戯曲「スーパーマーケット」

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11月3日に袋井・マムゼルで行った『Improvised.Art』にて上演。
その上演台本。

テラ ダンス ムジカ
寺田景一(謡) 杉浦麻由美(舞) 加茂勇暉(音曲)


スーパーマーケット
                  寺田景一


私が、スーパーマーケットで死のうと思ったのには、理由(わけ)がある。
だって、そこには人がいっぱいいるじゃないですか。
そして都合がいいことに、誰もがまわりの人間のことなんか見ていない。
ラッキー!

だから私がそこで死んだとしても、誰も見ていない。
この世でいちばん大好きな、スーパーマーケットで死ねること。
なんて素敵なことかしら。

夫は私のことなんか見ていない。
子どもの名前は忘れたわ。
私が彼の名前をつけたような覚えがあるけど。

今日は何ていい天気。
スーパーマーケットに向かって、車を走らせる。
代わり映えのしない景色が変わり、晴れた空に浮かぶ雲を追い越してゆく。

広すぎる駐車場に車を停めるのは簡単だ。
白線からはみ出したってかまわないが、几帳面にバックで停める。
オーライ、オーライ、オーライ、オーライ‥‥‥誰に言っているのか。
問題ない、問題ない、問題ない‥‥‥問題ない!

増殖したショッピングカートが、無限につながっている。
ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン。
まばゆく、かがやく、銀色の巨大ロボット。

さーて、幸せそうな大家族を装って、大きなショッピングカートにしようかな。
週に一度のお買い物だけじゃ足りない。
育ち盛りの子供が何人もいて、夫は稼ぎのいい高級志向の美食家。
ただし、台所に立つのは私だけ。
私の仕事は、冷蔵庫をいつもいっぱいにしておくこと。
プラスチックのかごを何個も山盛りにしてやる。

ママが押す子供用に乗る、おさげ髪の女の子。
「僕も乗りたーい」とせがむのを、「お兄ちゃんでしょ」とたしなめられる男の子。
私がわたし自身で取り廻す、大きなショッピングカート。
大きいからって大人が乗っていいってわけじゃない。

“○○スーパー”と印刷されたステッカーが剥がれかけている。
かまやしない。
レディーゴー。
車輪は回る。
ちっちゃな四個の車輪。
カラカラと。
回る回る。
回せ回せ。 
車輪を、ぐるぐる回せー。

野菜売り場が最初にあるのは、きっと主婦たちのかごをいっぱいにしたいから。
このかごも、あのかごも、
これも、あれも、それも、これも。
キャベツにレタス、白菜、長ネギ、大根、レンコン、ヤマイモ、ながいも、ごぼう。
ジャガイモ、ニンジン、たまねぎ。
カレーじゃん。
夕ご飯、カレーあればいいじゃん。
ハッピーファミリーじゃん。

くだもの売り場。
赤や黄色、ピンクにグリーン、オレンジ、パープル、
なんてカラフル。
ビタミンカラー。
不幸な体もいやされる‥‥‥気がする。

黄色いバナナ、バナナ、バナナ、ナナバ、ナラバ、それナラバどうする?
フィリピン産、メキシコ産。
ペルー産、コスタリカ産、エクアドル産‥‥‥。
南国楽園赤道直下。
国民総生産いくらなんだろ?
北と南、東と西、世界中が出会う場所。

塩分30%カット、40%カット、50%カット、60%カット、70%カット、80%カット、90%カット、カットカットカットカットカット‥‥‥。
カロリーゼロ、糖質ゼロ、脂肪分ゼロ、プリン体ゼロ、人工甘味料ゼロ、着色料ゼロ、ゼロゼロゼロゼロゼロ‥‥‥。
無添加有機、オーガニック自然、サプリメントプロテイン、滋養栄養、黒髪美肌、健康元気、無病不老、死ぬことなし、なしなしなしなしなし‥‥‥。

そうじゃなきゃ、いけないの?
そうしなきゃ、いけないの?
そう生きなきゃ、いけないの?
私がわたしであっては、いけないの?

私が、わたしのことだけを考えているという、甘え。
私はひとりで生きているんじゃない?
ひとりで生まれてきたんじゃない?
でも、ひとりで死んでいく。
私はひとりで死んでいく。

卵売り場。
男が関係しない無精卵の山。
山、山、山。
雌のニワトリに生ませた人間の為の命。
命、命、命。
私は卵料理が好き。
好き、好き、好き。  
オムライス好きだし、つくるのも得意。 

工場で作られた食品のパッケージには文字がいっぱい。
はしから読んでいったら、時間つぶせるかな。
先ずは下段から。
限りなく床に近づく。
ジベタヲ這いずり回る私。
底辺のわたーし。

もやし鍋スープ 鶏がら しょうゆ仕立て だし香る 鶏塩鍋 今日も明日もほしいもの 本体価格228円 税込み価格246.24円 今夜は鍋にしよう‥‥‥。
もやし坦々鍋用スープ 濃厚 旨辛仕立て もやし鍋の素 売り上げナンバーワン。
本体価格‥‥‥ 今夜は鍋にしよう‥‥‥。
‥‥‥ここ、やめよう。

カルビー フルグラ おいしさサクサク! 
‥‥‥コーンフレークって、紙の箱じゃなくなったんだ。
いつからだろう。 
シリアルでバランスの良い朝食を! 3つの色をまんべんなく摂ることで、バランスの良い食事になるように考えられているのが三食食品群です。黄 エネルギーのもとになる 緑 体の調子を整えるもとになる 赤 体を作るもとになる シリアルは牛乳と食べることで、美味しさだけではなく、「黄」「緑」「赤」の食品の栄養素を一度に摂ることができます‥‥‥。

牛乳買って、久しぶりにコーンフレーク食べてみようか。
朝食食べてみようか。
‥‥‥すっごい久しぶりに。   
新人だったころの、夜勤明けの朝みたいに。

恋人もいない。
親元離れて、アパートの部屋は片付いていない。
料理作る余裕もない。
その気さえない。
牛乳の海で溺れた、コーンフレーク掻き込み、朝日であったまった、ベッドで眠る。
仕事場の嫌なこと、ぜーんぶ忘れて。

恋人に喜ばれた得意料理のレパートリーを、べらべら並べる同僚を、いつか殺そうと思った。
私が手を下さなくとも、誰かが下すことを祈った。
神が下せば、誰も文句が言えないと思ったが、残念ながら私は、都合のいい時だけ思いついた神にすがる、不埒ものだった。
神様まで、ひとりに絞れない自分の優柔不断を、呪った。

私は、まわりのことを考えるが、いつだって自分にかえってくるのだ。
自分だけのことを考えないようにして、いいようにいいようにふるまうのに、結局自分で自分の首を絞めるのだ。
しかも、絞めても、絞めても、死ぬことはできない。

生きながらえて、相変わらず、ジベタヲ這いずり回るのだ。
腹を汚すのも気に留めない何かの生き物のように。
昆虫や、爬虫類や、実家で犬小屋につながれているべスのように。
幸せそうなべス。
幸福な犬の生活。

‥‥‥子供の同級生のお母さん。
幸せそうな奥さん。
逃げよう。
見つからないように。
ジベタノ私に気付かないで。
早く行っちゃって。
この場を去って。
行け。
早く行け。

どうしよう。
また私は、わたしの中に入る。
迷宮のラビリンス。
私だけの絶対的な王国。
そこには、私以外に登場人物はいない。

「あの‥‥‥落ちましたよ‥‥‥」
「ちょっとこちらへ」
「‥‥‥」
「事務所へ。万引き。警察へ連絡。家族へ連絡。学校へ連絡」
「待てよ。おい、なんだよ。ばばあ。おまえのだろ。お前が落としたんだろ。俺じゃねえよ。おまえだろが―――」

ちがうよ。
私じゃないよ。
私じゃない、私じゃない。
やっぱり死のう。
そうすれば騒ぎになって、あの男の人の罪も見逃されるだろう。

ここは、スーパーマーケット。
私たちが生きて行くのに、必要な物が並んでいる。
おじさんやおばさん、おにいさんやおねえさん、
お店の人たちは、
日本や世界のメーカーや、農家の人や、魚採る人や、牛や豚や鳥を育てている人や、それを仲介する人たちから仕入れて、
ここに並べている。

私たちは、
個人や家族の趣味嗜好や必要に応じて、
自分たちの経済状況も加味させ、購入する。
同業他社、コンビニや100円ショップ、ネットや自販機など他業態とも比較し、
購入する物を決める。
おいしくて喜ばれることも、口に合わず吐き出されることもある。
気に入って、すぐにまた買うこともあれば、腐らせて捨ててしまうこともある。
リピートしていたものが、突然棚から姿を消すこともある。
大好きだったのに。
私のお父さんも、お母さんも、
お兄ちゃんも、妹も、おじいちゃんもおばあちゃんも、大好きだったのに。

「誰か」
「子どもが倒れた」
「親はどこにいるんだ」
「子どもをひとりにしているのか」
「店の責任者は!」
「おい、さわるな。何かあったら、こっちのせいになる」
「誰か、お医者さんはいませんか」
「救急車! 救急車~!」

まわりはいつのまにか人だかり。
倒れている、どこかの、誰かの、知らない女の子。
「誰か~! 俺や私じゃない、誰か~!」

駆け寄り、体を寄せる。
彼女の口元に、私の右耳を寄せる。
トントン、トントン、
小さな彼女の肩をたたく。
リズムを合わせながら、
彼女の呼吸の、
吐く息の、
体の動悸の、
着実に鼓動を高めていく、
脈拍の、
生きる命の。

トントン、トントン、
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫、
大丈夫、だから。
あなた、
大丈夫だから。

「みなさん、私は看護師です」

さあ、
“今夜は鍋にしよう”。








 

戯曲「ブラックボードマシーン」

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6月10日、路上演劇祭Japan in 浜松2023が行われた。

そこで、テラダンスムジカというユニットで、
「ブラックボードマシーン」という作品を上演した。

テラダンスムジカは演劇とダンスと音楽の3人によるユニットで、
僕が脚本を書いた。

特別ゲストは、さくちゃん。
結果的に、『演劇+ダンス+音楽+絵』になった。

練習もなしで、ありがとう。



ブラックボードマシーン

テラダンスムジカ






ここは、砂が降る町。
降る時と降らない時がある。
だから町は、だんだん黒くなってきている。
そのことに町の人たちは気づいていない。

僕は子供時代、いじめられていた。
だからひざをかかえて、ひとり座り込む。
教室で。
校庭で。
僕の部屋で。
町のどこかで。

ひざをかかえていると、顔は下を向き、背中が丸くなる。
そこに、いじめっこたちが落書きをする。
やつらは頭が悪い。
字はめちゃめちゃで、絵だってへたくそだ。

おかあさんがあつらえてくれた白いシャツが、
みるみる頭の悪い落書きでいっぱいになる。

「まあ」
家に帰るとおかあさんが目を丸くして言う。
落書きをひととおり見た後、
白かった服を脱がし、たらいに入れ、水を出し、せっけんをこすりつけ、せっせと洗う。

取れないと思っていた落書きはきれいに消え、
元通りの真っ白になる。




僕は次の日も、そのシャツを着て学校へ行く。
そして、落書きだらけで帰ってくる。
おかあさんは目を丸くして、「まあ」。
落書きを見て、シャツを脱がし、洗う。
シャツは白くなり、学校へ行き、丸くなった背中に馬鹿が落書き。
おかあさん目を丸く、「まあ」。
脱がし、洗う。
まるい背中、馬鹿、落書き、
おかあさん目を丸く、「まあ」。

ある日、おかあさんが用意してくれた白いシャツを脱ぎ、
黒いシャツを着て学校へ行った。
黒なら、やつらも書くことができないと考えたのだ。

強気な心と裏腹に、またひざをかかえ、背中は丸くなる。
いつものペンを持ち、やつらは僕に群がる。
「これじゃあ、書けねえよ」
黒いマジックを僕の黒いシャツにこすりつけ、クラス一番のガキ大将が言う。
ほかのやつらも、
「書けねえ。書けねえ。書けねえぞ」

「こいつ、黒板だ」
誰かが叫ぶ。
この時ばかりは頭の回転が速い。




黒板。
黒いシャツの黒板。
やつらは教室の前へ走る。
チョークを手にする。

白いの、赤いの、青いの、黄色いの。
長いの、短いの、ちょうどいいの。
とがったの、まるいの、ちょうどいいの。

やつらはふりかえり、僕に向かって突進する。
足が速いやつも、遅いやつも。
黒いシャツに落書きをする。
まるで黒板みたいに。

それから、僕の反撃は始まった。
家に帰り、「まあ」と言って、黒いシャツを脱がそうとするおかあさんを振り切って、逃げだした。
おかあさんはひっくりかえるが、僕は振り返らない。

次の日、同じ黒いシャツを来て学校へ行く。
やつらは落書きだらけの僕にあきれたが、またチョークで書きだした。
字も絵も、何を書いているのかわからない。
重なり合っても関係ない。
書く猛獣。
書かざるを得ない、狂ったケダモノ。
次の日も。
次の日も。
次の日も。




僕は、日ごとに体を硬くしていった。
硬い甲皮でおおわれたアルマジロのように。
黒板のように。

その時がやってくる。
僕は最大限に体を硬くする。

反撃能力のある鎧。
死の鎧。
背中に群がっていたやつらは、一斉にはじけ飛ぶ。
飛び散った指を、失った手を、もう片方でおさえ、体中を駆けめぐる激痛に耐え、耐え、耐え、耐えきれず、「ああ~」

わめき、泣き叫び、恐怖におののき、懇願する声。
「もうしません」「許してください」。
必死に謝るが、もう、遅い。

その中には、担任の先生もいた。

僕は無敵だった。
でも、ひとりだった。
僕は家を出た。
おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。
こんな子どもで‥‥‥ごめんなさい。




そのころから、町に砂が降るようになった。
異常気象だと騒がれたが、理由はわからない。

砂が降る日は誰も外に出ない。
傘は何の役にも立たない。
強い砂のせいで、死亡者が出たニュースが流れる。

僕は町に出る。
砂が降る日は大好きだ。
痛くなんかない。

そのうち、砂が降っても大丈夫な、特殊な傘が開発される。
人々は高価な砂用の傘をさして、外に出る。

砂が降る日は、町に人が少ない。
僕は町でひざをかかえ、背中を丸くする。
背中には、黒板。
ブラックボード。

僕は、機械。
ブラックボードマシーン。




   ブラックボードの準備をする。

こうして、準備をする。
砂が上がった時のために。

人々が飛び出してくる。

   子供が出てきて、落書きを始める。      

子どもだけじゃない。
おとなも。
まるで、無邪気だった子どもの頃みたいに。

このブラックボードは、誰が書いてもいいのだ。
書いてはいけない人は、ひとりもいない。
もう腕を痛めることはない。
指が飛び散ることもない。
僕は、極めて安全な機械となって、生まれ変わった。

いじめたやつらも、もしも無事だったら、書きにくればいい。
担任の先生も、くればいい。

おかあさん、今でも元気にしていますか?










 

路上演劇祭Japan in 浜松2022で「ガレキの翌日」を演じた

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5月29日(日)13時~18時 
砂山銀座サザンクロス商店街にて行われた。

MCを務めさせていただいたが、
オープニングの後、
自らのごく短い演目「ガレキの翌日」を上演した。




ガレキの翌日 【戯曲】
 

商店街にある何かの支柱にロープの片側が縛り付けられる。
もう片側を持ち、大縄跳びのように回される。
紙でつくられた家。
ロープは立ち並ぶ家の方に近付き、一挙になぎ倒される。
ヒカリのモノローグ、朗読が始まる。

  あ……寝ちゃった。
  ダメだ……私。
  こんな時も寝ちゃって。
  あ~~~~~!! 

  私の名前は松井ヒカリ。
  十五歳の中学三年生。
  女子中学生。
  今日までは……のはずだった。
  きのう、私の住む町は突然、ガレキになった。
  
  私はひとり、部屋にとじこめられている。
  真っ白で、
  いつか自由に絵でもかいてやろうと企んでいた天井は押しつぶされ、
  暗号めいた幾何学模様のように複雑に、ひび割れている。
  こんな絵、優秀な現代美術家だってえがけるだろうか?
  
