絡繰機械’S「コンクリートシアターvol.1」を観た

カテゴリー │演劇

14日(日)14時~
万年橋パークビル8F
およそ1時間の演劇作品を2本上演する企画。
5月23日の初日から週末の4週にわたって行われた。
用意された作品は3本。
1本目「砂漠のホネ」
2本目「I-N-CHI-KI 2015」
3本目「あのお方」

そのうち、1回の公演では2本上演される。
3本見たきゃ2度来てね、の企画である。
1day、2day、フリーパスとチケットの種類も揃っている。
前売りで購入したチケットからの乗り換えも可能で、
それぞれ複数回見ると格安であるので、
よく考えられている。
僕が行った回は
「あのお方」「砂漠のホネ」の2本が上演された。

パンフに
80年代に活躍したオーストラリアのロックバンド
メンアットワークの「オーバーキル」を聞きながら
「あのお方」の脚本を書いたと触れられていた。

「オーバーキル」ウィキペディアを調べたら、
相手へ必要以上の攻撃を行う事、とある。
過剰殺戮、過剰攻撃、ともある。
また、
過剰な量の核兵器が地球上にある状態、ともある。
地球上に住んでいるすべての人々を殺しても兵器が余る現状を揶揄する言葉、
だそうだ。

メンアットワークはキャッチーな曲調で、
(キャッチ―は気を引くとか、覚えやすいとか・・・)
世界的なヒット(僕も好きだった)を生み出したが、
当時、アメリカでのロックフェスに登場したが、
アイルランド出身のバンドU2の盛り上がりに比べると、
客席は盛り上がらなかった、
などと評された記事を音楽雑誌で読んだことを思い出す。

とても便利なユーチューブでオーバーキルを
あらためて聴いたり調べたりしたところ、
歌詞の内容は、
夜いろいろ心配で眠れない、ことをずっと言っている。

過剰殺戮、過剰攻撃に匹敵する大変さだとしたら、
相当大変なんだろう。
危うい状態に陥るには必ずしも戦場である必要はない。
刃や銃口を突き付けられている必要もない。
いかなる状況でも有り得る。
精神とはその人固有のものなので、
他人がこうだから、というのは当てはまらなかったりする。

メンアットワークはキャッチ―でどこか軽快な曲調を特長とする。
大変さもPOPに変換して、僕たちの耳に届ける。

パンフに倣うなら、
「あのお方」はそのような曲を聴きながら、脚本は生まれた。

舞台となる収監所ではとてお悲惨な結末を迎えるが、
どこか爽快感を残して幕を閉じる。
まるで、大変さをPOPに変換したかのように。

「砂漠のホネ」は昨年11月の浜北での公演に次ぐ2度目の観劇だったが、
構造がよりすっきり入ってくるような気がした。
笑うとこは笑い、闘うとこは闘い、音が入るとこは入り、セットが動くときは動き・・・
何を言っているのだ。
当たり前のことを言っているようだが、
これはすごく難しいことだと思う。

わかりやすいものを並べて、わかりやすくすることは
ある種のテクニックでできるのかもしれない。
そこに甘んじようとしないところに、
「コンクリートシアター」の意思があると思う。


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