはいくつかに集約された。
「密林にて」「脳内麻薬」「妖精」
そして「地ごく楽」。

若い両親に連れられた男の子が
しきりに「怖い怖い」と叫んでいた。
気持ちはわかる。
でも、たとえ子供と言えど美術館にはふさわしくないとも言える。
少なくとも、お化け屋敷ではないのだから。
両親は構わず、
怖がる子供に
絵やオブジェをみるように促した?
「ねえ、これ何に見える?」
「怖い。怖い」
「ねえ」
「・・・さかな」
それは確かに魚だった。
例えば、海の深~いところに住む極彩色の魚。

常設展示も半券で観ることができたので、
2部屋の常設展示も観た。
たくさんの作家のそれぞれ異なるモチーフの作品を観続けたら
少し疲れた。
それは作品のせいではなく、
僕の許容量のせいだ。
決して名古屋駅からてくてく歩いて行ったからではない。






 

穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホールでこまつ座&世田谷パブリックシアター「シャンハイムーン」を観た

カテゴリー │演劇

3月24日(土)17時~

中国の上海にある日本人夫婦が営む書店、内山書店。
多くの人に本に接してもらいたい思いがあらわれた
ロビーのような趣のある店内には、
「阿Q正伝」などで有名な中国人作家魯迅もやってくる。

蒋介石の国民党に反日を訴える魯迅は目をつけられている。
といっても、魯迅は若い頃、日本の仙台で医学を志し、
途中で文学に転じ、国民的作家になったが、
日本人のファンが多い。
魯迅は、第2夫人の広平とともに
この地に身を隠し生活している。

上海では、売春婦の数が増えていて、
その客の数は日本人が一番多いという情報が劇中触れられる。
つまり居留する日本人が多いということだ。

戦争でなくても国が違うと
同じ場所にいると無意識に陣地争いをする。
どちらが優位であるか。
自分たちの陣地を増やそうとする。
それは相手の陣地を奪う事でもある。
この後、満州事変、日中戦争と進んでいく。

晩年を迎えている魯迅は体のあちこちを悪くしている。
若い頃は医学を志していたにも関わらず、医者嫌いで、
書店でも医学本のコーナーには寄り付かないくらいだ。

そんな魯迅の痛んだ体を治そうとまわりが躍起になるのが、
この物語の骨子。
みんな魯迅のことが大好きなのだ。

魯迅文学のファンであり、主治医である日本人の医者と
母親が中国人である日本人の歯医者が、
魯迅の体を診察しようとすうが、魯迅はそれを許さない。
「体」より「精神」が大切なのだとも言う。
そこで、笑気ガス(麻酔)で、眠らせてそのすきに治療をしようとする。

ところが、笑気ガスにより、
人物誤認症なる症状があらわれ、
まわりの人たちを他の人物と見間違え、
途端にしきりに謝りだす。

医学を志しながら道半ばで転じたことを恩師に詫びる。
亡くなった革命家に自分だけ生き残ってしまったことを詫びる。
自分の文学のファンに何も変わらなかったことを詫びる。
北京に残した第一夫人に幸せにできなかったことを詫びる。

あげく魯迅の医者嫌いが、
自殺願望症の故であったと結論付ける。
そして、尚も魯迅の体を治すため、
間違えられた人の振りをして、
魯迅に対する。

特に広末涼子さんが演じる第2夫人の広平の立場はつらい。
第2夫人が第1夫人の振りをするのだから。
魯迅役の野村萬斎さんのほか、
芸達者が揃う配役である。
セリフの中で複雑な状況も言わなければならないので、
長ぜりふも多い。

そんな中、広末さんは、
すべての状況を受け止める感受性の高い演技をしていたと思う。
これは、状況が複雑であれば複雑であるほど、
あまり余計なことをしない方がいいのかもな、と思った。
ただ、状況に身を置く、
と言っても、状況を理解していないと
それは出来ない。