  直人君の、 
  世代最強アイドルの、ポスターや苦労して手に入れたグッズの数々が、
  計算ずくで配置されていた部屋の壁が崩れ、彼の姿は見えない。

  窓ガラスは、
  どっかから飛んできた何者かのガレキのせいでグチャグチャに割れている。
  それら何者かのガレキが、家の片側全面に押し寄せて、外から光も入らない。

  お母さんがさ、
  何度言っても勝手に入って来るから、出て行ったあと、
  何度も蹴り上げたドアを、お父さんが下からうるさ~い!
  ってどなる声が聞こえて……いつもなら簡単にあくドアを、
  押しても、押してもビクともしない。
 
  ……勉強机は手前に倒れ、
  イス……あんなに飛んだんだ。
  教科書も、受験の問題集も、英語の辞書も、書いた人の意思と関係なく、
  バラバラに散らばって、引き出しという引き出しが、
  作った人の意思と関係なく、飛び出して、
  中の……最後の期末試験の戻って来た解答用紙。
  
  これは捨てていい。
  受験も終わって期末試験。
  意味ないじゃん。
  教科書も、問題集も、使うことはない。
  
  ……ちいちゃんからもらったロバの形の消しゴム。
  誕生日でもない日なのに。町出たら見つけたって。
  ヒカリに合うかもって。
  安かったからって。
  黄緑色のロバ。
  全然消えない消しゴム。
  使いにくいし。
  足細くて。
  
  でも捨てられない。
  白い紙が真っ黒になってもさ。
  使っても使っても減らなくってもさ。
  大好きなちいちゃんからもらったものだから。
  捨てられないよ。
  
  洋服ダンスからは……コート……カーディガン……ダウン……あれ? 
  ない。
  あ……手紙。
  ちいちゃんへ渡すつもりだった手紙。
  今日、仲直りしようと書いた手紙。
  
  どうしよう。
  渡せない。
  喧嘩したままじゃいやだ。
  高校ちがうし。
  ちいちゃん、どうしてる?
  ……お母さん……お父さん……どこ? 
  
  あった。
  学生服。
  今日、最後に着るはずだった。
  でも着れないや。
  こんなにグシャグシャじゃ。
  
  それに、卒業式……無理かな。
  みんな……。
  生きたい……。
  ガレキは静かに眠っている。


      終わり








 

判子

カテゴリー │ブログで演劇

路上演劇祭Japan in 浜松2020→2021の
WEB配信内で読み合わせをした台本。
なぜ判子?
それは有楽街にハンコ屋さんがあるからだ!



判子
                     
                    寺田景一



登場人物

半沢判子(二十五歳) 博之の娘。健太と結婚予定。
半沢博之(五十五歳) 判子の父。ハンコ屋『半沢判子』の店主。
鎧塚健太(二十八歳) 判子と結婚予定。
子供たちの声

  


判子 わたしの名前は半沢判子。半沢直樹は言われなくなったけど、判子という名前では、いろいろ言われてきた。子供のころから。
子供たち (囃す声)ハンコ屋判子~。ハンコ屋判子~。
判子 父はハンコ屋を経営している。店の名前は『半沢判子』。私が生まれた時はハンコ屋じゃなかったって言うんだけど、普通自分の娘につける? 判子って。
博之 だってハンコが好きだったんだもん。
判子 そのあと修業していた店を独立して、始めたハンコ屋の屋号に娘の名前つける? 『半沢判子』って。
博之 だってさあ・・・。

   商店街の一角にあるハンコ屋さん『半沢判子』。
   店主である博之が注文のハンコを手彫りで彫っている。
   誰かが店にやってくる。

博之 いらっしゃ・・・判子。珍しいな。店に来るのは。

   博之は、ハンコを彫り続けている。

博之 いや、勝手に家を出て行って、家に寄り付きもしない。母さんが寂しがってるぞ。
判子 お母さんとは会ってる。
博之 どこで!?
判子 うちで。
博之 何だ!? 俺がいない時に来てるのか!?
判子 必要なもの取りに来てるだけだよ。この前は、春着るブラウスとか。
博之 全部持っていったらどうだ。いらんなら、全部捨てるぞ。
判子 そんな。
博之 母さんもひどいな。水臭い。
判子 お母さんは(言いかけるが仕事の様子を見て)よかった。忙しそう。
博之 よかった? いつも暇みたいじゃないか。
判子 そういうわけじゃ。
博之 お前も思ってるんじゃないか? 脱ハンコの時代にお父さんの仕事大丈夫? って。
判子 そんなこと、全然思ってないよ。
博之 いや、思ってる。政治家やマスコミの奴らの口車に乗っかって。
判子 (つぶやき)政治家やマスコミの人にもいろいろいるよ。(転じて)あ、ごめん。仕事中に。

   父、博之のハンコを彫る手はいつのまにか止まっていた。

博之 いいんだ。急ぎはしない。いつまででも待ってくれる古いお得意さんの仕事だ。
判子 今の時代、お得意さんだからこそ。(手が止まっている父を見て)仕事続けて。
博之 ほお。俺の仕事に意見するのか。
判子 そんなつもりじゃ。
博之 さあ、俺は仕事中だ。邪魔するんなら、出て行ってくれ。
判子 仕事続けて。私は見てる。
博之 馬鹿なことを言うな。何の意味があるんだ。
判子 ・・・さあ。わかんない。お父さんの仕事している姿見るの、久しぶり。
博之 ・・・店は狭いんだ。お客さんが来たら何だと思う。

   判子は入口の方を見る。

判子 誰も来ないじゃない。
博之 うるさい。帰れ。
判子 帰らない。お父さんの仕事を見たいから。
博之 何か用があって来たんじゃないのか。
判子 ああ。うん。ハンコ作ろうと思って。
博之 ハンコ?
判子 だって、ここ、ハンコ屋さんでしょ? (強めに)は・ん・ざ・わ・は・ん・こ。
博之 ・・・おまえのか?
判子 作るわけないじゃん。お父さん、高校卒業して、就職するとき、作ってくれたじゃない。
博之 ふん。なくしたんじゃないかと。
判子 なくすわけないじゃん。すごい立派なの。立派すぎて、銀行行くとき、かなり恥ずかしかった。
博之 何が恥ずかしいんだ。高校卒業すりゃあ、立派な大人だ。大人にふさわしいハンコを作ってやった。それに、ハンコ屋の娘じゃないか。
判子 ・・・自分に自信がなかっただけ。どんな風に生きていくのか。
博之 いい加減な気持ちで就職先決めたからだ。入ってすぐやめやがって。
判子 三年続いたよ。
博之 たった三年だ。
判子 いいじゃない。今は、好きだと思える仕事見つけたんだから。
博之 じゃあ、誰のハンコを作るっていうんだ。
判子 今、外にいる。

   博之は店の外を見るが、誰もいない。

判子 お父さんと一緒で、シャイなの。恥ずかしがりやさん。
博之 一緒にするな。俺は今まで生きてきて、恥ずかしいと思ったことは一度たりとない。
判子 あ~あ。立派な人生だね。
博之 ふん。どこのどいつと会わせようとしてるんだ。
判子 結婚しようと思ってる人。
博之 結婚~!?
判子 私たちの婚姻届に押すハンコを。
博之 それは母さんは知ってるのか。
判子 知ってるよ。うちで話した。
博之 こそこそしやがって。俺のいない時に。
判子 しょうがないじゃない。だって、お父さんいつも。
博之 そいつは自分のハンコも持っていないのか?
判子 持ってるよ。だけど。
博之 だけど?
判子 呼んでくる。
博之 だけど、何なんだ!
判子 100均で買ったのしかないんだって。
博之 100均? 100均~? 実印もか? 銀行印もか? 印鑑証明もそんなんですましてるのか? 100均~?
判子 だからこれじゃ恥ずかしいから、お父さんのところでいいハンコ作るって。

   判子、外へ出ようとする。
   そこに、男が入ってくる。

判子 健太! どこにいたのよ。
健太 洋裁店さがしてるおばあちゃんがいて、一緒にさがしてたら。
判子 この辺知ってんの?
健太 全然。わかんないから、あちこち聞きながら。でも安心して。見つかった。洋裁店。みんなやさしいねえ。商店街の人たち。俺、ここ住みたいよ。
判子 (あきれて)はいはい。でも今日は。
健太 だっておばあちゃん困っていたからさあ。
判子 それでも。
健太 (博之に)あ、お父さん、初めまして。鎧塚健太と言います。

   鎧塚健太と名乗る男は、深々と頭を下げる。
   博之はそちらを見もしない。

健太 あの、ハンコ作ろうと思いまして。
博之 あんたのために作るハンコはない。
判子 お父さん。
博之 出てってくれ。(娘に)判子、おまえも。
健太 判子さんを僕にください!
判子 いきなり?

   博之は答えず、印刀を手にする。

判子 お父さん、刃物はやめて!
博之 バカなことを言うな。これで人は彫らん。

   博之はハンコを彫り始める。
   健太はその姿をじっと見ている。

博之 何を見ている。
健太 ハンコ、彫るところ見たいなと思って。
博之 見せもんじゃない。ただの仕事だ。
健太 でも、何かかっこいい。
博之 100均男に何がわかる。
健太 僕、100均男? 悪くない。100均、便利ですよ。安いし。何でもあるし。
博之 何の仕事をしている。
健太 え?
博之 おまえの仕事は何だと聞いてるんだ。
判子 お父さん、おまえって。
健太 いいんだ。お父さんだし。
博之 俺はおまえの親じゃない!
判子 彼はⅠT企業。名前を聞けば誰でも知ってる会社。お父さんも。
博之 俺はITさえ意味がわからん。イットって読んでた。なあ。イット企業?
判子 無理やり・・・。洋楽好きで、英語得意なくせに。
博之 (そこそこ流ちょうに)information technology?
判子 (つぶやき)バカ・・・恥ずかしい。
博之 ITじゃ、ハンコは使わんか。
健太 使いますよ。僕以外はみんないいハンコ持ってますよ。
博之 いや、100均だっていいんだ。本人がそれでよけりゃ。ハンコが必要ないなら、そりゃそれでいい。江戸時代の刀鍛冶屋が、時代が変わって武士がいなくなり、刀を打つ機会がないって嘆いても仕方がない。
判子 (つぶやき)何の話を?
健太 僕には、ハンコが必要なんです。
判子 ん? 今の、わたし? それとも、押すハンコ?
健太 どっちもだよ。判子。
判子 今のは?
健太 ハンコに呼びかけるわけないだろ?
判子 今のは?
健太 もう紛らわしい。君がずっと家(いえ)のこと話さないから。
判子 だから?
健太 ハンコと判子、うまく使い分けられないんだよ。
判子 それ理由?
健太 もう少しだけ待ってくれ。ハンコと判子、使い分けられるようになるから。
判子 そんなの待てない。その程度? だって、私の名前でしょ?
健太 君がハンコで、こっちが判子。あれ? どっちだっけ? 君は? ハンコであって判子じゃない。ん?
判子 もういいっ!
博之 使い分ける必要はない。よろいづかさん、君はうちとは関係のない男なんだから。
健太 いえ、関係あります。
博之 まったく関係ない。うちの娘の名を呼ぶこともない。
健太 聞いてください。
博之 娘と知り合う前に戻るだけだ。君は、この、押すハンコだって必要ないんだろ? この世から、”ハンコ“という言葉がなくなったって何の問題もないんだろ?
健太 いやだ。”ハンコ“のない世界。
判子 健太・・・。
健太 判子のいない世界。
判子 健太・・・。
健太 そんなの、いやだ。判子のいない世界なんて。
判子 健太。わたしはいるよ。ここに。
健太 判子。
判子 ここにいるよ。わたしはここにいるよ。
健太 判子・・・。
博之 すまんが、帰ってくれないか。仕事をしなければならない。お得意さんはいつまでも待ってくれるが、なるべくなら早く納めたいと思う。
健太 いいえ、僕は、ハンコを作りに来たんです。
博之 ハンコは100均のでも十分だと思う。
健太 いいえ、僕は。
博之 役所で何かの申請が通らないわけじゃない。
健太 いいえ、僕は。
博之 これからの時代、何でもサインで通るようになるって話だ。(タカアンドトシの古いギャグで)欧米か! (自虐的に突然笑う)ワハハハハ。・・・その通り。俺は古い男だ。
健太 いいえ、僕は。
博之 紙もなくなる。ハンコどころかペンも必要ない。
健太 いいえ、僕は。
博之 この店だって。俺が店に立てなくなれば。
健太 店は僕が継ぐ。
博之 何をバカなことを。
健太 僕は。
博之 いい加減なことを言うな。
健太 僕は、判子を愛しているんです。
博之 ・・・。
判子 ・・・。
健太 え?
博之 判子。
判子 何?
博之 ハンコと判子、どっちを愛してると言ってるんだ。
判子 さあ?
健太 え~!?
博之 ハンコを作りたいと言ったな。
健太 ええ・・・。
博之 今どきは、ハンコはほとんど機械で彫る。
健太 僕は、お父さんの手で彫ってほしい。その手で。
判子 健太・・・。
博之 よろいづか。
健太 戦う時の鎧に、こんもりと盛り上がった塚。
博之 画数が多いな。
健太 はい? 画数多いと、値段高くなるんですか?
博之 いやあ。ずいぶんと彫りがいがあるなあと思って。ま、たやすいもんだがな。憂鬱って苗字があっても、見事に彫れる。
判子 お父さん!
博之 何だ?
判子 ありがとう!

   判子は父、博之に飛びつく。
   博之は印刀を手にし、仕事を始めようとしていた。

博之 あぶなっ。
判子 ごめん。大丈夫?
博之 俺はいい。判子、お前は嫁入り前の大事な体だ。大丈夫か?
判子 うん。お父さん・・・このハンコ。

   判子は、高校卒業の時、父にもらった立派なハンコを取り出す。

判子 (ハンコの印面を読む)半沢・・・あ~あ。何か、さみしくなってきた。
博之 どうした。
判子 結婚して苗字が変わると、このハンコ使えなくなるんだなあって。
博之 判子。
判子 え?
博之 安心しろ。これは俺が預かってやる。そして・・・すぐにでも戻ってこい。俺のところへ。
健太 え~!? お父さん~!?




おわり







 

PEOPLE 第6章 おわり

カテゴリー │ブログで演劇

   マスクをした白衣の人たちがやってくる。
   一人は車椅子を押している。

鍛冶 あ、いた。

   お年寄りのトシ子、警察官に付き添われてやってくる。

連尺 トシ子さん~。

   鍛冶と連尺、駆け寄る。

連尺 (警察官に)ほんと、すみません~。
警察官 よかった。
鍛冶 ありがとうございます。
警察官 いえいえ。私はこれで。

   去る警察官にお辞儀をする鍛冶と連尺。

連尺 もう~、何してたんですか~。ほんと探したんですから。
鍛冶 あ。

   トシ子、ふらつく。
   鍛冶と連尺、あわてて受け止める。

連尺 もう、危ないっ。さあ。

   連尺、車椅子にトシ子を座らせようとする。

トシ子 ああ、いらないのいらないの。
連尺 座って。
トシ子 あなたたち、どっか行っててちょうだい。ひとりで帰るから。
連尺 座りなさい!

   強くおさえ、座らせようとする。

連尺 もうっ。探知機付けますよ!・・・あ、すみません。
鍛冶 トシ子さん、ちょっと疲れたようだから少し休みましょうね。ねえ、トシ子さん、今日は楽しかった?

   トシ子、自分から車椅子に座る。

トシ子 そうねえ。・・・とっても楽しかったけど、またあの人に会えなかったわ。

   「テネシー・ワルツ」が流れる。

N 一九五二年は、美空ひばりの「リンゴ追分」などと共に、アメリカで生まれ、パティ・ペイジが唄って大ヒットした曲に日本語訳をつけて、江利チエミが唄った「テネシー・ワルツ」が流行った。ちなみに「テネシー・ワルツ」は、他人に恋人を奪われてしまう内容の歌である。

トシ子 みなさん、帰りましょう。

   鍛冶と連尺、顔を合わせる。

鍛冶 はい、帰りましょう。
連尺 帰りましょう。
トシ子 ねえ。今晩のお献立何でしたか?
連尺 そんなのいちいち覚えてません。
トシ子 あら、そう。では、有楽街でも食べ尽くしましょうか。
連尺 (首をひねりながら)あ、トシ子さん、マスク。

   トシ子、さっき佐藤からもらったマスクを取り出す。

鍛冶 それ、どうしたの?
トシ子 ん?ああ。安倍さんがくれたの。
鍛冶・連尺 安倍さん?

