逃げる女

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   『道路工事中』の標識。
   穴を掘っているキリ。

逃げる女


交通安全屋「何、掘ってるんですか」
キリ「わかんない?道路工事中。邪魔しないで」
交通安全屋「そんな恰好で。ここ掘れワンワン。お宝がザックザク」
キリ「うるさい。あっち行ってよ」

   ブレーキ。
   ドアが開く音。
   キリ、掘るスピード速める。
   そして、掘った穴に消える。
   追っ手現れる。

逃げる女

追っ手「女がいなかったか?」
交通安全教室屋「ここに」

   穴を示す。

追っ手「逃げたか」

   追っ手、穴にもぐり、あとを追う。
   『自動車専用』の標識。

逃げる女

   キリ、車に乗り込む。
   『すべりやすい』の標識。

逃げる女

   すべった様子。
   ブレーキ音。
   『落石のおそれあり』の標識。

逃げる女

   落石をよける様子。
   落石の音。
   『10キロ制限』の標識。

逃げる女

キリ「10キロ制限?そんなのんびりしてられない」

   アクセルふかす音。
   交通安全教室屋が吹くホイッスルが鳴り響く。
   『一時停止』の標識。

逃げる女

交通安全教室屋「はい~。速度オーバーですよ~。止まりなさい~」
キリ「冗談じゃない」

   もっとアクセルふかす。

交通安全教室屋「はい~。10代。ティーンエイジ~。あんた10代~」
キリ「ティーンエイジ?10代?私の10代なんてどうだっていいじゃない」

   アクセルふかす。

交通安全教室屋「こら~。あんたの10代~」
キリ「私の10代。まだかわいかったさ。女子高で、下級生から手紙もらったりして。校門出れば、男たちが待ち構えてた。それを私はプイとやりすごしたりして。でも、まいいや。若かったし。その頃、何を考えてたんだろ。夢は?そんなこと考えてる暇なかった。少しは考えとけばよかったかな。わたしは将来こうなりたい!とか。・・・ま、仕方ない。その時はそう思わなかったんだから。まるで毎日が遊園地。今日はどのアトラクション乗ろうか。ジェットコースター。ウォータースライダー。フリーフォール。コーヒーカップも楽しいし、観覧車でまったりもいいか。ソフトクリーム2個買って、彼に向かって走ってきたら、よろけて、クリーム落としちゃったりして。映画で言うとスティーブン・スピルバーグ。宇宙人や恐竜やサメと出会ったり、魔宮に迷い込んで冒険したり」

逃げる女

   『20キロ制限』の標識。

逃げる女

キリ「20キロ制限。そんなのはるかに越えてるよ」

   アクセルふかす。
   『一時停止』の標識。
   ホイッスル鳴り響く。

交通安全教室屋「止まれって言ってんだろうが~。20代~。あんたの20代~」
キリ「20代か。何だろ?OLって。簡単に女の仕事、アルファベット2文字にしないでよ。オフィスレディー。事務所女か。仕事はまあ、そこそこやればいいのよ。でも楽しかった。みんな私にちやほやしてくれた。パーティー、合コン、高価なプレゼント。洋服もバッグも今では残ってないけど。指輪やアクセサリー、どこかにまとめて放り込んであるかな。それ開けると男と男が時代を超えてけんかし合ったりして。そんなもの捨てちゃえ?きれいさっぱり買い取り専門の店に持っていけばいい?プレゼントくれた男それぞれに値段がつくのよ。このネックレス・・・2000円ですね。・・・やっぱり、捨てられないのよねえ。あんまり趣味が合う人いなかったかな。一緒に映画観に行く時も、この人はこの映画ならいいかな、なんて考えて選んだりして。観ている時も、この隣の人は楽しんでいるんだろうか。そんなことばかり考えて、疲れて・・・結局別れてしまう」