他の人たちがセリフを発しているとき、
黙ってその様子をうかがう表情に
理解をため込んでいる気がした。
それがいざセリフを発する段になると活かされる。

きっと演出の栗山民也さんの演出はとても丁寧なんだと思う。
だからキャストもたぶん演じやすい。
翌日、ちょっと読んだ本にこう書いてあった。
「演劇はキャスティングが・・・パーセント」
あれ?何パーセントだっけ?
キャスティングの占める割合が多いことを記した記事だったが、
正確な数字を忘れてしまった。
海外の演出家が演出について書いた本だった。
ただ、立ち読みした本なので、
手元にはないし、本のタイトルも定かではない。
結論としては、
キャスティングはとっても大事だ。

1991年1月に初演が演じられた井上ひさしさんの作品。
企業人や芸能人や政治家など
謝る姿がひんぱんに見受けられる昨今、
謝罪するということは興味深いモチーフ。
国が国に謝るということは解決しない
遠大な課題でもある。

魯迅が謝る姿がそのことを象徴しているかどうかはよくわからない。
謝って済むものでもない。
かと言って、謝らなくていいというわけではない。
但し、心から謝ると、澱が取れて、
何となく、いつもよりも月が清々しく見えるものだ。






 

「演劇感想文リンク」にリンクさせていただいた

カテゴリー │演劇

「演劇感想文リンク」というサイトがあります。

演劇、ダンス、ミュージカル等の舞台の感想、劇評、レビューリンクのまとめサイトです。(サイト本文より)

先日「テトラポッドな日々」をリンクさせていただきました。

今後ともよろしくお願いします。

以下サイトURLです。

https://engeki.kansolink.com/

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穂の国とよはし芸術劇場 PLAT主ホールで「とよはしの街の物語」を観た

カテゴリー │演劇

4日(日)14時30分~

「市民と想像する演劇」ということで、
主催は公益法人豊橋文化振興財団である。
「とよはしの街の物語」は、1年前に上演された「はしっこ」に続いて、
木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一さんがドラマトゥルク、
FUKAIPRODUCE羽衣の糸井幸之介さんが作・演出・音楽をそれぞれ担当。
オーディションを経て、一般市民たちと作った。
PLATが出来てから毎年、このような市民劇が行われている。
挟み込まれたチラシには来年行う「リア王(仮)のオーディションの案内もあった。

また、「高校生と創る演劇」というオーディションで選ばれた高校生とプロのスタッフとが作る
演劇も毎年行われている。

こういうことは残念ながら、僕が住む浜松市にはない。
では、豊橋は、演劇をやる人にとってだけ恵まれているのか、
というとそんなことはないと思う。

今回の公演は、「妙ージカル仕立ての物語」というキャッチコピーがついている。
作・演出・音楽の糸井幸之介さんの率いるFUKAIPRODUCE羽衣は
静岡市でゴールデンウイークに行われたストレンジシードという野外で短編を行うイベントで観た。
各所で並行して行われるイベントなので、
偶然観たのだが、オリジナル曲とオリジナルダンスとオリジナル戯曲で
歌あり、踊りありのミュージカル、いや、妙ージカルだった。

「とよはしの街の物語」を観ながら思った。
普段、ダンスをやっている人も参加しているだろうな。
普段、歌をやっている人も参加しているだろうな。
普段演劇をしている人は、あんな踊りを踊れないかもしれない。
あんな歌を歌えないかもしれない。

たまたま演劇という名が媒介となってはいるが、
ダンスとも言えるし、音楽とも言える。
豊橋にある動物園のんほいパークをモチーフにした場面があるが、
動物たちに扮した衣装は、ほぼ仮装大賞だ。
感動的にそう思ったのは劇団四季公演を観た「ライオンキング」だが、
演劇は、演劇と言うものに興味がある人のためでないことがよくわかる。
裁縫や手芸や美術や人形が好きな人のためのものでもある。

1年前の「はしっこ」と比べ、
今回は大きなホールを使ったそうだ。
最初の方は、その大きさを使いきれていない気がした。
やる気があり稽古を積んだとしてもそこは一般市民。
フルコーラスをソロで歌われると、
ちょっと一般市民に託しすぎなんじゃないかと思ったりした。