   三人、去っていく。



                          おわり






 

PEOPLE 第5章 風と共に去りぬ

カテゴリー │ブログで演劇

   二人は有楽街を歩く。
   風景は移動する。
   二人は立ち止まる。
   映画館の看板がある。

アキオ あった。
トシ子 きれい。・・・ゴーン ウイズ ザ ウインド。
アキオ 風と共に去りぬ。アメリカではね、一九三九年に上映されたんだけどね。
トシ子 一九三九年って、第二次世界大戦が始まった年。
アキオ ドイツ軍がポーランドに侵攻して、日本もアメリカもまだまだって感じだったと思うけど、どことどこがくっつくつていうのが広がって行って、日本とアメリカは敵国。
十三年たってようやく日本で観ることができたわけだ。ま、映画の方はアメリカの南北戦争が舞台だけどね。
トシ子 あ~、よかった。
アキオ 何?
トシ子 だって、十三年前に上映していたら、一緒に観られなかったでしょ。
アキオ トシ子さん・・・。
トシ子 これ観ましょう。『風と共に去りぬ』。
アキオ はい。

   二人、勇んで映画館に突入していく。
   二人、がっかりして戻ってくる。

アキオ くそっ。立ち見でも入れないって。前売り買っておけばよかった。ごめん。
トシ子 仕方ないわよ。観るって決めていたわけじゃないんだから。
アキオ この映画、三時間四十二分だって。次の回、何時だよ。(時計見て)わっ。どうする?チケット買う?それとも他の観ようか。チャンバラでもいいよ。西部劇でも、あちゃらかコメディでも、ゾンビ映画でもいいや。やってっかな?この時代。

   どんどん人が通り過ぎる。

アキオ 何だ。どんどん人が増えていく。日曜日はやけに混むな。

   トシ子、看板を見ている。

トシ子 ヴィヴィアン・リー。
アキオ ああ、スカーレット・オハラ役のね。有名女優が何人も候補に挙がったんだけど、なかなか適役がいなくて、撮影が始まってから、たまたま見学に来ていたヴィヴィアン・リーがプロデューサーの目に留まって、一発で決まったらしいよ。「スカーレット・オハラがここにいる」って。

   看板を見つめるトシ子を見つめるアキオ。

N アキオは叫びたくて仕方がなかった。「スカーレット・オハラがここにいる」。

アキオ オハラはね、どんな降りかかる苦難もくじけず乗り越えていくんだ。

   人通りが激しくなっていく。

トシ子 え?小原さんがどうしたの?

   どんどん激しくなる。  

アキオ 小原さんじゃないよ。スカーレット・オハラ。

   もっともっと激しくなる。
   アキオ、人波に飲まれていく。

トシ子 え?

   トシ子も反対から来た人波に飲まれていく。

アキオ トシ子さん・・・。

   二人、渦潮に飲まれたように、ますます離れていく。

トシ子 アキオさん!

   アキオの姿はすでに見えない。

トシ子 アキオさん。

   トシ子、アキオの姿を探し、どんどん歩いていく。
   アキオもどんどん歩いている。ただし、トシ子の行き先とは逆の方へ。
   二人の姿は消える。
   トシ子が戻ってくる。
   映画館を見上げ、去っていく。

N トシ子は職場の紡績工場の寮に戻らなければならなかった。遠くから親元離れてやってきている若い女工たちを守るための厳しい門限があったのだ。

   映画館では、アキオがひとりスクリーンを見つめている。
   「タラのテーマ」が流れている。

N その後、二人は有楽街に何度か来ているが、出会うことはなかった。二人を引き合わせたトシ子の先輩はほどなく職場をやめ、結婚の為、生まれ故郷へ帰っていった。二人を結びつける人はいなくなった。こういうことはよくあることだ。今のように携帯電話があれば別だが。ラインの交換もしなかった。そして、しばらく経ち、トシ子はアメリカに旅立つことになる。ハリウッド女優のための衣装をつくる人になるために。もちろんこの時はすでに、この日観ることが出来なかった『風と共に去りぬ』を絹江と峰世と共に観ている。


(第6章 最終回に続く)





 

PEOPLE 第4章 ラーメン屋

カテゴリー │ブログで演劇

   店主、ひたすら手を動かし、仕事をしている。
   六脚の椅子があり、二脚には既に先客。田町と神田。
   四人、席に着く。

田町 コカ・コーラ!

   店主は返事をしない。

峰世 わたし、ラーメン。
絹江 わたしも。
トシ子 わたしも。
アキオ 僕も。
店主 はいよ。ラーメン四丁。

   田町は「コカ・コーラ!」に返事がないのに不満。

神田 ようやくGHQが出ていくな。戦後何年たつ?
田町 ああ。ヤンキーゴーホームだ。やっと俺たち日本人の夜明けがやってくる。
神田 馬鹿言え。しっかり置き土産を置いて行っただろ。
田町 置き土産?コカ・コーラか?・・・おやじ、コカ・コーラ!

   店主は返事をしない。

神田 占領軍はいないけど、アメリカ軍がいつまででも日本にいられる条約結んだんだ。
田町 日本を守ってくれるんだろ?
神田 それのどこが日本人の夜明けだ。
店主 はいよ。ラーメンお待ち。

   ラーメンを四人に渡す。
   おいしそうにすする。

田町 まあ、いいじゃないの。平和ならさ。
神田 どこが平和だ。去年だってお隣の国で戦争があって、日本人が何人も死んだんだ。
田町 朝鮮戦争か。だからアメリカに守ってもらった方がいいんだよ。日本はもう二度と戦争しないんだ。その象徴なんだよ。平和のさ。神田。
神田 何だ。田町。
田町 俺はさ、アメリカへ渡ろうと思ってるんだ。
神田 何だと。何を考えているんだ。さっき、日本人の夜明けが来たと。おまえ、俺と日本で一緒に。
田町 悪いが、もう決めたんだ。パスポートも取った。
神田 いつ行くんだ。
田町 明日。
神田 あした~!?
田町 今夜浜松を出て、東京に行く。東京までだって遠いよな。
神田 アメリカはもっと遠いよ。
田町 これが、俺とお前の日本での最後になる。大いに語り合おうじゃないか。悔いがないように。おやじ、コカ・コーラ!
神田 コカ・コーラなんか飲むな!

   四人はちょうど食べ終わり、そろそろ出る?と合図しあう。

神田 コカ・コーラなんか飲むな。ここのおやじさんもコカ・コーラきらいなんだ。だからお前を無視し続けるんだ。そうですよね。おやじさん。あまっちょろいこいつの頬をひっぱたいてくれ。アメリカなんか行くなと言ってくれ。
店主 いえ、わたし、不器用なんで、四角四面の返答しかできないんです。お客さんは、コカ・コーラをくれと言った。ねえ。そうですよね。
田町 ああ。
店主 ところがですね。ところがですよ。うちはペプシしか置いてないんです。コカ・コーラはないんです。ないものに返事はできません。

   店主の妻、奥から顔を出す。

妻 あんた、市役所行ってくるよ。
店主 おまえ、まだお客さんがいらっしゃるだろ。それに日曜日。
妻 日曜もやっているんだよ。何かしらお役所に届け出るものが多いんだ。肝心なことがなんにも出来ずに、一生届け続けなくちゃならない予感がするよ。やだやだ。
店主 わかったわかった。それはそうと、間違えるなよ。市役所の場所が変わったよ。利町(とぎまち)から元城だ。そう離れてはいないけどな。
妻 わかってるよ。お城があったところだよ。おっきくなったよ。天下でも治める気かねえ。
店主 もっとおっきくなるさ。どんどんどんどん。いずれお城さ。だからあそこにつくったんだ。市役所。市役所城さ。
神田 田町、おまえ、アメリカ行って、いつ帰ってくるんだ。
田町 さあな。たぶん帰ってこない。
神田 あっち行って、何するんだ?
田町 さあな。何も考えていない。アハハ。
店主 へい。ペプシお待ち。

   店主、瓶のペプシを田町に渡す。
   田町はペプシをごくごく飲む。

神田 俺もペプシだ。

   店主、瓶のペプシを神田に渡す。

神田 馬鹿め。

   神田はやけくその様にペプシをごくごく飲む。
   四人、出ていく。

店主 まいどありい。

   店主の妻は市役所へ向かい、店も消えて行く。

アキオ じゃあ、お二人とはここで。
絹江 いざイチゴパフェ!
峰世 いざクリームソーダ!さくらんぼつき。
絹江 トシ子。
アキオ いえ。トシ子さんは、僕と。
絹江 (峰世に)カフェ行こ行こ。
峰世 うん。トシ子。

   絹江と峰世、トシ子に手を振り、歩いていく。
   トシ子も手を振っている。

アキオ すみません。僕が追い払ったみたいで。
トシ子 いいんです。二人とは明日職場で会いますから。私の方こそごめんなさい。ラーメン食べるべきじゃなかった。
アキオ いいですよ。うまかったし。
トシ子 そうですよね。映画を観た後も食べますよ。私。いっぱい。もう食べられないってなっても食べますよ。ああ。何食べようかな。
アキオ ああ。食べよう。有楽街を。有楽街を食べ尽くそう。

(第5章に続く)



写真はやはり「キッズまちなか探検隊 アルコモール有楽街老舗店探訪」から転載。
1952年には日米安全保障条約が締結され、
浜松市役所が現在の場所に移転した。




 

PEOPLE 第3章 峰世と絹江

カテゴリー │ブログで演劇

トシ子 峰世。絹江。
峰世 お休みだから、マチ出てきたのよお。
絹江 (アキオを見て)あら?
峰世 もしかして。デート?
絹江 やだあ。

   絹江と峰世、二人で盛り上がっている。

トシ子 今日初めてなのよ。
絹江 紹介して。
アキオ こんにちは。初めまして。田中アキオです。
峰世 うわっ。やったね。挨拶できる男。
トシ子 職場の友人。こちら峰世。こちら絹江。
峰世 どこで知り合ったの?
トシ子 まあ、いいじゃない。
絹江 明日聞く聞く。
峰世 紡績工場のお仕事終わったら。
絹江 そんなの待てない。お仕事中にも聞いちゃう聞いちゃう。怒られても聞いちゃう。
峰世 それも待てない。今聞いちゃう。
絹江 今聞く聞く。
トシ子 無理よ。
峰世 言え言え。
トシ子 言えない。
絹江 言え言え。
トシ子 (手を振り)いえいえ。
峰世 YEAH~YEAH~。
絹江 YEAH~YEAH~。
トシ子 言えん言えん。
アキオ 僕が言おうか。
トシ子 あ。
アキオ まずかった?
トシ子 まずくは。
峰世 言っちゃえ。
絹江 聞こうか。
峰世 カフェで聞こうか。
絹江 新しいカフェできた。
トシ子 あそこよね。わたし、行きたい!
峰世 行こう。
絹江 話を聞きに。
トシ子 (アキオに)一緒に。
アキオ ・・・映画。
絹江 私イチゴパフェ。
峰世 私・・・行ってから決める。
トシ子 どっちだっけ?
峰世 あっち。

   四人はカフェへ向かおうとする。

峰世 やっぱ、こっち。いや、あっち。
絹江・トシ子・アキオ どっちだよ。
峰世 うん。あっちでよかった。

   四人、カフェへ向かう。
   再び、風景動く。
   洋食屋、蕎麦屋、寿司屋、中華料理屋、鰻屋などが美味しさを振りまき、誘惑。
   四人はその誘惑たちをすりぬける。

絹江 いざイチゴパフェ!
峰世 いざクリームソーダ!さくらんぼつき。
トシ子 いざ・・・え~と。プリンアラモード。
絹江 おっしゃれ~。
峰世 (しゃれた言い方で)アッ、ラ、モードオ。
絹江 おフランスっぽい~。シャンゼリゼっぽい~。

   乗り気でないアキオを「さあさあ」とみんなで促す。

アキオ 僕はまあ、珈琲でいいや。
絹江 珈琲でいいって、珈琲に対して失礼だと思う。
峰世 こういう男の人はきっとこう言う。僕はまあ、トシ子でいいや。
絹江 言いそう。
峰世 トシ子、こんな男でいいの?生涯を託すのは!
トシ子 生涯・・・。
アキオ 僕は、珈琲を飲む。珈琲が大好きで仕方がないんだ!
峰世 行こうか。

   再び、各店の美味しそうな誘惑。

絹江 いざイチゴパフェ!
峰世 いざクリームソーダ!さくらんぼつき。
トシ子 いざプリンアラモード!
アキオ いざ珈琲!
絹江 いざイチゴパフェ!
峰世 いざクリームソーダ!さくらんぼつき。
トシ子 いざプリンアラモード!
アキオ いざ珈琲!
絹江 いざイチゴパフェ!
峰世 いざクリームソーダ!さくらんぼつき。
トシ子 いざプリンアラモード!
アキオ いざ珈琲!

   各店の誘惑続く。

絹江 いざ寿司屋!あ、イチゴパフェ!
峰世 天ぷら!あ、うどん!トンカツ!鰻!ハンバーグ!カレーライス!いざラーメン!
絹江 いざラーメン~。
峰世 朝から何にも食べてない。
絹江 そういうこと言う? わたしも食べてない。

   峰世、絹江、ラーメン屋の方へ。

トシ子 カフェは?
峰世 デザートは食事の後。
絹江 これ鉄則。
峰世 二人も行こう。
アキオ だって映画。
絹江 ラーメンお嫌い?
アキオ 嫌いじゃないけど。
峰世 なら、行こう。いざラーメン!
絹江 いざラーメン!

   四人、ラーメン屋へ。

(第4章に続く)



写真は前回同様「キッズまちなか探検隊 アルコモール有楽街老舗店探訪」から転載。
2人はぜんぜん映画を観ることができません、という意味で
有楽街にかつてあった映画館。



 

PEOPLE 第2章 トシ子とアキオ

カテゴリー │ブログで演劇

   若い男、田中アキオがいる。
   若いころのトシ子が走ってやってくる。

アキオ トシ子さん?
トシ子 アキオさん?すみません。お待たせしてしまって。
アキオ いえ。そんなことありません。ちょうど今来たところです。
N アキオはずいぶん長く待っていた。
アキオ どこ行きますか?
トシ子 そうですねえ。アキオさんはどこへ・・・。
アキオ 僕ですか。
トシ子 パチンコ。
アキオ え?トシ子さんパチンコやられるんですか?
トシ子 いえ、男の人みんなお好きかと。
アキオ あれは野郎同士か、それでなければひとりでやるものですよ。
トシ子 じゃあ、アキオさんは映画なんかは?
アキオ 映画かあ。(少し考えている)
トシ子 だめですか・・・。
アキオ いやあ、いいですよ。映画でも。
トシ子 映画行きましょう。映画。
N アキオは最初から映画を観る気満々だった。

   二人は歩き始めるが、前へは進まない。
   一九五二年の有楽街の風景が現れ、移動していく。
   有楽街を歩いているように見える。

トシ子 どんなジャンルがお好きですか?
アキオ 僕はなんでも。トシ子さんが観たい映画を。
トシ子 え~と。戦争映画は?

   悲惨な戦争映画の一場面が演じられる。
   映画を観ている二人、暗鬱とした気分。

アキオ ・・・まだ戦争の記憶新しいかも。
トシ子 じゃあ、コメディは?

   コメディ映画の一場面が演じられる。
   トシ子だけが大笑いして、アキオの顔色は曇っている。

アキオ ・・・面白いかもしれないけど。
トシ子 お嫌い?ウエスタンは?(銃を撃つ格好)バンバン。

   ウエスタンの一場面が演じられる。
   皆殺しの場面にトシ子興奮し、アキオ冷めた顔。

アキオ ・・・これもちょっと。
トシ子 チャンバラ。(刀でさばく格好)

   チャンバラの一場面が演じられる。
   皆殺しの場面にトシ子興奮。
   アキオ、耐え切れず口元をおさえる。

トシ子 あら大変。お家へ帰られますか?
アキオ (慌てて立ち上がり)いえ、大丈夫です。
トシ子 どうしましょう。もう少し穏やかな映画。
アキオ こんなのは。『君の名は』のような。
トシ子 君の名は?
アキオ ラジオ放送の。最近始まったんですけど、人気あるみたいですよ。
トシ子 どんな話?
アキオ 真知子と春樹っていう若い男女の登場人物が。
トシ子 真知子と春樹。
アキオ はい。二人は、会いたいんだけど会えないんです。
トシ子 会えない。
アキオ でも大丈夫。いつか会えます。きっと会えます。
トシ子 いつ。
アキオ いつか。ラジオ聴き続ければいつか。
N 一九五二年四月から毎週木曜八時半から三十分、NHKラジオで放送されていた。翌年、人気を受けて映画化され、主人公の氏家真知子のストールの巻き方を真似した「真知子巻き」が女性の間で流行った。
トシ子 私も聴くわ。その今から六十年以上後に流行りそうな漫画映画と同じタイトルのラジオドラマを。
N もちろんトシ子は、二〇一六年の新海誠作『君の名は。』は知らない。
アキオ そんなようなラブストーリー。どうです?トシ子さん。
トシ子 (関係なく)かわいい!