   『30キロ制限』の標識。

逃げる女

キリ「30キロ制限。もう止まれないっていうの」

   アクセルふかす。
   『一時停止』の標識。
   ホイッスル鳴り響く。

交通安全教室屋「止まらんか~。交通ルール守らんか~。30代~。あんた30代~」
キリ「30代か」

   電話の呼び出し音が鳴り響く。

逃げる女

キリ「運転中だよ。出れないよ」

   激しく鳴り響く。

キリ「(電話に出る)ダイエット合宿の案内?いいよ。そんな太ってないし。太ってるように見えます?電話じゃわからない?それはそうですね。健康食品もエステもぶら下がり健康器も間に合ってます。結婚紹介所?失礼ですがおひとり?少しも失礼じゃないですよ。独身ですよ。そうです。おひとりです。さみしくはありませんから。休日はスポーツジム行ったり、友達とディナーしたり。男?いえ違います。最近は女同志の方が気楽で。恋人?・・・え?今は。今は、いません。ちょっと前まではいましたよ。いない時期なかったんですけどね。どうしちゃったんだろ?あたしがだめだったって言うか。あ、あたしが!ですよ。他の人は知りません。他の人だったらうまくいくかもしれない。あくまで、あたしが彼のことだめだったんです。同い年の彼。付き合いは長かったんですけど。20代から知り合いで。この人と結婚するんだろうなって思ってた。ま、別れちゃえば一緒ですよね。3日付き合った男と変わんない。その後、スクランブル交差点で、若い女と手つないで歩いてるとこ見たんですけど、なんとも思わなかった。私、ひとりで映画見に行くところだったんですけど。え?何の映画?そうだ。ジュリア・ロバーツの・・・。題名は・・・。恋愛映画?そうですよ。オーシャン11じゃなかったことは確か。ひとりで映画は行きますよ。映画観るのは私の10代のころからの趣味ですから。いつも一人で行くんです。一人で観るのが好きなんです。暗闇の中、シートにうずまって。なに言わせるんですか。あなたどなたですか?テレホンアポインター?ノルマがあるんでしょうけど、私は買いませんから。結婚紹介所にも入会しませんから。お仕事頑張ってください!(電話切る)」

逃げる女

   パーっと激しいクラクション。
   大型トラックが猛スピードで走り去る音。
   キリ、あわてて、ハンドルを切る。
   『追い越し禁止』の標識。

逃げる女

キリ「な、何考えてんのよ。交通標識見なさいよ。追い越し禁止だよ。しかも30キロ制限。よ~し。抜き返してやる」

   キリ、気を入れなおし、アクセルブインと踏む。
   激しいエンジン音。
   ホイッスル鳴り響く。
   『一時停止』の標識。
   交通安全教室屋、必死に止めようとする。

交通安全教室屋「ストップ。ストッ~プ!!」

   キリ、ひたすら前を見て、アクセルを踏みこんでいる。
   急にハンドルを切る。
   『右方屈曲あり』の標識。

逃げる女

キリ「わ。何?今の曲がり角。曲がり角。・・・なんか、今曲がった。肌?体力?誰かを愛する気持ち?」

   キリ、首をふる。

キリ「い~や。そんなことない。絶対ない。無敵の私に限ってそんなことあるわけない!・・・やだ。霧が出てきた。前よく見えない。トラックどこ行ったのよ。走っても走っても、全然追いつかないじゃない。何だよ。このおんぼろ車。今までの人生こんなおんぼろ車乗ったことないよ。もっと高くて、速くて、乗り心地のいい車ばっかりだったよ。捨ててある車なんかこんなもんかよ。戻ろう。来た道を戻ろう」

   ハンドルを切ろうとする。
   『Uターン禁止』の標識。

逃げる女

キリ「Uターン禁止・・・。戻れないの?もう、戻れないのっ!」
上司の声「上野キリ君。この会社、長くいるからよくわかってると思うけど、いつまでも若い時のOL気分じゃ、この会社にいれないよ。時代は変わっているんだ。会社も変わらないと。君もね」
恋人の声「キリ、長くつきあってきたけど、おまえ、俺じゃなくてもいいだろ?・・・俺はキリじゃなきゃダメだったんだけどな」
キリ「そんなこと、そんなこと今言わなくてもいいじゃない。後にしてよ。・・・わっ!」