人が加わると、心強さも加わるのかもしれない。
シーンが進むに連れて
舞台に立つ人たちも、次第に力強くなっていった。
わかりやすく、歌声が大きくなっていった。

演出の意図であろうが、
シーンの柄も大きくなっていった。
音楽の音調も変わっていった。
濃い目の言葉や人物も頃合いを見計らって登場した。
観客は徐々に受け入れていく。
そして、まとめ方の予定調和は
ある意味市民劇の必然であった。
過程は異なってもテーマは似ている。

カーテンコールでは観客に一番近い舞台面のぎりぎり、はしっこまで貼りだし、
40人近い出演者は舞台のはしっこからはしっこまで互いに手をつないで並び、
観客への感謝を示していた。

誤解しないで欲しいが
市民劇の成功は
参加者の満足にかかっている。




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昭和文化小劇場で劇団あおきりみかん「秘密公表機関」を観た

カテゴリー │演劇

2月25日(日)15時~

今回は1本の作品の中にオムニバス形式を組み込んだつくり方だった。
このような形にした理由はなぜなのだろうか。

昭和文化会館で劇団あおきりみかんを観るのは昨年1月の「ルート67」に続き2度目だが、
会場に触発されて、作品に反映させている気がした。

舞台にはそれぞれサイズがある。
舞台間口。
高さ。
奥行き。

基本、この、客席から見える範囲で芝居は行われる。
客席を使ったり、袖の見えないところを使う場合もあるし、
むき出しの裸舞台の劇場もある(円形劇場とか)。
だが、多くは、プロセニアム形式の額縁舞台の中で演じられる。

その与えられた舞台空間を
劇団あおきりみかんは、使いきることに力を注ぐ。
脚本もそこから逆算されて書かれる。
舞台空間を活かしきれる脚本は何か。

舞台には2脚の椅子が向かい合わせに置かれ、
相談者と相談される者との2人の会話が交わされる。
とうぜん、相談者は相談し、
相談される者は相談者の話を聞き、対応する。

それが5組。
それぞれ相談ごとが存在する。
1対×5組が、演劇全体を構成する。
5組それぞれに扱いの大小はない。

観ている僕は予測する。
このミニマムなところからきっと広がっていく。
対話する2人のまわりには広大な空間が余っている。
そこをきっと活かしてくるに違いない。
広げる手は多岐に渡ることだろう。
これを待つ時間は
ワクワク感を内包している。

そのように予測するのは、
僕の楽しみでもある。
制作者側はきっと計算しているはずなのだ。
演劇を観ていて、建築物を見ているような気になる時がある。
建築物にもいろいろあり、
これは単なるニュアンスの域を出ないのであるが、
どの演劇を観ても感じるということではない。
劇団あおきりみかんは、感じることが多いかもしれない。

建築物というのは、
建物だけで成り立っているのではない。
鑑賞するためにつくるのではなく、
人が使うためにつくる。
人の営みが生き生きと想像できると、
建築物も本来の意味を果たすことができる。
例えば金閣寺や大阪城も
今では観光で、建物のみ鑑賞されるが、
建築時の意味合いとは異なる。
金閣寺は将軍足利義満の栄華の象徴として、
大阪城は豊臣秀吉の天下統一の拠点として作られた。

建築物にも似た演劇は
とうぜん人が作る。
人が柱、とは言わないが、
役者は全体を構成するもののひとつである。

冬季オリンピックが終わったが、
オリンピックも大きな建築物とみなすこともできる。
選手たちはオリンピックを構成するもののひとつで、
そこには観客やテレビの視聴者やボランティアや関係者もいる。
参加国の首脳たちも含まれる。

ただし、選手たちが、
雪の上を滑ったり飛んだり、
氷の上を踊ったり掃いたりしなければ
オリンピックと言う建築物は成り立たない。

建築物が主なのではない。
かといって人が主なのかというと違うとも思う。
どちらも主となった時に、
きっと美しい調和を見せるのだろう。

建築物を構成する柱は
宇宙まで伸びる。
時空も飛び越えて突き出す。
限られた昭和文化小劇場の舞台空間の中で。

最終的に作られた建築物は、
僕はもっと堅固なあちら側の建築物を予測したが、
ちょいこちら側の親しんだ建築物だった気がした。