   トシ子、洋品屋に引き寄せられる。

トシ子 これ、このお洋服。
N この時代の若い女がなんにでも「かわいい」と発したかどうかはわからない。
トシ子 ほら。

   トシ子、ストールを手に取る。
   そして、「真知子巻き」のように巻く。
  
洋服屋 お嬢さん、お似合いですよ。
トシ子 そう?
洋服屋 これから流行りそうだ。
アキオ これが?泥棒みたい。
洋服屋 きっと流行る。そんな予感がする。
N ラジオドラマの大ヒットを経て、映画化され、岸恵子が演じた氏家真知子のストールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれ、女性の間で流行する。

   音楽が鳴り、トシ子、少し踊る。

洋服屋 毎度ありがとうございます。

   アキオ、財布を取り出し、金を払う。

トシ子 あ。
アキオ いいからいいから。

   他のお店が商品を手にし、売りこむ。
   次々と新しい衣装や靴や帽子や時計やネックレスや指輪が身に着けられていく。

トシ子 いいの?こんなに。
アキオ いいからいいから。

   アキオ、こっそり財布の中をのぞいて渋い顔。

トシ子 さあ、映画館。その後お食事するでしょ?
アキオ もちろん。
トシ子 何食べる?
アキオ え?今、映画。
峰世・絹江 トシ子~。

   峰世と絹江がやってくる。


(第3章に続く)



写真はお話をお聞きした寛永堂さんからご提供いただいた
2012年8月20日に有楽街商店街振興組合により
まとめられた「キッズまちなか探検隊 アルコモール有楽街老舗店探訪」
から転載。
1952年有楽街の開通式。


 

PEOPLE 第1章 はじまり

カテゴリー │ブログで演劇

5月31日に有楽街で読み合わせた戯曲。


登場人物

お年寄りのトシ子(85歳)
佐藤(40歳)
中村(25歳)
警察官(30歳)
若いころのトシ子(17歳)
アキオ(20歳)
洋服屋(35歳)
峰世(17歳)
絹江(17歳)
神田(22歳)
田町(22歳)
ラーメン屋の店主(42歳)
店主の妻(38歳)
鍛冶(38歳)
連尺(32歳)
ナレーター(N)





   「テネシー・ワルツ」の前奏が演奏される。
   お年寄りのトシ子がやってくる。
   しばらくウロウロしている。

トシ子 あの。

   誰かに声をかける。

トシ子 ここ、有楽街ですか?

   誰か優しいお客さんは、そうだ、という返事をしてくれる。

トシ子 法被姿見かけないけど。浜松まつりは?

   マスクをしている佐藤が通りかかる。

佐藤 浜松まつりは中止になったら。
トシ子 あら、そう。浜松まつりで賑やかかと思ってやってきたのですが。
佐藤 まあ、しょんないら。これじゃあ、ねえ。

   佐藤、どこかから一枚のマスクを取り出す。

佐藤 やるで。一枚だけだけど。
トシ子 ああ。(周りを見回し)マスク。
佐藤 使って。今どきしてないと捕まるよ。
トシ子 捕まる?

   トシ子、マスクをつける。

佐藤 じゃあ。店の仕入れがあるもんで。
トシ子 (深々とお辞儀をし、佐藤を見送る)どうしようかしら。映画でも観ようかしら。映画館は・・・。

   トシ子、映画館を探す。

トシ子 (通りがかりの中村に)あの。

   マスクをした中村、立ち止まる。

トシ子 映画館がこのへんに。
中村 映画館?・・・。あ、い~ら?
トシ子 い~ら?
中村 シネマい~ら。やってないんじゃ。
トシ子 どちらですか?
中村 こっちです。
トシ子 そっち?
中村 あっち。

   トシ子、中村についていく。
   シネマい~らの看板がある。

中村 やっぱり休み。ごめんなさい。
トシ子 いいのいいの。あなたが悪いわけじゃない。
中村 そうですけど。わざわざ・・・。

   トシ子、しばらく看板を見ている。

トシ子 チャンバラは。
中村 チャンバラ?ここでは。
トシ子 じゃあ、アクション映画。
中村 ・・・。TOHOシネマズかな。でも休みですよ。映画館はどこも。
トシ子 そう(残念そう)。
中村 映画でしたら、お家でTSUTAYAで借りて。あ、TSUTAYAなければGEOとか。あ、街中にはないか。例えば、スマホでも観れますよ。ほら。(スマホをいじりだす。近寄ろうとするが)おっと。二メートル離れますんで。ソーシャルディスタンス。アンダスタン?

   中村、二メートル離れ、スマホ画面を見せる。
   トシ子からはどう考えても見えない。

中村 ちょっと小さいかなあ。やっぱりアクション映画は映画館のスクリーンの方がいいか。
トシ子 見えるよ。蠅と蚊の戦いかね?
中村 違います。スパイダーマンです。蜘蛛です。
トシ子 映画はいいよ。あきらめるよ。ありがとうね。いろいろと。
中村 いえ、私は何も。

   中村、お辞儀をして、去る。

トシ子 さて。あ~、苦しい。

   トシ子、マスクを外す。

トシ子 捕まってもいい。

   マスクをした警察官がやってくる。

警察官 おばあちゃん。
トシ子 はいね。
警察官 どこから来たの?
トシ子 ああ。ニューヨーク。
警察官 ニューヨーク?アメリカの?
トシ子 ハリウッドでね。
警察官 映画の都?
トシ子 衣装をつくってるの。
警察官 え?ハリウッド映画の?
トシ子 そうよ。
警察官 エマ・ワトソンとか?(上演時の流行りの女優の名前)
トシ子 ヴィヴィアン・リーってご存じよね。
警察官 いや・・・。
トシ子 『風と共に去りぬ』。
警察官 観たことはないけど、題名は・・・。
トシ子 ヴィヴィアン・リーがきれいでねえ。その映画観て決めたの。この人たちのお洋服をつくる人になるって。
警察官 はあ。え~と。おばあちゃん、お名前教えてくれます?
トシ子 だから、ヴィヴィアン・リー。
N それまで鍛冶町通りと田町通りを結ぶ、S字型に曲がった三メートル足らずの路地が広げられ、有楽街となった。有楽街という名前は、映画館が立ち並ぶ東京の有楽町から来ている。「楽しめる場所」という思いを込めて。浜松のまちなかが焼け野原になって、太平洋戦争が終わり、七年の月日が過ぎた一九五二年のことである。

   警察官とトシ子はいなくなる。


(第2章に続く)





 

わざとらしい階段

カテゴリー │ブログで演劇

これは400字詰め原稿用紙24枚の戯曲です。
1枚1分の換算ということなので、
上演するとしたら24分ほどでしょうか。
上演の予定はないので、確かなことはわかりません。

苫米地英雄と珠代の夫婦。
二人の間に子供はまだいない。
新築の家を建てたのだが、
どうも階段がおかしい。
そこで、夫は建設会社の担当者である小石川を呼びつける。
そこで・・・。

わざとらしい階段
      

【登場人物】

苫米地英雄(とまべちひでお)
苫米地珠代(とまべちたまよ)
小石川健夫(こいしかわたけお)
カタル



   新築の家のキッチン。
   昼食が終わったダイニングテーブル。
   夫の英雄が、テーブルの食器を片付けている。
   テーブルの上を台拭きで拭いたりしている。
   食器を持ち、部屋を出て行く。
   妻の珠代が建築会社の小石川と共にやってくる。

珠代 お早かったんですねえ。
小石川 先の用が早く終わりまして、時間をつぶそうとしましたが、苫米地さんチなら、と甘えちゃいました。
珠代 いいんですわよ。これからも空いた時間がありましたら、気軽にお寄りくださいな。
小石川 そうですか。甘えついでに、そうさせてもらおうかな。助かります。
珠代 いえいえ。どういたしまして。

   英雄が、お盆に冷たいお茶を三つ持ってきて、テーブルに置く。

小石川 どうも、ありがとうございます。ご主人。
珠代 温かいお茶の方がよろしかったんじゃ?
小石川 いいです。いいです。お気を使わず。
英雄 早すぎるから。こっちも準備が。
小石川 あ、すみません。出直してきます。
珠代 いいんですわよ。どうぞお座りくださいな。
小石川 失礼します。

   小石川、椅子に座る。
   向かい合わせに英雄と珠代も座る。

小石川 新しいお宅には慣れましたか?
珠代 おかげさまで。大変お世話になりました。
小石川 いえいえ僕なんて。ほとんど高橋がやりましたから。
英雄 (厳しい顔で)今日お呼びしたのは。
小石川 そうですね。失礼しました。
珠代 あなた、いやですわ。そんな厳しいお顔なさって。
小石川 まあ、お茶をどうぞ。
英雄 俺が出したんだ。
珠代 まあ、どうなさったの?お体の具合が悪いんじゃ。
小石川 それはいけません。
英雄 階段のことなんだが。
小石川 はい。今回階段だけは私が担当させていただきました。
珠代 とっても素敵な階段を作ってくださって。
英雄 階段なんか、普通でいいんだ。
珠代 あら。全体的にとても慎ましいお家なんだから、階段くらい。
英雄 慎ましくて悪かったな。高給取りじゃないんでね。
珠代 誰もあなたのお給料のことなんか。
小石川 僕だって、思いますよ。このまま今の会社にいていいんだろうかって。
珠代 あらそんなに厳しいの?
小石川 うちの高橋クラスになれればいいんですけどね。そこまで出世できるかどうか。
珠代 陰ながら応援していますわ。小石川クン。
英雄 (クンと親しげに呼んだのに反応して)階段のことで話があるんだ!
珠代 あら、やだ。かいだんかいだんって、知ってらっしゃるでしょ?わたし、怖い話大嫌いなんだから。
英雄 怖い話じゃないよ。そこの二階に上る我が家の階段のことだ。
珠代 ああ。
英雄 ああ、じゃないよ。単刀直入に言うがね。
小石川 はい。
英雄 どうして、うちの階段は、最初の図面と違うんだ。
小石川 最初って、予算をお聞きして、高橋と一緒に提案させてもらった図面ですよね。
英雄 問題がなかったんで、それでお願いしたよな。
珠代 ずいぶんと慎ましい図面だった。
英雄 仕方ないだろ。贅沢言えばきりがない。君も、これでいいと言ったじゃないか。
珠代 その時はそう思ったわ。あなたもこれ以上の意見は許さんという剣幕だったもの。
英雄 だからといって、相談もなしに階段だけ変えるのはどういうわけだ。
小石川 すみません。私がお話を聞いたばかりに。
珠代 小石川クンはいいのよ。温かいお茶、お飲みになる?(立ち上がる)
英雄 待ちなさい。話を聞きなさい。
珠代 はい。(座る)
英雄 実はなあ、今朝、階段を上ろうとしたんだ。
珠代 あらやだ。私がお隣に回覧板をお届けにあがった時。
英雄 そうだ。君はお隣に行くと、なかなか帰ってこないからな。
珠代 そうよお。今朝も子供さんのお話で盛り上がって。お隣のちいちゃん、来月バレエの発表会ですってね。一緒に観に行かない?
英雄 何で人の子のバレエの発表会を観に行かなければならないんだ。
珠代 あらいいじゃない。かわいいじゃない。かわいくないの?ちいちゃん。
英雄 ちいちゃんの話はいい。階段のことだ。
珠代 あらやだ。怪談?怖い。高校の時、シスターが話す怖い話に耳をふさいでいたの。
小石川 奥さん、カトリック系の高校だったんですか?
珠代 そうよ。毎朝讃美歌を歌ってね。でもシスターが話す怖い話が、なぜかお岩さん。一枚~二枚~って。ドラキュラの話ならまだわかるんだけど。
小石川 ハハハ。そうですね。
英雄 うちの階段の話をしているんだ。
珠代 一段~二段~って。やだわ。お岩さんと混線した。あなたが階段の話なんかするから。
小石川 階段の話はやめましょうか。
英雄 そんなわけにはいかん。あれ?どこまでしゃべったかな。
珠代 あなたが泥棒みたいなことしたところですよ。
英雄 自分の家の階段上ろうとして、何で泥棒なんだ。
珠代 だって二階は私の部屋。それと、もうひとつは将来生まれる私たちの子供の部屋。
英雄 なら、俺も関係あるだろう。
珠代 まだいないじゃないの。
英雄 おまえ。
小石川 そのうちできますよ!苫米地さん!

   英雄は小石川をにらむ。

小石川 あ、すみません。
珠代 その階段がどうしたのよ。上ろうとしたら。
英雄 ああ。確かに君の二階の部屋は、趣味のビーズ細工を集中してやりたいということで、認めた。
珠代 とっても感謝してます。
英雄 将来認められて、少しずつでも販売できるようになればと思ってな。
珠代 そんなことちっとも考えていませんわ。
英雄 いや、きっと売れるよ。それだけの才能はあるよ。
珠代 そんなあてにもならない未来のことなんか。
英雄 君だって、生まれてもいない子供のことなんて。
珠代 私の目標なんです。
英雄 ・・・。
小石川 階段どうですか?よかったでしょう。
英雄 いいも何も。俺に言わずに勝手に変えやがって。
珠代 いいじゃない。階段くらい。私と坊やのところへ向かうひとつの道なのよ。
小石川 やっぱり相談すればよかったですかねえ。
珠代 いいのよ。小石川クンは何にも悪くない。とってもいい階段よ。
小石川 そうですよ。奥さん、こんなに満足されてるんですから。
英雄 おまえが言うな。責任者の高橋さんを呼んでくれないか。
小石川 高橋は大口の仕事がありまして。億単位の。
英雄 うちの仕事じゃ来れないってか。安い仕事でクレームじゃ、たまらんてか。
珠代 あなた、小石川クンはそんなことまで言ってらっしゃらないのに。
英雄 そもそも君が悪いんだ。要望は君が出したんだろ?
小石川 僕も積極的に提案しました。最新の階段はこれですよって。
珠代 あなた、最近の階段ってほんとすごいのよ。びっくりしちゃった。いつもお家の中にばかりいると、浦島太郎だなって。あっというまにお爺さん。
小石川 お婆さんじゃないですか?
珠代 そうね。そんな私を小石川クンは新しい世界に案内してくれた。
小石川 そんな。
珠代 さしずめ私の救世主。イエス様。
小石川 ただの建築会社の営業マンですよ。
英雄 おまえたち、何があったんだ。
珠代 あらやだ、もしかして、あなた妬いてらっしゃるの?
英雄 誤解されてもおかしくないだろう。
珠代 私たちやましいことは何もありませんわ。
小石川 そうですよ。業者と顧客の間柄。僕とご主人の関係と同じですよ。
珠代 (小石川に)ねえ。
小石川 (珠代に)ねえ。
英雄 ちょっと、見つめ合うのはやめなさい。
珠代 それで、階段を上った感想はどうでした?
英雄 上るも何も。
小石川 (期待をこめ)ええ。どうでした?
英雄 上れなかったよ。
珠代 何よ。意気地のない。
英雄 意気地のないって。頑張れば上れるのかあれ?
珠代 そうよ。少し頭を使うかもしれないけど。
英雄 何だよ。俺は頭は悪い方じゃないぞ。
珠代 勉強できるとかできないとかの頭じゃなく。
英雄 生きる知恵みたいなものか?俺にはそういう頭はないと?
珠代 そんなこと言ってないわよ。初めての子供だって、簡単に上れるわ。あっという間にね。
小石川 どこで引っかかったのかなあ。
英雄 何だよ。業者まで思わせぶりに。ちゃんと説明しないか。
小石川 説明と言われましても。チャレンジしてもらうしかありませんので。
英雄 そんなややこしい仕事をしたのか。お宅の会社は。
小石川 それが好評で、選んでいただいてるんですけど。
珠代 あの階段は大ヒットよ。そのうち世界的商品になるわよ。
小石川 だといいですけど。
珠代 SNSでも積極的に宣伝するからね。
小石川 ありがとうございます。当社はお客様のおかげで成り立っております。
英雄 俺は認めんぞ。あんな階段。上れない階段なんて。
珠代 それでどうなのよ。上れないにしても、上ろうとした感想は。
英雄 ひとことで言うならな。
小石川 今後の参考にさせていただきます。
英雄 わざとらしい。
小石川 わざとらしい?
珠代 何ですか?わざとらしいなんて、そんな表現じゃ何も伝わりませんわ。
英雄 伝わらないも何も。あんな階段あり得ない。
小石川 例えばどんなところがですか?
英雄 見た目は普通の階段なんだ。
珠代 ええ。あなたもよくご存じの図面通りの形状。
英雄 それがわざとらしいというんだ。
珠代 どこにわざとらしさがあるかしら。
英雄 いかにも男など知りません、という清楚な形状の女。
珠代 どなたのこと?
英雄 あくまで物の例えだ。
珠代 そうですか。誰かを想定しておっしゃっているのかと思いましたよ。
英雄 それが実はとんでもない食わせ物で、色情魔。男と名がつけば目がない。
珠代 だから、どなたのことです。
英雄 誰でもない。それとも君、思い当たるのか?
珠代 当たりませんよ。私の出会ってきた方々、まじめすぎるくらいで、いい人ばかり。
英雄 その、何でもない階段に近付くと、手招きしやがるんだ。おいでなさいって。
珠代 階段が手招き?
英雄 ほんと、わざとらしい。男をだます罠みたいなもんだ。
珠代 おかしいわ。女の子だったのかしら。
英雄 一段目を上ろうとしたんだ。そしたら、突然小鳥のさえずりが聞こえて、森の木々が現れてくるぞ。単なる家の中の階段なのに。
珠代 サービス精神旺盛ね。あなたには癒しが必要なのよ。
英雄 癒し?そんなものに浸ってる暇はない。仕事のことで頭がいっぱいだ。これから住宅ローンも始まるじゃないか。
珠代 たまには森の中で、ゆったりするべきよ。ひとつ深呼吸するだけで、生まれ変わるわよ。
英雄 そういうわけにはいかない。森に入った途端に、足を取られたんだ。
珠代 森の妖精たちにつかまってしまったのね。
英雄 木の根っこが盛り上がって、行こうとする俺の足を絡めとるんだ。
小石川 それが妖精たちの仕業ですよ。
英雄 やっとの思いで絡んだ根っこを引きちぎって、逃げ戻ってきた。一階へ。
珠代 あら、それで指に傷があるのね。
英雄 ああ。指だけじゃない。全身傷だらけだ。
珠代 すぐ手当てしないと。それともお医者様行く?
英雄 落ち度もないのに階段での事故で医者行くのか?業者の責任じゃないのか?
小石川 安心してください。保険が出ますから。
英雄 保険に入ってるのか?
珠代 ええ。階段保険。とってもいい保険なのよ。
英雄 初めて聞いたな。階段保険なんて。
小石川 気を付けてください。階段では、何が起きるかわかりませんよ。
英雄 ほんの短い間だ。たかがしれてる。踏み外さないとか、滑らないとか、落ちないとか。気を付ければすむことだ。
珠代 少しご機嫌斜めなのかしら。
英雄 君はさっきから誰の話をしてるんだ。
珠代 誰って、階段のことよ。
小石川 ところで、名前は決まりましたか?
英雄 名前?
小石川 つけるの楽しみにされていたじゃないですか。
珠代 主人にはまだ、話してないんですのよ。
小石川 そうですか。それは失礼しました。いいじゃないですか。発表してくださいよ。
英雄 階段に名前があるのか?
珠代 あなたもご存じの名前よ。
英雄 何だよ。俺の死んだ親父の名前でもつけたか?
珠代 いやですわ。そんなはず。大事なお父様のお名前。彦三郎だなんて。
英雄 俺が知ってる名前?
珠代 よく話してたじゃない。言うと、あなたはいつもそんな話止めろって。
英雄 カタルか?
小石川 へえ。カタル君ですか?語る、だなんて、人間っぽい。
英雄 男の子が出来たら、カタルと名付けるって言ってたよな。
珠代 いいじゃない。子供が出来たら考えれば。それに生まれるのは、男の子とは限らないでしょ。
英雄 あんなに男の子を欲しがってたのに。
珠代 女の子だって子供よ。
英雄 あんなに大事にしていた名前を、階段につけるなんて。
珠代 だって。
英雄 俺には一言もなしに。
珠代 カタルの話をすると、あなたいつも怒り出すから。
英雄 子供の話を聞きたくなかったんだ。
珠代 あなた・・・。
英雄 家を建てても、二階の部屋は子供部屋にしようって。生まれてもいないのに。
珠代 ごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに。
英雄 俺は、子供のために君と結婚したんじゃない。ただただ、君と一緒になりたかったんだ。
珠代 ごめんなさい。私も同じよ。
英雄 珠代。
小石川 では、私、そろそろ失礼して。
珠代 あら、カタルに会ってらっしゃいよ。
英雄 そうだ。カタルに会って行けよ。
珠代 あなたにも会わせなきゃならないわ。
英雄 会うも何も階段だろ?その階段がカタルって名前なんだろ?階段に名前があってもいいじゃないか。さっきは幻覚症状があったようだ。さあ行くぞ。
珠代 幻覚じゃありません。カタルちゃん、いらっしゃい。
英雄 何だよ。階段がやってくるのか?
珠代 あなた、片足を一歩上げてくださいな。
英雄 一歩?
珠代 そう。まるで階段を一段上るかのように。
英雄 こうか?