   激しくぶつかる音。
   キリ、ブレーキかける。

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キリ「え!何?今なんかぶつかった?人間?ひいちゃった?」

   『動物が飛び出すおそれあり』の標識。

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キリ「鹿?あ、動物が飛び出すおそれあり」

   キリ、車から降りる。
   あたりを探す。

逃げる女

キリ「おかしいな。何かにぶつかったはずだけど」

   あたりを探す。

キリ「気の勢だったのかな。まさか。確かにいやな実感あった」

   車を見ている。

キリ「行こう。ゆっくり行こう」

   エンジンかけるがかからない。

キリ「かからない。どうしちゃったんだろ。なおそうか」

   キリ、車をしきりに見ている。

キリ「私、パンクしたタイヤひとつ換えたこともないんだよね」

   一応粘る。

キリ「全然わかんない。男がいればな・・・」

   その考え気持ちの中で否定する。

キリ「・・・歩こう。車のことは自分じゃできないけど、歩くのは自分の足だ」

   キリ、歩き始める。
   追っ手、やってくる。

追っ手「ようやく見つけたぞ」
キリ「な、何よ」
追っ手「待て!」
キリ「待て?逃げるの?私、逃げるの?」

   キリ、逃げる。

キリ「あんたが追いかけるから逃げるんだよ」

   追っ手、追う。
   出ていく。
   誰もいない。
   しばらくして、キリ、疲れたようすでやってくる。

キリ「ここ、どこだろう。何キロ走ったんだろう。何時間走ったんだろう」

逃げる女


   後ろを振り返る。
   誰もいないのを確認する。
   汽車が走る音。
   『踏み切りあり』の標識。

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キリ「踏み切りあり。線路の先を行けば、駅に出る」

   歩き始める。

キリ「その駅があるところはどんな町だろう。水、飲みたいな。おいしいお水・・・どんな水でもおいしいだろうな。井戸かな。水道かな。きりりと冷やしてコップに注がれた一杯の水かな」

   水を飲む。

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キリ「あ~(おいしそう)。その町、どんな食べ物あるかな。名物はなんだろう?先ずはご飯だな。白いご飯。漬物と塩コンブ。梅干し。焼きノリ。納豆。焼たらこに塩じゃけ。卵かけご飯。お代わりください!・・・やばい。余計おなかすいた。こんなにおなかすいたの生まれて初めてかも。生まれたての赤ちゃんなら、泣けばお母さんがやってくる。・・・泣こうか。泣いちゃおうか。赤ちゃんじゃないのに。エ~ンエ~ンって」

逃げる女

   汽車が走る音小さくなる。

キリ「え?何で?どこ行っちゃうの?」

   音、消える。

キリ「え?」

   立ち止まる。

キリ「卵かけごはん・・・」

   追っ手があらわれる。

追っ手「見つけたぞ」
キリ「わっ!しつこいなあ。私が何やったって言うのよ」

   追っ手、ピストルを取り出す。

キリ「え?」

   追っ手、構える。

キリ「え?何?どういうこと?本物?」

   追っ手、上に構えて撃つ。
   拳銃音。
   またキリに向ける。

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キリ「やだ。死んじゃう。そんなの命中したら私、死んじゃうじゃない」

   キリ、ピストルをけりあげる。
   キリ、逃げる。

追っ手「(ピストル拾い)待て」

   撃つ。
   拳銃音。
   何度か拳銃音。
   汽車が近付いてくる音。
   キリ、耳を澄ませる。

キリ「線路は?線路はどこ?」

   汽車がやってくる。(荷台のようなもの)
   キリ、飛び乗る。

逃げる女

   追っ手、ピストル撃つ。
   キリ、身をよけながら、汽車は移動し、逃げていく。

キリ「何?これ。西部劇?荒野の用心棒?クリント・イーストウッド?」

   追っ手、離されていく。
   そして、去っていく。

キリ「(遠くを見て)どこだろう。(近くを見て)誰だろう。知らない場所。知らない人たち。この汽車、どこへ向かっているのだろう。・・・いいさ。自分で決めるんじゃないもの。行先は・・・任せるさ」

