穂の国とよはし芸術劇場PLATで二兎社「鴎外の怪談」を観た

カテゴリー │演劇

1月15日(土)13時~

2014年、ここPLATでも上演した作品の再演。
但し、キャストはまるごと変わっている。

僕は初演を拝見していないので、
今回初めての観劇。

観る前、タイトルの「鴎外の怪談」からはまったく内容が想像できなかった。
観ている間に、“怪談”の意味はわかってくるが、
あまり直接的な使い方じゃないよなあ、
と多少の違和感を感じながら、観ていた。

作・演出の永井愛さんのアフタートークでその謎は解ける。
当初は実際に森鴎外も書いている怪談小説をモチーフにして
書こうと思っていたが、
執筆の途中でチラシ作成のためのタイムリミットが来てしまい、
「鴎外の怪談」というタイトルを付けた。
ただし、実際の怪談小説はなくなり、
他の要素でもって、“怪談”としている。

ただし、その怪談せしめる要素があまりに多岐に渡る。
文学者であり軍医であるという類まれなる
二足の草鞋がそれを生み出す。

医師であり文学者はもちろんいるが
鴎外は医師として陸軍軍医総監、陸軍省医務局長と国が司る軍医のトップという立場、
そして文学者として「舞姫」「ヰタセクスアリス」「雁」「阿部一族」「高瀬舟」など現代まで名を残す文豪、
という人は他にいないのではないか?

永井愛さんは山崎一穎作「森鴎外 国家と作家の狭間で」を読んで
作品のインスピレーションを得たとアフタートークでおっしゃっていたが、
この芝居で、鴎外を震え上がらせる“怪談”の要素は
役職としては国家権力側にいる一方、
作家としては時には権力に反抗して行動しなければならない
相反する矛盾の中での葛藤から来ている。

舞台設定は1910年、明治天皇暗殺を企てたとの疑いで、幸徳秋水ら多くの社会主義者、無政府主義者が収監され裁かれた大逆事件が起こる。
鴎外(松尾貴史)は裁く側の山縣有朋らの懇談会にも出席していて、意見を述べることが出来る立場でもある。
大逆事件は、後に国家権力を守るためのでっち上げであるとも言われている。
ただし、起こった時点では、どちらが正しいかは正確にはわからない。
鴎外の小説を掲載する文芸雑誌スバルの編集者でもあり、収監者らを弁護する弁護士でもある平出修(渕野右登)に無実の罪で収監された彼らを助けるために山縣に提言してくれと頼まれる。
鴎外は権力により自由な行動が犯されることに危機感を感じている。
文学者として「沈黙の塔」「食堂」と大逆事件のことをにおわす作品を発表する。

鴎外は、収監された者たちの拷問により叫ぶ声におびえ
国家と作家の狭間で、震え上がる。

もうひとつ、鴎外を震え上がらせるのは
家庭人としての鴎外。
つまり、家と作家の狭間。

鴎外はドイツ留学時代、「舞姫」でもエリスという名で描かれるドイツ人女性との恋を別れたのちも生涯忘れなかったと言われている。
好きな人よりも仕事や家や国家を選択する。
そして、結婚し、長男をできるが、すぐに離婚する。
その後、年下で年齢の離れたしげ(瀬戸さおり)と再婚し、長女、次女ができ、
この演劇の始まりでは、ちょうど3人目がお腹の中にいるという状況。

しげは後妻の身であり、ずいぶん年上で、軍医として文学者として地位も名誉もある立派な人で
なおかつ昔の恋人のことが忘れられない様子の夫、鴎外に本当に愛されているのか、いやひとりの人間として認められているのか実感がない。
鴎外に妻としてに対抗心が、自らも身近な出来事をネタに小説を書いて、雑誌スバルには夫妻の小説が同時に掲載されている。

その上、同居する義母である峰(木野花)は立派に育った息子鴎外が何よりも誇らしく
自分が育て上げたと誇りを持ち、その立場を守るのが自分の役目と思い込んでいる。
そこに思い通りの嫁とは認めることができない、しげとの対立がある。
いわゆる、よくある嫁姑の戦い。

愛が報われなかった外国語で嘆く女性の声におびえ、
家と作家の狭間で、鴎外は震え上がる。

鴎外の国家の面を象徴する登場人物に賀古鶴所(池田成志)がいる。
医師であり、鴎外の親友で、演劇に重みを与えている。

また、鴎外の作家の面を象徴する登場人物に永井荷風(味方良介)がいる。
若き荷風は鴎外の口利きで慶応大学の教授および文芸誌三田文学の編集長を務めている。
そして、演劇に軽みを与えている。

僕は観ている間、もう一つの鴎外のおびえをあまりとらえられなかった。
これは戯曲本のあとがきに永井さんが記していたのだが、
少年期、津和野で見たであろう藩によるキリシタンの迫害。

唯一登場人物の内実在ではない女中のスエ(木下愛華)は和歌山の新宮出身。
大逆事件で死刑となった内のひとり、医師でありキリシタンのドクトル大石に世話になったと言う。
ここで、一般女性としてのスエが、鴎外邸で、社会的な事件の流れを見聞きしながら、
揺れ動く心の変容を体現させている。

鴎外を取り巻く周辺の話である。
その周辺の情報は多岐に渡る。
それをまとめあげた永井さんの筆力に感心する。
一方、多岐に渡る情報に僕自身は
まだ全然消化しきれない気持ちでいる。

口ひげをはやし、軍服を着、サーベルを下げ、いかめしい顔で、
立派な立場を得て、慕う多くの人たちに囲まれているが、
震え上がるすべての種をまいているのは鴎外自身なのだ。

すべて、波風が立たないように飲まれていれば、
何の問題も起きない。
昔の女も名誉も表現欲も捨てることが出来ない。
母も子供も妻も家も国も・・・。
すべてに執着することで、あちらこちらに矛盾が起こる。

演劇の終わりを思い起こせば、
優柔不断男をめぐるひとつの顛末を描いたホームドラマ、と呼べなくもない。
そう考えたらずいぶん安心した。

穂の国とよはし芸術劇場PLATで二兎社「鴎外の怪談」を観た




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