   英雄は右足を階段を上るかのように、上げる。

英雄 何だよ。これは。まったくわざとらしい。右足の下に階段があるようじゃないか。
珠代 あるんですよ。強く踏んでくださいな。
英雄 こうか?お?しっかりと段を踏んだ感触があるじゃないか。まったくもってわざとらしい。
珠代 わざとらしくはありませんよ。本当の階段なんですよ。
小石川 うん。とっても上出来だ。これなら世界的に売れる。
珠代 さあ。反対の足も同じように上げてください。それを交互に小気味よく繰り返すんです。
英雄 何だよ。君は俺をバカにしてるのか?そんなの階段を上る基礎中の基礎じゃないか。
珠代 何事も基礎が難しいのよ。先ずは、やってみなさいよ。
英雄 ほれ。(上ろうとするが)あれ?(上ろうとするが)あれ?上れない。
珠代 そらみなさい。
英雄 これ、階段じゃないだろ?
珠代 だって私は毎日上ったり下りたりしているのよ。それはご存知でしょ?
英雄 ああ。上から大きな笑い声が聞こえてくるからな?そんな面白いテレビやってるのか。
珠代 たまたま昨日の旅行バラエティーでしょ?つんつくったら、最高面白い。キャハハ。
小石川 僕も観ました。アハハ。
珠代 キャハハ。
小石川 アハハ。
英雄 お、できた。
珠代 言う通りにやればできるでしょ?できないだなんて、なんてわざとらしい。
英雄 ところで、これ、何なんだ。階段か?
小石川 れっきとした階段です。ただし、最先端のAIを搭載している。
英雄 AI?人工知能か?
小石川 そうです。自ら、何をすべきか考え、学び、成長する。
珠代 まるで、子供だわ。カタル。
英雄 だって階段だろ?
小石川 階段の領域を広げる超階段といってもいいかもしれません。僕には階段たちの声が聞こえるんです。人に上ったり下ったりされるだけでいいのか。犬や猫にさえ。明けても暮れても踏みにじられるばかり。
英雄 だってそれ、階段の役割じゃないの。
小石川 その考えが古臭いんですよ。
英雄 古臭くて悪かったな。階段にAIなんて必要ない。すぐに取り外してくれ。そして、ごく普通の階段に作り直してくれ。
小石川 といわれましても、もったいないですよ。結構な金額かかっていますから。
英雄 いくらなんだ。最新の人工知能ってのが。
珠代 ま、いいじゃない。お金は私の方からお支払いすることになっているから。
英雄 何?俺にだまってそんな契約をしたのか?
珠代 いい契約条件があったのよ。
小石川 当社自慢の階段ローンです。
珠代 内緒にしていたのだけれど、新しく仕事始めますのよ。
英雄 何だ?ビーズ細工か?
珠代 ビーズ細工では稼げません。パートに出るのよ。朝、昼、晩と。
英雄 そんなに稼がなきゃ返せんのか。その階段ローン。
小石川 落ちたら真っ逆さまで。アハハ。
珠代 階段のため、働くことができるのなら幸せなことよ。
英雄 何が幸せか。
珠代 あなた、御託を並べないで、一度カタルときちんと向き合ってくださいな。
英雄 何だよ。向き合うって。たかが階段だろ?
カタル はじめまして。
英雄 おい。誰か小さなお子さんのお客さんだよ。
珠代 ちがいますよ。よく聞いてくださいな。
カタル はじめまして。
英雄 外からじゃないのか。
珠代 怖いわ。それこそ空耳よ。
カタル おとうさん。
英雄 え?
カタル おかあさん。
珠代 は~い。お母さんよ。
英雄 カタル?
カタル うん。僕、カタル。おとうさん?
英雄 そうだよ。カタル。かわいらしい男の子だ。おとうさんだよ。苫米地家にようこそ。
珠代 よかったねえ。おとうさんに受け入れてもらって。
英雄 さあ、行こうか。
珠代 え。
英雄 二階へ。一緒に。
珠代 はい。
英雄 ねえ。カタル、連れてってよ。
カタル OK。パパ。ママ。
英雄 パパ、ママだって。
小石川 (小声で)わざとらしい。じゃ、僕、失礼します。



終わり



 

砂山銀座サザンクロス商店街で砂山劇場2018「サザンクロスで待ち合わせ」を上演した

カテゴリー │ブログで演劇

6月3日(日)砂山銀座サザンクロス商店街で行われた
路上演劇祭Japan in 浜松2017-2018で、
砂山劇場2018として、
「サザンクロスで待ち合わせ」という作品を上演。

砂山町の街歩きから始まり、
徐々にメンバーを集め、
戯曲を作成し、
この日12時25分~上演に至る。
以下、戯曲に当日の写真を組み合わせてご紹介。
撮影は、浜松写真連絡協議会の大石一彦さんと加藤寛治さん。
テーマはラブコメ。
「タッチ」のテーマソングがぴったり。


サザンクロスで待ち合わせ

作・演出:砂山劇場2018


   車掌がやってくる。
   笛を鳴らす。

車掌 サザンクロス~、サザンクロス~。



   砂山楽団が ひもで電車ごっこをしながらやってくる。
   線路の位置にひもを置く。
   駅の位置に新幹線を置く。
   友子が向こう側からやってくる。
   スマホを打ち込む。



   楽団員が友子のスマホの文字を読む。
  
友子 駅ついた。

   楽団員が幸夫のスマホの文字を読む。



幸夫 どっち?
友子 どっちって?
幸夫 北口か南口。

   友子、北か南かきょろきょろ。

友子 方向音痴だし。
幸夫 何ある?
友子 いえやす。あたまにうなぎ。みどり。木で出来てる。
幸夫 出世大名家康君。
友子 何それ?いえやす?くん?
幸夫 なんでもいい。そこ北口。南口へ。
友子 なんで南なの?
幸夫 浅倉南とか。南ちゃん。
友子 誰?
幸夫 タッチ。

   楽団員がアニメ「タッチ」の曲を歌う。



友子 昭和・・・(てんてんてん)
幸夫 とにかく南へ。
友子 OK。

   友子はひもをまたぐ。
   
友子 南口ついた。どこ?
幸夫 サザンクロス。
友子 かっこいい。
幸夫 そうかな。
友子 今サザンクロス?
幸夫 いや。おじいちゃんと散歩中。
友子 散歩?
幸夫 まあいいじゃないか。
友子 いいけど。
幸夫 もう少し時間かかりそう。
友子 どれくらい。
幸夫 わからないけどもう少し。
友子 わかったら連絡して。
幸夫 了解。

   友子はスマホをしまい、南へ向かい歩き出す。
   歩いた先にテープがひかれ、道ができる。
   友子は去っていく。
   楽団員から、ミリヤとまりやが北口に立つ。
   楽譜を手に語りだす。

ミリヤ あつくないですか。
まりや わたしのせいじゃないんですけど、きょう特別あついかも。一枚多かったかも。一枚脱ぎたいかも。
ミリヤ 高くないですか。
まりや 高いかも。
ミリヤ 新幹線からは見えなかった。

   二人は上を見上げている。



ミリヤ ここでやるんですよね。吹奏楽の大会。
まりや ホールはもっと下ですね。
ミリヤ もっと下?
まりや もっと下。
ミリヤ もっと下?
まりや もっと下。
ミリヤ もっと下?
まりや もっと下。
ミリヤ もっと下?
まりや そこ。
ミリヤ 地下ですけど。
まりや ホールあるのそこですけど。
ミリヤ そうなんだ。
まりや 明日そこで演奏するんですよ。
ミリヤ わたし、どこでやっても一緒だから。
まりや ・・・あれ、何に見えます?

   ミリヤ、考えている。

まりや (出そうもないので)ハーモニカ。

   楽団が、アクトタワーがあるあたりに縦向きにハーモニカを置く。

ミリヤ もっと大きいの考えてた。ピサの斜塔とか、イースター島のモアイ像とか。キリンとか。チューバの大石とか。身長二メートルの。
まりや 大石・・・。音楽の街らしいです。
ミリヤ そうか。だから今から行くの楽器博物館なんだ。遅いなあ。友子。
まりや わたしたちが早く着きすぎたんですよ。
ミリヤ ハーモニカねえ。ジャックと豆の木の巨人が吹くのかなあ。横からかぶりついて。むしゃむしゃと。
まりや 想像するとずいぶん怖い。横からかぶりついてむしゃむしゃと。チューバの大石。身長二メートルの。
ミリヤ 何て言う建物?
まりや アクトタワー?

   楽団からハーモニカの音色が流れてくる。

ミリヤ 待ちますか。
まりや そうしますか。

   友子が現れ、スマホを操作。



友子 まだ?
幸夫 もう少し。今どこ?
友子 川がある。
幸夫 新川?
友子 新しいんだ。

   友子はさがす。

友子 うん。新川。
幸夫 川を南へ。
友子 やっぱ南?
幸夫 川沿い美術館。
友子 美術館?
幸夫 歩けばわかる。
友子 歩く。わかったら連絡して。
幸夫 了解。

   友子は新川沿いを歩き出す。
   新川の川べりの絵の写真が置かれる。



   北口にいるミリヤとまりや。

まりや 遅い!
ミリヤ 返事は?
まりや (スマホをみて)なし。
ミリヤ 既読は?
まりや 既読スルー。
ミリヤ 電話する。

   ミリヤ、スマホで電話。
   着信音。
   友子、スマホを見るが電話に出ない。
   ミリヤ、電話を切る。

ミリヤ 出ない。

   ミリヤ、スマホを見る。

まりや こっちも返事きた。

   まりやもスマホをみる。

友子 ごめん。南にいるので行けない。二人で行ってて。
ミリヤ え~!三人で楽器博物館行こうって約束したんですけど。
まりや (小声で)楽器を演奏するのが好きであって、見るなんて意味がないっていってたのに。
ミリヤ まさか。
まりや え。
ミリヤ 幸夫君。
まりや ああ。もったいないよねえ。トランペット上手だったのに。
ミリヤ 確か、ここ出身。
まりや そうなの?だら~、だら~(遠州弁方言)って言ってたの、ここなの?
ミリヤ 大学辞めて、地元戻ってるって。
まりや ふ~ん。それがどうかしたの?
ミリヤ 友子、幸夫君に会いに行ってるのよ。
まりや まだあきらめられないんだ。
ミリヤ 大会の前に、何やってんのよ。フラれた男に会いにいくなんて。
まりや あきらめろ!って言ったのに。
ミリヤ 連れ戻しに行こう。
まりや 楽器博物館は?
ミリヤ 楽器博物館と友達とどっちが大事?
まりや どっち?って。
ミリヤ 行くよ。南へ。
まりや 南?
ミリヤ 駅を北から南へ突っ切って。
まりや 北から南。ああ。
ミリヤ まあ、すぐでしょ。早く連行出来れば、楽器博物館も行ける。
まりや やった。行こう。南へ。

   友子はスマホを見る。
   
ある男 砂山と名がつけられたのは、昔このあたりが砂丘であったからです。



友子はスマホに打ち込む。

友子 送った?
幸夫 送ってない。これ誰?
友子 こんなことある?
幸夫 ラインに入り込んでる。
ある男 見渡す限り砂の丘と松ばかり。

   楽団員が、ブルーシートを地図の上に敷く。
   ミリヤとまりやは、駅があった場所で立ち往生している。




まりや 南へ行けない。
ミリヤ あれ?