   『40キロ制限』の標識。

キリ「40キロ制限・・・」
交通安全教室屋「40代~。40代~」
キリ「・・・40代か。何があるんだろう・・・。あ、町だ」

   『徐行』の標識。

逃げる女

キリ「徐行。スピードダウンか。それもいい。ゆったりとお風呂につかろうか。懐かしい友達に手紙を書こうか」

   キリ、手を振ったり、誰かに呼びかけたり。
   懐かしい故郷に帰ってきたかのよう。
   汽車、止まる。
   キリ、降りる。
   人々がやってくる。
   そこに走ってやってくる人。
   追っ手が変装している。
   ぶつかりそう。

キリ「ストップ。ストッ~プ!」

   『一時停止』の標識。
   キリ、それを持つ。

キリ「ちょっと止まって。そんな全速力で走ったら、ぶつかってしまうから。気持ちはわかる。気持ちは。でもね。標識を見て。『止まれ』だよ。もしも信号機が赤だったら、止まろう。青になるまで待とう。なかなか青にならないかもしれない。でも、そこであせらないで。ちょっと考えてみよう。自分の道を。来た道。行く道。いろんな標識があったし、守ったり、守らなかったり。守れなかったり。交通標識、交通ルールは守らなくちゃいけないけど、自分の標識、自分のルールはいろいろだ。自分で決めればいい。もちろんうまくいかないこともある。でも大丈夫。そんな時は自分のルール、変えちゃえばいい。こう生きなきゃいけないなんてないんだから。こう生きたい。それだけでいいじゃない。今まで、何本の映画を見てきたかな。映画を見ながら、いつも思ってたこと。ああ。いろんな生き方あるんだな。自分の生き方はどんな映画に見えるんだろう。みなさん。横断歩道は手をあげて、左右を見て、安全をしっかりと確認して、それから、自分の歩き方で進みましょう。さあ、青ですよ。どうぞどうぞ。」

逃げる女

  『通行止め』の標識。
   追っ手、それを持ち、変装を解く。

逃げる女

追っ手「通行止め。これ以上は進めないんだよ。つかまえろ」

   ほかの人々も、キリをつかまえにかかる。

キリ「え?」

   キリ、気を取り直し、ボディアクションで戦う。
   しかし、つかまる。

追っ手「いい加減、観念しろ」

   キリ、観念した様子。
   交通安全教室屋、『非常口』のマークを持ってくる。

逃げる女

キリ「ねえ、私、あきらめるよ」
追っ手「そうか。ようやくあきらめたか」
キリ「頑張っても無理なことあるって、よくわかった」
追っ手「わかればいいんだ」
キリ「ね。教えてよ。どうして、私を追いかけたの?」
追っ手「・・・ん?何だろ?そうだな。あんたが逃げてたからだ」

   キリ、追っ手たちが気がゆるんだすきに、すりぬける。

逃げる女

   『非常口』に飛び込む。
   交通安全教室屋とともに去っていく。
   追っ手たち、取り残される。

追っ手「何ぼやぼやしてるんだ。追え。地獄の果てまで追いかけるんだ!」

   男たち、追いかける。
   追っ手も追いかける。




                                   おわり


「逃げる女」は2009年に、はままつ演劇・人形劇フェスティバルで上演した
劇団フィールド「STOP!」の何本かのオムニバス作品の内のひとつです。
写真は劇団からっかぜの布施さんが撮影してくださいました。
ひとりの女の10代~40代の人生を交通標識に載せて、表現しました。
出演者のみなさま、写真掲載させていただきました。     寺田


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