   ミリヤが、スマホをしきりに操作している。

ミリア アプリが消えていく。
まりや 電話は?
ミリヤ あ、ない。
まりや (自分のスマホをみて)あ。

   ミリヤとまりやは、南をさがして、消えていく。

ある男 その地は、江戸時代の享保年間から開墾が始まり、文久、元治にかけて一大美田が造成され、明治三十年ごろまでは、ほとんど田んぼでした。

友子 これってハッカーのしわざ?
幸夫 俺たちのラインに入ってくるハッカー?
友子 今どこ?
幸夫 もう少し。
友子 電話していい?
ある男 明治から昭和にかけて、大手工場が進出して、発展の源となりました。帝国製帽、浜松ガス、遠州織機など。
幸夫 待って。
友子 電話する。(電話しようとする)
幸夫 俺が住んでいる町の話だ。
友子 ・・・(電話をやめる)
ある男 明治二十二年に東海道線が開通。砂山町の北側に浜松停車場が出来ました。
幸夫 今のJR浜松駅。

   楽団員が、ブルーシートを取る。

ある男 昭和に入ると、老舗商店が中心となり、「励み会」を結成。商店会活動に力を入れ、売り出しの時、抽選の特賞にはタンスを出すのが恒例で、これがまた大好評。

   楽団員が、カランカランと特賞を知らせる鐘を鳴らす。

楽団員 タンス、大当たり~!
ある男 下町らしい活気をさらに盛り上げたのが、「公設市場」や「あけぼの市場」。八百屋さんや魚屋さんの威勢のいい声が響いていました。

   楽団員たちが、「らっしゃい、らっしゃい~」などと賑やか。
   爆撃の音がする。

ある男 第二次世界大戦のとき、浜松で最初に爆弾が落ちたのが砂山町。あたり一面焼け野原。北を見渡すと、松菱だけがポツンと残ってい ました。その松菱も今はありません。

   「焦土と化した市中心部」の写真を置く。



ある男 町を立て直そうと、みんな必死に頑張り、次々と商店ができ始め、商店連盟もいち早く結成しました。

   友子は、続々割り込んでくるスマホの画面を見ている。

ある男 復興後の商店会活動第一の事業として、昭和三十年、ネオンアーチをとりつけました。昭和四十三年、砂山銀座通りに、アーケードが 出来ました。昭和六十二年、新たに砂山銀座サザンクロスとして生まれ変わりました。

幸夫 サザンクロス。

   友子は画面を見ている。

幸夫 おじいちゃんが、料理屋をやっていた。

   友子は画面を見ている。

幸夫 親父は、そこで生まれた。

   友子は画面を見ている。

幸夫 親父が子供の時、商店街が遊び場だった。

   友子は画面を見ている。

幸夫 商売のじゃまになると、おじいちゃんから怒られた。

   友子は画面を見ている。

幸夫 親父は店を継がず、サラリーマンになって、俺たち家族を養った。
ある男 東海道線は北と南を分断していました。

   楽団員が、通行止めの標識を置く。
   ミリヤとまりやが現れる。
   地図の線路の前で立ち止まる。
   ミリヤとまりやは、「平田の踏切」の方へ行く。

ある男 平田(なめだ)の踏切は一日二百回以上合計十時間も遮断機が降りていました。三十分も待たなければいけない時もあり、「開かずの踏切」と呼ばれていました。

   楽団員が「平田の踏切」を置く。



まりや 三十分も待つの?!
ミリヤ あっち行こう。

   南に抜ける道をさがして、反対方向へ向かう。

ある男 松江の地下道は狭くて、車が通る脇を北と南を移動するのは、歩行者にとって、命がけでした。

   楽団員が「松江の地下道」を置く。
   ミリヤとまりやは車をさけて、地下道を命がけで通りぬけようとする。
   必死の思いで通り抜ける。

まりや 南に来たものの、どこだろう。ここ。知らない場所なのに、懐かしい。

   ふたりはあたりを見渡している。
   北側をゴトンゴトンと電車が通る音がする。
 
ミリヤ 手を振っている。
   
   ミリヤはそちらに向かい、手を振る。
   まりやも負けじと手を振る。
   電車は行ってしまった。
   
ミリヤ 友子~。

   呼びかけるが、返事はない。

まりや 携帯電話がなかったころ、待ち合わせ場所で会えなかったとき、どうしていたんだろう。
ミリヤ その日は、永遠に会えなかったかもね。
まりや 糸電話、あるでしょ?
ミリヤ 糸電話?幼稚園の時、作った。
まりや 糸電話の糸を伸ばしていくと、延々と続いていってね・・・。

   楽団員が、糸がついた紙コップをまりやに渡す。
   まりやが、糸の先を延々と伸ばしていく。
   できるだけ伸ばしたら、糸の先を紙コップに取りつけて、観客のひとりに渡す。
   即席の会話ごっこをする。



ミリヤ、まりや 友子~。
ある男 昭和五十四年十月、東海道本線の高架化事業が完成。それまで線路で分断されていた北と南の移動がしやすくなりました。

   友子が、スマホを見ている。

友子 どうして大学やめちゃったの?

   幸夫の返事はない。

友子 誰にもなんにも言わずに。
幸夫 うるさいな。
友子 うるさいって、なによ。
幸夫 関係ないだろ?
友子 関係ないことないよ。
幸夫 ない。
友子 ある。
幸夫 会うの、やめよう。
友子 いやだ。
幸夫 明日、大会だろ?
友子 明日だから。今日は大丈夫。
幸夫 会っても、意味がない。
友子 せっかくここまで来たから。
幸夫 行くとこ、ほかにもあるよ。お城とか興味ある?
友子 全然ない。
幸夫 そうだ。楽器博物館!
友子 ミリヤとまりやと行くことになっていた。
幸夫 あ、ふたりは元気?
友子 今は私のことだけにして。

   幸夫の返事はない。

友子 トランペットは?
幸夫 まだあるよ。
友子 吹いてる?
幸夫 いつかね。
友子 あ、そうだ。おじいちゃんは?大丈夫?
幸夫 大丈夫だよ。
友子 ・・・おじいちゃんと散歩って。
幸夫 俺が、車いすを押している。

   友子の返事はない。

幸夫 そろそろ戻る。
友子 わたしも行く。サザンクロス。

   幸夫の返事はない。

友子 行くから。幸夫君が住んでいる町知りたいから。見たいから。感じたいから。どんなところで生まれ、誰と出会い、何を見て、どんな風に育ったのか知りたいから。それと、幸夫君のおじいちゃんにも会いたいから。
幸夫 俺さ、今、料理の勉強してるんだ。

   友子の返事はない。



幸夫 おじいちゃんに教えてもらって。もうじき、この町の店に修行に入る。
友子 へえ。
幸夫 トランペットも吹くかもね。
友子 修行がつらくて、泣きながら吹いてたりして。
幸夫 店の裏でね。
友子 うるさくて怒られるよ。
幸夫 あ、祭りでラッパを吹いている。うますぎるけど。

   お祭りラッパの音がする。

友子 そういえば、文字だと、だら~じゃないね。
幸夫 会えば、だら~だよ。

   友子は、サザンクロスへ向かう。

ミリヤ 見てよ。楽器工場。

   楽団員が、小さなピアノを置く。



まりや ほんとだ。
ミリヤ 楽器博物館のかわりに見ていきますか?
まりや また今度。わたしは、明日、いっしょうけんめい、演奏するよ。
ミリヤ おー。おー。
まりや あ、スマホ復活。
ミリヤ 文明開化!
まりや 明治維新か!
ミリヤ マップマップ。

   まりやが、スマホを操作。

まりや この道、まっすぐ行くと、射程距離、サザンクロス。
ミリヤ 進もう。
まりや 進もう。
ミリヤ 南十字星に向かって。

   河合楽器からサザンクロスへ続く道が、テープで描かれる。
   ミリヤとまりや、サザンクロスへ向かう。
   友子、ミリヤ、まりやは、楽団員たちのところに合流する。
   車掌が笛を鳴らす。



車掌 サザンクロス~、サザンクロス~。 
                            おわり    




 

逃げる女

カテゴリー │ブログで演劇

   『道路工事中』の標識。
   穴を掘っているキリ。




交通安全屋「何、掘ってるんですか」
キリ「わかんない?道路工事中。邪魔しないで」
交通安全屋「そんな恰好で。ここ掘れワンワン。お宝がザックザク」
キリ「うるさい。あっち行ってよ」

   ブレーキ。
   ドアが開く音。
   キリ、掘るスピード速める。
   そして、掘った穴に消える。
   追っ手現れる。



追っ手「女がいなかったか?」
交通安全教室屋「ここに」

   穴を示す。

追っ手「逃げたか」

   追っ手、穴にもぐり、あとを追う。
   『自動車専用』の標識。



   キリ、車に乗り込む。
   『すべりやすい』の標識。



   すべった様子。
   ブレーキ音。
   『落石のおそれあり』の標識。



   落石をよける様子。
   落石の音。
   『10キロ制限』の標識。



キリ「10キロ制限?そんなのんびりしてられない」

   アクセルふかす音。
   交通安全教室屋が吹くホイッスルが鳴り響く。
   『一時停止』の標識。



交通安全教室屋「はい~。速度オーバーですよ~。止まりなさい~」
キリ「冗談じゃない」

   もっとアクセルふかす。

交通安全教室屋「はい~。10代。ティーンエイジ~。あんた10代~」
キリ「ティーンエイジ?10代?私の10代なんてどうだっていいじゃない」

   アクセルふかす。

交通安全教室屋「こら~。あんたの10代~」
キリ「私の10代。まだかわいかったさ。女子高で、下級生から手紙もらったりして。校門出れば、男たちが待ち構えてた。それを私はプイとやりすごしたりして。でも、まいいや。若かったし。その頃、何を考えてたんだろ。夢は?そんなこと考えてる暇なかった。少しは考えとけばよかったかな。わたしは将来こうなりたい!とか。・・・ま、仕方ない。その時はそう思わなかったんだから。まるで毎日が遊園地。今日はどのアトラクション乗ろうか。ジェットコースター。ウォータースライダー。フリーフォール。コーヒーカップも楽しいし、観覧車でまったりもいいか。ソフトクリーム2個買って、彼に向かって走ってきたら、よろけて、クリーム落としちゃったりして。映画で言うとスティーブン・スピルバーグ。宇宙人や恐竜やサメと出会ったり、魔宮に迷い込んで冒険したり」



   『20キロ制限』の標識。



キリ「20キロ制限。そんなのはるかに越えてるよ」

   アクセルふかす。
   『一時停止』の標識。
   ホイッスル鳴り響く。

交通安全教室屋「止まれって言ってんだろうが~。20代~。あんたの20代~」
キリ「20代か。何だろ?OLって。簡単に女の仕事、アルファベット2文字にしないでよ。オフィスレディー。事務所女か。仕事はまあ、そこそこやればいいのよ。でも楽しかった。みんな私にちやほやしてくれた。パーティー、合コン、高価なプレゼント。洋服もバッグも今では残ってないけど。指輪やアクセサリー、どこかにまとめて放り込んであるかな。それ開けると男と男が時代を超えてけんかし合ったりして。そんなもの捨てちゃえ?きれいさっぱり買い取り専門の店に持っていけばいい?プレゼントくれた男それぞれに値段がつくのよ。このネックレス・・・2000円ですね。・・・やっぱり、捨てられないのよねえ。あんまり趣味が合う人いなかったかな。一緒に映画観に行く時も、この人はこの映画ならいいかな、なんて考えて選んだりして。観ている時も、この隣の人は楽しんでいるんだろうか。そんなことばかり考えて、疲れて・・・結局別れてしまう」

   『30キロ制限』の標識。



キリ「30キロ制限。もう止まれないっていうの」

   アクセルふかす。
   『一時停止』の標識。
   ホイッスル鳴り響く。

交通安全教室屋「止まらんか~。交通ルール守らんか~。30代~。あんた30代~」
キリ「30代か」

   電話の呼び出し音が鳴り響く。



キリ「運転中だよ。出れないよ」

   激しく鳴り響く。

キリ「(電話に出る)ダイエット合宿の案内?いいよ。そんな太ってないし。太ってるように見えます?電話じゃわからない?それはそうですね。健康食品もエステもぶら下がり健康器も間に合ってます。結婚紹介所?失礼ですがおひとり?少しも失礼じゃないですよ。独身ですよ。そうです。おひとりです。さみしくはありませんから。休日はスポーツジム行ったり、友達とディナーしたり。男?いえ違います。最近は女同志の方が気楽で。恋人?・・・え?今は。今は、いません。ちょっと前まではいましたよ。いない時期なかったんですけどね。どうしちゃったんだろ?あたしがだめだったって言うか。あ、あたしが!ですよ。他の人は知りません。他の人だったらうまくいくかもしれない。あくまで、あたしが彼のことだめだったんです。同い年の彼。付き合いは長かったんですけど。20代から知り合いで。この人と結婚するんだろうなって思ってた。ま、別れちゃえば一緒ですよね。3日付き合った男と変わんない。その後、スクランブル交差点で、若い女と手つないで歩いてるとこ見たんですけど、なんとも思わなかった。私、ひとりで映画見に行くところだったんですけど。え?何の映画?そうだ。ジュリア・ロバーツの・・・。題名は・・・。恋愛映画?そうですよ。オーシャン11じゃなかったことは確か。ひとりで映画は行きますよ。映画観るのは私の10代のころからの趣味ですから。いつも一人で行くんです。一人で観るのが好きなんです。暗闇の中、シートにうずまって。なに言わせるんですか。あなたどなたですか?テレホンアポインター?ノルマがあるんでしょうけど、私は買いませんから。結婚紹介所にも入会しませんから。お仕事頑張ってください!(電話切る)」



   パーっと激しいクラクション。
   大型トラックが猛スピードで走り去る音。
   キリ、あわてて、ハンドルを切る。
   『追い越し禁止』の標識。



キリ「な、何考えてんのよ。交通標識見なさいよ。追い越し禁止だよ。しかも30キロ制限。よ~し。抜き返してやる」

   キリ、気を入れなおし、アクセルブインと踏む。
   激しいエンジン音。
   ホイッスル鳴り響く。
   『一時停止』の標識。
   交通安全教室屋、必死に止めようとする。

交通安全教室屋「ストップ。ストッ~プ!!」

   キリ、ひたすら前を見て、アクセルを踏みこんでいる。
   急にハンドルを切る。
   『右方屈曲あり』の標識。



キリ「わ。何?今の曲がり角。曲がり角。・・・なんか、今曲がった。肌?体力?誰かを愛する気持ち?」

   キリ、首をふる。

キリ「い~や。そんなことない。絶対ない。無敵の私に限ってそんなことあるわけない!・・・やだ。霧が出てきた。前よく見えない。トラックどこ行ったのよ。走っても走っても、全然追いつかないじゃない。何だよ。このおんぼろ車。今までの人生こんなおんぼろ車乗ったことないよ。もっと高くて、速くて、乗り心地のいい車ばっかりだったよ。捨ててある車なんかこんなもんかよ。戻ろう。来た道を戻ろう」

   ハンドルを切ろうとする。
   『Uターン禁止』の標識。



キリ「Uターン禁止・・・。戻れないの?もう、戻れないのっ!」
上司の声「上野キリ君。この会社、長くいるからよくわかってると思うけど、いつまでも若い時のOL気分じゃ、この会社にいれないよ。時代は変わっているんだ。会社も変わらないと。君もね」
恋人の声「キリ、長くつきあってきたけど、おまえ、俺じゃなくてもいいだろ?・・・俺はキリじゃなきゃダメだったんだけどな」
キリ「そんなこと、そんなこと今言わなくてもいいじゃない。後にしてよ。・・・わっ!」

   激しくぶつかる音。
   キリ、ブレーキかける。



キリ「え!何?今なんかぶつかった?人間?ひいちゃった?」

   『動物が飛び出すおそれあり』の標識。



キリ「鹿?あ、動物が飛び出すおそれあり」

   キリ、車から降りる。
   あたりを探す。



キリ「おかしいな。何かにぶつかったはずだけど」

   あたりを探す。

キリ「気の勢だったのかな。まさか。確かにいやな実感あった」

   車を見ている。

キリ「行こう。ゆっくり行こう」

   エンジンかけるがかからない。

キリ「かからない。どうしちゃったんだろ。なおそうか」

   キリ、車をしきりに見ている。

キリ「私、パンクしたタイヤひとつ換えたこともないんだよね」

   一応粘る。

キリ「全然わかんない。男がいればな・・・」

   その考え気持ちの中で否定する。

キリ「・・・歩こう。車のことは自分じゃできないけど、歩くのは自分の足だ」

   キリ、歩き始める。
   追っ手、やってくる。

追っ手「ようやく見つけたぞ」
キリ「な、何よ」
追っ手「待て!」
キリ「待て?逃げるの?私、逃げるの?」

   キリ、逃げる。

キリ「あんたが追いかけるから逃げるんだよ」

   追っ手、追う。
   出ていく。
   誰もいない。
   しばらくして、キリ、疲れたようすでやってくる。

キリ「ここ、どこだろう。何キロ走ったんだろう。何時間走ったんだろう」




   後ろを振り返る。
   誰もいないのを確認する。
   汽車が走る音。
   『踏み切りあり』の標識。



キリ「踏み切りあり。線路の先を行けば、駅に出る」

   歩き始める。

キリ「その駅があるところはどんな町だろう。水、飲みたいな。おいしいお水・・・どんな水でもおいしいだろうな。井戸かな。水道かな。きりりと冷やしてコップに注がれた一杯の水かな」

   水を飲む。



キリ「あ~(おいしそう)。その町、どんな食べ物あるかな。名物はなんだろう?先ずはご飯だな。白いご飯。漬物と塩コンブ。梅干し。焼きノリ。納豆。焼たらこに塩じゃけ。卵かけご飯。お代わりください!・・・やばい。余計おなかすいた。こんなにおなかすいたの生まれて初めてかも。生まれたての赤ちゃんなら、泣けばお母さんがやってくる。・・・泣こうか。泣いちゃおうか。赤ちゃんじゃないのに。エ~ンエ~ンって」



   汽車が走る音小さくなる。

キリ「え?何で?どこ行っちゃうの?」

   音、消える。

キリ「え?」

   立ち止まる。

キリ「卵かけごはん・・・」

   追っ手があらわれる。

追っ手「見つけたぞ」
キリ「わっ!しつこいなあ。私が何やったって言うのよ」

   追っ手、ピストルを取り出す。

キリ「え?」

   追っ手、構える。

キリ「え?何?どういうこと?本物?」

   追っ手、上に構えて撃つ。
   拳銃音。
   またキリに向ける。



キリ「やだ。死んじゃう。そんなの命中したら私、死んじゃうじゃない」

   キリ、ピストルをけりあげる。
   キリ、逃げる。

追っ手「(ピストル拾い)待て」

   撃つ。
   拳銃音。
   何度か拳銃音。
   汽車が近付いてくる音。
   キリ、耳を澄ませる。

キリ「線路は?線路はどこ?」

   汽車がやってくる。(荷台のようなもの)
   キリ、飛び乗る。



   追っ手、ピストル撃つ。
   キリ、身をよけながら、汽車は移動し、逃げていく。

キリ「何?これ。西部劇?荒野の用心棒?クリント・イーストウッド?」

   追っ手、離されていく。
   そして、去っていく。

キリ「(遠くを見て)どこだろう。(近くを見て)誰だろう。知らない場所。知らない人たち。この汽車、どこへ向かっているのだろう。・・・いいさ。自分で決めるんじゃないもの。行先は・・・任せるさ」

   『40キロ制限』の標識。

キリ「40キロ制限・・・」
交通安全教室屋「40代~。40代~」
キリ「・・・40代か。何があるんだろう・・・。あ、町だ」

   『徐行』の標識。



キリ「徐行。スピードダウンか。それもいい。ゆったりとお風呂につかろうか。懐かしい友達に手紙を書こうか」

   キリ、手を振ったり、誰かに呼びかけたり。
   懐かしい故郷に帰ってきたかのよう。
   汽車、止まる。
   キリ、降りる。
   人々がやってくる。
   そこに走ってやってくる人。
   追っ手が変装している。
   ぶつかりそう。

キリ「ストップ。ストッ~プ!」

   『一時停止』の標識。
   キリ、それを持つ。

キリ「ちょっと止まって。そんな全速力で走ったら、ぶつかってしまうから。気持ちはわかる。気持ちは。でもね。標識を見て。『止まれ』だよ。もしも信号機が赤だったら、止まろう。青になるまで待とう。なかなか青にならないかもしれない。でも、そこであせらないで。ちょっと考えてみよう。自分の道を。来た道。行く道。いろんな標識があったし、守ったり、守らなかったり。守れなかったり。交通標識、交通ルールは守らなくちゃいけないけど、自分の標識、自分のルールはいろいろだ。自分で決めればいい。もちろんうまくいかないこともある。でも大丈夫。そんな時は自分のルール、変えちゃえばいい。こう生きなきゃいけないなんてないんだから。こう生きたい。それだけでいいじゃない。今まで、何本の映画を見てきたかな。映画を見ながら、いつも思ってたこと。ああ。いろんな生き方あるんだな。自分の生き方はどんな映画に見えるんだろう。みなさん。横断歩道は手をあげて、左右を見て、安全をしっかりと確認して、それから、自分の歩き方で進みましょう。さあ、青ですよ。どうぞどうぞ。」



  『通行止め』の標識。
   追っ手、それを持ち、変装を解く。



追っ手「通行止め。これ以上は進めないんだよ。つかまえろ」

   ほかの人々も、キリをつかまえにかかる。

キリ「え?」

   キリ、気を取り直し、ボディアクションで戦う。
   しかし、つかまる。

追っ手「いい加減、観念しろ」

   キリ、観念した様子。
   交通安全教室屋、『非常口』のマークを持ってくる。



キリ「ねえ、私、あきらめるよ」
追っ手「そうか。ようやくあきらめたか」
キリ「頑張っても無理なことあるって、よくわかった」
追っ手「わかればいいんだ」
キリ「ね。教えてよ。どうして、私を追いかけたの?」
追っ手「・・・ん?何だろ?そうだな。あんたが逃げてたからだ」

   キリ、追っ手たちが気がゆるんだすきに、すりぬける。



   『非常口』に飛び込む。
   交通安全教室屋とともに去っていく。
   追っ手たち、取り残される。

追っ手「何ぼやぼやしてるんだ。追え。地獄の果てまで追いかけるんだ!」

   男たち、追いかける。
   追っ手も追いかける。




                                   おわり


「逃げる女」は2009年に、はままつ演劇・人形劇フェスティバルで上演した
劇団フィールド「STOP!」の何本かのオムニバス作品の内のひとつです。
写真は劇団からっかぜの布施さんが撮影してくださいました。
ひとりの女の10代~40代の人生を交通標識に載せて、表現しました。
出演者のみなさま、写真掲載させていただきました。     寺田



 

鬼と私の居ぬ間に その7

カテゴリー │ブログで演劇

浦島「忘れてた。ここで待ち合わせしてたんだ」
小夜子「どなたとですか?」
浦島「かぐや・・・」
雪「かぐや姫?」

   お神楽が鳴り響く。

菊「かぐや姫の登場だ」

   なかなか出てこない。
   少しだけ出てくる。

家具屋「あの~」
みんな「・・・」
家具屋「とっても出にくいんですけど」
雪「かぐや姫?」
家具屋「いえ。家具屋ですけど。浦島さんに呼ばれまして。お嫁さんがいらっしゃるので、新しい家具をしつらえたいと」
小夜子「え~。お母様、ありがとうございます」
浦島「家具屋さん、こっちこっち」

   家具屋、やってくる。



家具屋「当店の家具は日本伝統の職人技を特徴としています」
菊「家具はやっぱり日本が一番かい?」
家具屋「もちろんです。日本人のこまやかさにはなかなかかないません」
菊「うちの息子は嫁と一緒に遠いデンマークって国で、自分たちの家具を作っている」
家具屋「それもいいですね、きっと。詰まった真心が受け入れられてるんでしょうね」
百合「お母さん・・・」
家具屋「すみません。調子いいですか?でもたぶんどちらも素敵なんですよ」
夕子「楽しいね。歌でも歌おうか」
雪「白井雪、雪国歌います。追いかけて~、追いかけて~」



浦島「ゴミの分別あいうえお歌いましょう」




宇佐山・亀村「え~」
百合「何ですか?それ」

   『一月一日』の前奏流れ出す。
   そのメロディーで歌いだす。



亀村「ゴミの分別あいうえお」
みんな「あ!」
小夜子「空き缶空き瓶資源ゴミ」
みんな「い!」
家具屋「いらないものなら買うんじゃない」
みんな「う!」
夕子「うちのとうちゃん粗大ゴミ」
みんな「え!」
雪「遠慮はいらないこきつかえ」
みんな「お!おかげで我が家にゴミはなし」
雪「浦島さん、これに振りをつけて、盆踊りでも踊ろうって」
みんな「え~」

   大ブーイング。
   そして、大笑い。

百合「あ」

   百合、時計を見る。

百合「みなさん。私、もう帰らないと」
夕子「え?デンマークへ?」

   百合、うなずく。
   

雪「え~。今夜は夕子と3人でいっぱいしゃべろうと思ったのに」
百合「ごめん。最初からその予定だったんだ。デンマークまで日本から10時間半。大事な仕事の用がある。大きな契約になりそうなんだ。主人と一緒に出るの」
雪「また会おうね。絶対会おうね」



百合「うん。もちろんだよ。(菊を見る)お母さん」

   百合、菊の方へ向かう。




百合「決めるのはお母さんなんですね。でも、私たちは待ってます。来たくなったらいつでも連絡ください。また会いに来ます」
菊「菊夫と孫の顔も見たいわあ」
百合「わかりました。みなさん、うちの母をよろしくお願いします」
みんな「こちらこそ」
百合「さようなら」
みんな「さよなら」



   百合、去っていく。

菊「帰るよ。店が心配だ。枯れ木に花を咲かせましょう~」

   と言いながら去っていく。

宇佐山「花咲ばあさん?・・・そうだ。夕ごはんの支度が」
亀村「明日もまたゴミ当番。かぎ開けなきゃ」

   ふたり、別方向に去っていく。

雪「あ、息子」
夕子「もう帰ってきて、お腹すかして待ってるよ」

   ふたり、別方向に去っていく。

浦島「家具屋さん、家で新しい家具の相談しようか」
家具屋「はい」
小夜子「お母様、昔はよかったですか?」
浦島「今もまんざらでもないけどね」

   侍従が出てくる。



侍従「姫、お帰りの時間です」
小夜子「姫?」
家具屋「私、もう帰らないと」
浦島「どこへ?」
侍従「月へ」
家具屋「すみません。さようなら」



   お神楽が鳴り響く中、家具屋姫、侍従とともに月へ帰っていく。



小夜子「かぐや姫?・・・」
浦島「帰りましょうか」
小夜子「帰りましょう」

   浦島と小夜子、仲良く帰っていく。




            おわり

  



 

鬼と私の居ぬ間に その6

カテゴリー │ブログで演劇

   百合が飛び出す。
   角が下に落ちる。
   鬼が拾おうとする。
   桃子が角を蹴飛ばす。
   みんな、一斉に角に飛びつく。
   誰かが拾い上げ、上に掲げる。

浦島「早く燃やしちゃいましょ」
桃子「それ危険物です。資源ゴミにもなりませんから」



   桃子が拾った人から角を預かり、しまいこむ。
   みんな、あらためて鬼に豆を投げる態勢。



百合「みんなで投げると、世界から、悪いことはなくなるんだよね」
夕子「少しはまともな世の中になるかもね」
雪「息子も少しはいい子になるかなあ」
宇佐山「もう少しのんびりできるかな」
亀村「少しはテキパキできるかな」

   ふたり、顔を見合わせる。

浦島「私も少しはやさしくなれるかね」
小夜子「私は・・・私は今の・・・今のままのお母様でいいんです!」



鬼「・・・へへ・・・降参だ。白旗あげるよ」

   鬼、両手を上げる。



鬼「豆を投げつけるかい?ゲームセンターの鬼みたいに当たったらガオーってやろうか?」

   みんな、次々に挙げた手を降ろす。

宇佐山「このお豆、食べるとおいしいんだよね」

   宇佐山、食べだす。
   亀村も食べる。

亀村「うん。おいしい」
雪「おいしい」
夕子「・・・うまい」
小夜子「おいしい」
浦島「うんうん。おいしいね」
菊「固いものは歯が・・・(かじる)うまいのは知ってるよ」
百合「(あじわい)おいしい」

   犬山、ぼりぼり食べている。



犬山「桃子さん、これ、けっこういけますよ」
桃子「(疑わしそうに食べるが急に笑顔)おいし~い!」

   みんなで互いにすすめあったり、おいしいと言い合ったり。

鬼「俺は、どうすりゃいいんだ?」
桃子「あんたたちは退治してもまたやってくる。永遠に消えることはない。でも、また出てきても、私たちが退治してやる」
犬山「私もついていきます」
鬼「じぁあ、行くよ。またな」

   鬼、去って行く。





犬山「では我々も」
桃子「ああ」
犬山「失礼します」

   犬山と桃子、敬礼をする。
   みんなも合わせて敬礼で返す。



   2人、去っていく。


その7に続く。


 

鬼と私の居ぬ間に その5

カテゴリー │ブログで演劇

   鬼がとぼとぼやってくる。

百合「鬼?」
鬼「みなさん。僕の角知りませんか?」
百合「角?」
桃子「鬼です。鬼が出現しました」
みんな「鬼?」

   後ずさりする。

鬼「僕、鬼なんですけど、今は大丈夫ですよ~」

   鬼、手をふっている。



桃子「死んだお父さんが言ってた。鬼は角がないと力は半減する」
鬼「半減どころか、悪いことする気まったく起こらないんだよなあ。鬼失格だね。あはは」
百合「でも、鬼なんだよね」
鬼「はい~」
百合「私とお母さんがうまくいかないのもあなたのせい?」
鬼「そうかもね」
雪「息子が私の言うこと聞かないのも鬼のせい?」
鬼「かなあ」
小夜子「私が選んだセーターの悪口言われるのも?」
亀村「だって」
宇佐山「ねえ」
夕子「そんな悪気のない言葉も?」
鬼「まあ」
浦島「いつの時代も人が人を殺めることが止まらないのも・・・」
鬼「はい~。全部(少し怖い顔)おれが悪いのかなあ」
桃子「みんな下がって。鬼退治します」

   みんな、下がって、見守る。
   桃子が何か手に持っている。
   振りかぶる。

百合「何?それ?」
桃子「豆です。鬼退治には豆です。鬼は~」
鬼「俺だって死にたくない」

   鬼、人の間を縫って逃げる。
   桃子、人にぶつけそうで投げられない。
   鬼、逃げ去る。

亀村「あ~あ。逃げちゃった」
宇佐山「もうっ。亀村さんのんびりしてるから」
亀村「悪かったわね」

   宇佐山と亀村、そっぽを向く。




小夜子「私、鬼がいるところなんかに来たくない」
浦島「勝手になさい」
小夜子「本当はそのセーター気に入らないんでしょ?」

   小夜子、浦島から背を向ける。

百合「もし、鬼の角が見つかったらどうなるの?」
桃子「どれだけ凶悪になるのか私にもわかりません。世界を滅ぼすかも。精一杯がんばりますけど」
夕子「鬼ごっこどころじゃないね」
雪「バカバカしい。大人のくせに鬼ごっこだなんて」
夕子「何よ」
雪「ふん」

   雪と夕子、背を向ける。



百合「私はいやだ。お母さんと仲たがいしたままなのは」
桃子「まずい。鬼波の影響が・・・」

   百合、歩き出す。

桃子「どこへ?」
百合「花咲商店へ。お母さんの店へ」
桃子「危険です。いつ鬼の角が見つかるかわかりません」
百合「尚のことお母さんが心配よ」
桃子「本部に要請して、このあたりは緊急配置を張りました。出歩くことはできません」

   サイレンの音が響き渡る。
   照明が赤に変わる。



菊の声「なんだい。このけたたましさは。うるさいねえ」

   菊がやってくる。
   手にはすりこぎ?

百合「お母さん・・・」
菊「お嫁さん、持ってきたよ。おいしい山芋がすれるよ」
桃子「鬼の角」
菊「え?」



   鬼が現れる。

鬼「へへ。おなつかしい。俺の角だ」
百合「お母さん!」
みんな「菊さん!」

   同時に叫ぶ。

桃子「(携帯取りだし)犬山?すぐ来てちょうだい。・・・吉備団子?後からあげるから」

   鬼、帽子をとる。
   片側には角が生えている。もう片側は折れている。




雪「お、鬼だあ~」

   後ずさり。腰を抜かしたり。
   犬山がやってくる。

犬山「お待たせしました。犬山、参上しました」
桃子「猿川とキジ原はどうしたのよ」
犬山「来ません。桃子さん、吉備団子ケチるから」
桃子「国も経費削減なのよ」
犬山「みなさん、これを」

   犬山、みんなに豆を配る。

犬山「さあ、鬼めがけて投げて」
桃子「一斉に鬼は~外よ」

   みんな、豆を持ち、ふりかぶる。



百合「これ投げると、鬼はどうなるの?」
桃子「みんなで投げれば、死ぬかもしれません」
百合「死ぬ?」
桃子「悪は滅びるのです」
百合「でも悪い人、鬼、じゃなさそう」
桃子「でも鬼は鬼です」
浦島「殺すの、やめよう・・・」

   みんな、手を降ろす。

桃子「ダメです。みんなで殺してください。みなさん、幸せになりたくないんですか!私のおじいちゃんやおばあちゃんがどれだけ苦労してきたか」
夕子「みんな感謝してるって。(みんなに)ねえ」

   みんな、そうよ、そうよ。

桃子「わかってません。私だって、本当は鬼退治なんか・・・」

   鬼、菊の手から角を取り上げようとする。

菊「これは小夜子さんの嫁入り道具」
鬼「すいません。これ僕の落としものなんです」
菊「落ちていて、すりこぎにちょうどいいなと」

   菊、手を放す。
   角は鬼の手に。




百合「そんな・・・」 
鬼「これでよし」

   鬼が角を頭にはめようとする。


その6に続く。


 

鬼と私の居ぬ間に その4

カテゴリー │ブログで演劇

   帽子をかぶった男がやってくる。



男「おかしいなあ。どこ行ったんだろう?(上を見て)空から飛んできて、(頭さわり)あの電線に当たったんだよな。物質には目ってもんがあって、その目をタイミングよく切り裂くと、切れないはずの固いものもすぱっと切れてしまう。そんな感じだったんだろうな。まさか電線でなあ。あ、カラス」

   カラスの鳴き声、カーと一声。

男「くそっ。馬鹿にしてんのか。(カラスに)わ~」

   カラス、カー、カー鳴きながら飛び去っていく。

男「ここで折れたのは間違いない。あ、カラスの奴持ってったのか?カラスめ~俺の折れた角かえせ~」 

   男、カラスが去った方向を見ている。

男「こんなんじゃなあ。俺が鬼だと言っても誰も信じちゃくれない。何より、鬼としての力が、そうだな。1%、いや、0だな。まったく出やしねえ」

   男は鬼だった。

鬼「(自らを見て)ただの気のいいおっさんじゃねえか。だからカラスにもなめられるんだ。雰囲気だけでも鬼のように」

   鬼、自らを鼓舞し、鬼のように怖そうにふるまおうとする。

鬼「駄目だ。負のオーラがまったく出ない。どこだ~。俺の角~。鬼の角返せ~」

   鬼、去っていく。
   桃子がやってくる。

桃子「おかしいなあ。確かに鬼波はこのあたりだけど、あまりに弱すぎる。警戒して、どこかに潜んでいるのか。不気味だ。だからこそ、フルパワーになった時が怖い」

   桃子、去っていく。
   浦島と小夜子が買い物袋を提げてやってくる。
   浦島は似合わない派手なセーター着ている。胸に大きなくまさんのアップリケとか。




浦島「小夜子さん、どうしてもこのセーター私には若すぎると思うんだけど」
小夜子「そんなことありませんよ~。ぴったりですよ。私、お母様にはいつまでも元気でいらして頂きたいから」
浦島「(うれしいはうれしいが複雑)そうねえ」
小夜子「今夜は私の得意な山芋料理をつくりますよ。山芋を丁寧にすりおろして」
浦島「ごめん。すり鉢はあるんだけど、すりこぎ折れちゃって」
小夜子「花咲商店にすりこぎありましたよ。よさそうだったんで、予約しときました」
浦島「ありがとう」

   宇佐山と亀村がそろってやってくる。

浦島「あ」
宇佐山・亀村「(やばいという感じ)あ」
浦島「さあ、歌の練習しますよ」
宇佐山「もういいじゃない」
亀村「うぷ。(笑いこらえられない)浦島さんそのセーター」
宇佐山「あは。かっこわる~い」

   ふたり、笑いだす。

浦島「え?おかしい?ねえ。小夜子さん、このセーターおかしい?」
小夜子「そんなことありませんよ。お母様。(ふたりに)謝ってください。私のお母様に謝ってください!」
宇佐山・亀村「だって~」

   ふたり、笑い転げている。
   桃子がやってくる。

桃子「(携帯持って)鬼波が少しずつ強くなっている。みなさん。安全な場所に避難してください」
宇佐山「(笑いながら)ひなん~?」
桃子「事態がつかめないと思いますが、国からの強制的な避難命令です」
亀村「(笑いながら)何言ってんの~、この娘?」
宇佐山「おかしな人ばっかり」
亀村「ねえ」

   百合、雪、夕子がそろってやってくる。

百合「桃子さん何やってるのよ。鬼のあなたが追いかけなくちゃ、鬼ごっこにならないよ」
桃子「私は鬼なんかじゃない。鬼がこの近くにいるのよ!」

   しーんとしている。

夕子「よくわからないけど、駄目よあなた、ルール守らなきゃ」
雪「あなた、じゃんけん負けたでしょ?私たちパーだして、あなただけがグーで負けた。だからあなたが鬼なの」
桃子「私の名前は吉備野桃子。桃太郎の末裔です」
百合「ももたろう?昔話の?桃から生まれた?」
桃子「桃から生まれたのは初代桃太郎だけです。結婚して・・・」
百合「桃太郎って結婚したんだ」
桃子「以来、男の子なら桃太郎。女の子なら桃子と名付けられ、代々、鬼退治をしてきました」
全員「鬼退治~」
桃子「大和の時代から江戸、明治、大正、昭和、そして平成の今でも世の中の悪いことはすべて鬼の仕業といっても過言ではありません。戦争や飢餓、兄弟げんかも」
雪「兄弟げんか?おやつの取り合いも?」
桃子「そうです」
浦島以外「へえ~」
桃子「私は第28代の桃子です。過去には個人で鬼退治していた時代もありますが、私は国の組織に属して活動しています」
百合「国家戦略室別室・・・」
桃子「はい。正式名称、鬼対策特命1課」
小夜子「近くに鬼がいるんですか?」
桃子「はい」

   みんな固唾を飲む。



浦島「(手をぽんぽん叩き)お遊びの時間は終わりだよ。(桃子に)あなたね、人をだますのは止めなさい。狼少女になっちゃうよ」
百合「そうだね。そんな話あるわけない」

   みんな、そうね、そうね。

桃子「あ、鬼波が急に上がった!」


その5に続く


 

鬼と私の居ぬ間に その3

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   走ってきた桃子と肩と肩がかすかに当たる。

百合「イタ」

   百合、大げさな感じでよろける。

桃子「す、すみません。お怪我は?」
百合「ちょっとぶつかっただけだから、アタッ、あなた見かけによらず」
桃子「急いでいたので。もし何かありましたらここへ」

   桃子、名刺を1枚出し、百合に渡す。



桃子「肩が砕けたとか外れたとか」
百合「(読んで)国家戦略室別室 1課 吉備野(きびの)桃子」
桃子「ところでこのあたりで何か変わったことはありませんでしたか?」
百合「変わったこと?私、今日、久しぶりに来たので」
桃子「わかりにくかったですね。言いなおします。このあたりで想像しがたい出来事があったり、もしくは、想像しがたい生き物に遭遇しませんでしたか?」
百合「は?もっとわからないんですけど」
桃子「遭遇してないようですね」

   桃子、携帯取りだす。ぬいぐるみなどストラップがぐちゃぐちゃついている。

桃子「こちらピーチ。X地点に到着しました。今のところ異常ありません。ドーゾ。・・・了解しました。調査続けます」
百合「何の調査?」
桃子「一般市民には内密なもので。もしも知られるとパニックが」

   桃子、わざとらしく口をつぐむ。

百合「パニック~。面白そう。教えてよ」

   百合、桃子を背中から抱えこむ。

桃子「ム、ムリです。一般市民を巻き込むわけにはいかないんです」
百合「殺人犯が人質とってたてこもったとか。私、体力には自信あるの」

   百合、空手のフリ。

桃子「そんな問題じゃない。例えば・・・」
百合「何思いだそうとしてるの?」
桃子「地球上の強い人」
百合「え~と。ヒョードル。エメリヤーエンコ・ヒョードル。人類最強と言われている」
桃子「誰ですか?それでいい。そのひょーどるが来ようが、かなわない相手なんです」
百合「ますます興味わいちゃう。わからずやのばあさんのことはいい。そのヒョードルでもかなわない生き物をつかまえるのに私を1枚かませてよ」
桃子「遊びじゃないんです。あなたの命の保証ありませんよ」
百合「日本にいたころ好きだったんだ。家政婦さんや町内会長やフリーのルポライターが活躍するテレビドラマ」



桃子「失礼します」

   桃子、百合に敬礼をして、速足で歩きだす。

百合「待ってよ」
雪の声「待て~」

   雪のすさまじい声が聞こえる。
   桃子、びくっと止まり、ふりかえる。
   夕子が恐怖の顔で逃げてくる。

夕子「助けて~」
桃子「ん?」

   桃子、夕子の身を確保し、身構える。

桃子「(百合に)あなたも下がって!」

   雪が走ってくる。

桃子「え?」
雪「(雪国を歌い)追いかけて~、追いかけて~」

   雪、百合を見つける。

雪「百合じゃない。ひさしぶり~」
百合「雪」
夕子「百合?ひさしぶりで顔忘れちゃったよ」
百合「夕子ったら」
雪「どうしたの?コペンハーゲンから引き揚げてきたの?」
百合「ちがうよ。お母さんに会いに来たのよ」
夕子「私たちにじゃなく?」
雪「短い付き合いだったじゃない」
百合「付き合いは長さじゃないよ。そ、そうだ。雪と夕子にも会いに来たのよ。びっくりさせようと思って」

   たぶんそれはウソ。



夕子「百合、鬼ごっこやらない。雪とふたりでやってたのよ」
百合「鬼ごっこ?」
雪「ばかばかしいと思ったけど、やり始めるとはまるのよ」
夕子「(桃子に)あなたもやろう。2人より3人。3人より4人の方が面白い」
桃子「私?私は無理です。大事な任務中なんです。ごっこというよりホントの鬼・・・」
百合「やろう!鬼ごっこ!つかまえるぞ。にっくき鬼め」
雪「鬼が捕まえるんだけど」
夕子「丸くなって」

   夕子、みんなを丸くならせる。

夕子「じゃんけん」
桃子「え?」
夕子「ぽん」

   夕子、雪、百合はパー。
   桃子ひとりグー。



百合「さすが私たち気が合う」

   百合、夕子と雪の顔を見てうれしそう。

百合、夕子、雪「逃げろ」

   3人、それぞれ逃げていく。

桃子「遊んでる場合じゃない。大変なことが起きているのよ」

桃子、携帯を取り出し、画面を見る。

桃子「間違いない。確かにこの場所だ」

   桃子、走り去る。


その4に続く。



 

鬼と私の居ぬ間に その2

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   浦島、現れる。



   亀村や百合は気がつく。

亀村「(浦島の恐ろしい様子に)鬼・・・」
宇佐山「だから浦島よ。鬼ババの浦島よ」
浦島「わたしゃ鬼ババだよ」
亀村「(のんきに)あ~あ」
宇佐山「ご、ごめんなさい。わたし会長のこと鬼ババだなんて・・・」
浦島「始めるよ。ゴミ会議」
百合「ゴミ会議?」
亀村「(いやそうに)ゴミ当番が週に1回集まって反省するの」
百合「ゴミ当番?」
宇佐山「(いやそうに)ゴミの分別の違反者はいないか毎朝見張る当番」
浦島「百合さんがいたころはなかったわね。やだやだ。近頃の人たちは。あ~あ。昔はよかった。・・・でも」

   浦島、にやっと笑う。

亀村「鬼が笑った」



浦島「息子の嫁になる娘が今日来るんだよ」
百合「ああ。おめでとうございます」
浦島「今どき珍しくいい娘でね」
百合「お宅に来るんですか?」
浦島「ここだよ。わたしゃ、人と会うのはたいてい外」
宇佐山「家だと汚れるんだって」
亀村「喫茶店じゃ金かかる」
浦島「さあ、いつものように歌うよ」
百合「歌?」
宇佐山「浦島さんが考えたのよ」
浦島「ゴミの分別あいうえお」

   『一月一日』の前奏が流れてくる。
   菊が『一月一日』を歌いながらやってくる。




菊「と~し~の~は~じめ~の~ためし~とて~」

   音楽止まる。

浦島「菊さん。お嫁さんのお帰りだよ」
百合「おかあさん・・・」

   菊、百合の姿を見ると、きびすを返す。

宇佐山「わたしたち帰ります」
浦島「あ、歌がまだだよ」

   宇佐山と亀村、さっさと去っていく。

宇佐山「(亀村に)逃げ足は速いわね」

   ふたり、並ぶように去る。

浦島「菊さん待ちなさいよ」

   菊、どんどん歩いていく。

浦島「(百合に)止めなさいよ」
百合「はあ・・・」
浦島「何やってるのよ。行っちゃうよ。さあ」

   浦島、百合の肩を抱きかかえ急かす。

百合「おかあさん。待って」

   菊、少し止まるが、すぐに歩き出す。

百合「おかあさん。待って!わたしの話を聞いてください!」

   百合、渾身の声を出す。

菊「(止まって)大声でわたしを殺す気かい?」
百合「そんな。そんなことありません」
菊「帰りなさい。わたしゃあんたに用はないよ」
百合「新しい家にはお母さんの部屋もあります。菊夫さんもお母さんが気に入るようにって一生懸命考えて」
菊「どうせ菊夫のさしがねだろ?」
百合「いえ。私もお母さんと一緒に住みたいんです」
浦島「菊さん、お引っ越し?」
菊「この人たちどこに住んでいるか知ってる?」
浦島「さあ?東京?」
菊「コペンハーゲン」
浦島「・・・新しいお菓子?」
百合「北欧にあるデンマークの町です。主人と小さな家具屋をはじめまして、子供たちもずいぶん慣れてきたんですよ。家を建てて、お母さんも呼ぼうって」
浦島「ずっとそこで住むんだ」
百合「ええ。主人の作る椅子がデンマークの有名な家具のコンクールで賞をとったんです。新聞で日本人の顔をしたデンマーク人だって」
菊「菊夫は正真正銘の日本人だよ」
浦島「菊さんもそのデンマーク人ってのになるんだね」

   小夜子、やってくる。



浦島「来た来た。うちのお嫁さんだよ」
小夜子「まだ半年後ですよ。お母様ったらあ」
浦島「つい待ち遠しくて」
小夜子「みなさま、今度浦島家に嫁入りします中山小夜子と申します。小さい夜と書いて」
百合「中山小夜子?小夜の中山みたい。気をつけなさいよ。身重の女が切りつけられた話だから」
小夜子「大丈夫です。結婚したら浦島小夜子ですから。ね、お母様」
浦島「(うれしそうに)そうよお」
菊「つい長居した。店が心配だ。戻るよ」

   菊、歩いていく。

百合「(つぶやくように)お客さん来ないくせに」
菊「(ぴくんと止まり)大きなお世話だ」
浦島「花咲商店は客が来ないのに存在しているのがすごいのよ」
菊「ありがと。ほめてくれて」

   菊、すたすた歩いていく。

百合「お母さん、私、あきらめませんから。必ず親孝行させてもらいますから」

   菊、ふりかえらず、歩き去る。

百合「覚悟していてくださいね」
小夜子「お母様、行きましょう。お買いものの前にカフェでお話しませんか?おいしい紅茶とクッキーがご自慢らしいんです」
浦島「いいよ。お金がもったいない」
小夜子「心配しないでください。毎日のOL生活でコツコツためてきましたから。たまには大事な新しいお母様のために」
浦島「(涙ぐみ)小夜子さん、いい娘(こ)だねえ。ほんとの娘のようだねえ」
小夜子「(百合に)さようなら」
百合「さよなら」

   小夜子と浦島、去っていく。
   小夜子は浦島をいたわるように。
   
百合「さあ。花咲商店に乗り込むぞ」

   百合、決心したように歩き出す。


その3に続く。

※登場人物の名前に昔話に関連する言葉が入ったりしている。
ふたりきりで鬼ごっこを始めるのは、雪と夕子。
白雪姫と夕鶴である。
ゴミ当番が嫌なふたりは宇佐山と亀村。
ウサギとカメである。
ふたりが恐れるのが鬼ババと呼ばれる浦島。
浦島太郎である。
浦島家の嫁は中山小夜子。
小夜の中山である。
菊と百合の親子もセリフではまだわからないが、
その1の登場人物表にあるように、苗字は昔話らしい。



 

鬼と私の居ぬ間に その1

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鬼と私の居ぬ間に


登場人物

花咲菊
花咲百合
白井雪
鶴田夕子
宇佐山里代
亀村好美
浦島浜恵
中山小夜子
吉備野桃子
犬山芝三
家具屋姫
侍従




   
   何か落ちている。突起物。
   菊がやってくる。
   拾う。



   菊、去っていく。
   男がやってくる。
   何かを探している。



   首をひねりながら去っていく。
   雪が走ってくる。
   何かを探している。




雪「どこ行った」

   夕子が反対からやってくる。



夕子「雪」

   雪、探している。

夕子「雪!」
雪「夕子」
夕子「何か探しもの?」
雪「息子。追いかけなきゃ」

   雪、走り出す。

夕子「待ちなさいよ」
雪「あのガキ~」
夕子「雪、あんた見かけるといつも息子を追いかけてるね」
雪「やだ。そんな言い方すると、わたしの人生すべて息子みたいじゃない」
夕子「そんなこと言ってないよ」
雪「また塾さぼって、どこか遊び行っちゃったのよ」
夕子「今どき元気があっていいじゃない。あんたも息子に負けずに遊べば?」
雪「わたしが追いかけると、鬼さんこちら~って、あいつ・・・」
夕子「鬼ごっこしよう。雪!」
雪「わたしのこと鬼って・・・」
夕子「じゃんけん」
雪「え?」
夕子「ぽん!」

   夕子、グーを出す。
   思わず出した雪はパーを出す。

夕子「わたしが鬼。雪、逃げて」

   夕子、追いかける。

雪「え?えええ~」

   雪、逃げていく。
   ふたり、去っていく。
   百合がやってくる。

百合「はるか彼方からやってきたみたいだ。でも、遠いと言ってもたかが地球。将来火星に住む人が出てきたら、火星から里帰りするのかしら」

   ため息をつく。



   宇佐山が走ってくる。

宇佐山「あら?百合さん?」
百合「ども。うさぎ・・・」
宇佐山「うさぎじゃないわよ。宇佐山よ」
百合「すみません。ずいぶんひさしぶりで」
宇佐山「ご家族も一緒?」
百合「いえ。わたしひとりで」
宇佐山「そう~」
百合「宇佐山さんもおひとり?」
宇佐山「一緒に来たんだけど」

   亀村がゆっくりやってくる。

宇佐山「亀村さん、遅いよ」
亀村「あなたが早すぎるのよ」
宇佐山「時間に遅れるとまたこれが」

   頭から指をつきたてる仕草。鬼を表す仕草。

亀村「何?これ?」

   亀村も同じように指つきたてる。

宇佐山「これがこれするじゃない」

   宇佐山は鬼が怒ると言いたいのだ。




亀村「牛が」
宇佐山「ちがうわよ」

   また仕草をする。

亀村「闘牛がモーと突進する」

   宇佐山、あきれてのけぞる。

亀村「あわてた闘牛士がひっくりかえる」
宇佐山「ちがうって。またあの鬼が怒り狂うでしょ!」
浦島の声「(おちつき払った声で)誰が怒り狂うって?」

その2に続く。

※写真はまこりんが撮ってくれたものです。
2010年4月17日に磐田市アミューズ豊田 ゆやホールで公演した舞台写真です。