2023年03月15日20:29
掌編小説『雪日和』を書いた≫
カテゴリー │掌編小説
掌編小説 その7
テーマは「冬」。
秘境系AV女優・麻美ダリア(芸名)が撮影監督他・山元健三(仮名)と雪国に動画撮影に行こうとするまで。
2月25日にシネマe~raで「雪道」という従軍慰安婦問題を描いた韓国映画を観たが、
この「雪日和」を書いたのはそれより前。
『雪日和』
寺田景一
天気情報を朝のテレビニュースが伝えている。
それを見ている女はソファーで長い髪をとかしながら言う。
「通行止めになるかもって」
撮影道具を鞄に詰めながら男はテレビに目をやる。
大雪の様子は、これからふたりが向かおうとしている地域の中継映像だった。
地方局の女子アナが大雪の中、マイクを持ち立たされている。
女は麻美ダリアという名でAV女優をやっている。
男は山元健三と名乗っているが本名は違う。
どちらも借金の形に裏ビデオ制作をやらされている。
ダリアは女優として脱ぐ。
健三はカメラマン、監督と言えば聞こえはいいが、要するに女優以外のすべてを受け持つ雑用係。
シナリオも一応書くが、そこに大きな意味はない。
どこで撮影するか。
つまりどこで脱がせるか。
それだけ決まればあとはどうにかなる。
麻美ダリアのシリーズは、極限の地で脱ぐことを売りにしている。
タイトルを羅列する。
孤島の断崖絶壁。
未開のジャングル。
灼熱の砂漠。
深海の沈没船。
百獣のサバンナ。
超然の空中都市。
真空の宇宙遊泳。
‥‥‥。
と言ってもどれもインチキみたいなもので、それらしい場所を探して、それらしく撮影する。
大袈裟な音楽とナレーションで盛り上げる。
タイトルと実際の映像のギャップもこのシリーズの売り。
ナレーションはカメラを回しながら、健三が同録で語る。
終盤になると健三も脱いで、本番行為に突入する。
この日撮影するビデオのタイトルは「雪国のペガサス」。
雪国をロケ場所に選び、温泉旅館を取ってもらっている。
そこで撮り足らないところを撮影する場合もあるが、これは裏ビデオ制作元の一応慰労のしるし。
「温泉つかって、うまいものでも食ってこい」という。
ふたりは今いるマンションに一緒に住まわされている。
逃げたくても逃げないと見透かされている。
二十代前半の婚姻関係のない男と女だが、健三が申し出て、別の部屋で寝る。
ダリアはさみしいから一緒にと言ったが、とりあわなかった。
仕事以外に抱くこともない。
元々それぞれの持ち物は少ない。
家具はそろっていて、必要な物は支給される。
撮影に係る費用は衣装も含めすべて用意される。
短期間の納期で、アダルトビデオがアップされればいいのだ。
それは違法ルートで販売される。
ショップやネットのダウンロードで。
警察の捜査が入れば、しょっぴかれるだろうが、いちいち摘発していたら追い付かないくらい同じような商売をする者は数多くいる。
警察といえども一種サービス業なので、一般庶民が騒ぎ立てる案件から重い腰を上げる。
「すごい雪。やっぱり通行止めだって。どうする?」
ソファーに座りながらメイクを大雑把に整え終えたダリアがテレビに目を停めたまま言う。
メイクの仕上げも衣装の着付けをするのも健三の仕事だ。
撮影現場で目隠しフィルムを貼ったライトバンの中で行うのは、しょっちゅうのこと。
「行かなきゃしょうがないだろ?」
「車通れないよ」
「通れなかったら、そこで降りて、撮ればいい」
「温泉は?」
「あきらめるんだな」
「やだよ。寒い思いして、温泉入れないなんて‥‥‥まるでサギじゃん」
ダリアが雪国出身であることは知っていた。
だからかわからないが、雪国でロケをすることは喜んだ。
雪の中、素っ裸になること自体常軌を逸しているのに。
具体的に生まれ過ごした町がどこかは知らない。
その町で小さくない詐欺事件を起して、執行猶予付きの罪を負った。
それからも人生はうまくいかず、今はここにいる。
ダリアの身体も顔も公に晒しているが、この限られた嗜好者を持つ媒体がどれだけの範囲に広がっているかはわからない。
親や兄弟姉妹、親族やダリアを本名で知る人の中で気付いている者はいるだろうか?
いてもいなくてもダリアは気にならないだろう。
騒ぎたければ騒げばいい。
だけど、わたしは知らない。
そんな覚悟をしているように。
ダリアはこの仕事に嫌な顔一つせず、向き合っていた。
その前向きな姿勢が映像にも現れるのか、同じようなビデオ作品の中でも売り上げが高かった。
だから作品作りにも手厚く予算が出た。
闇の稼業から得た金で。
今度は海外ロケだとハッパをかけられている。
仕事に見合う給料も出たが、そちらは自動的に返済に回され、生活費だけが渡される。
借金には法外な利息がかけられているので、いつになったら完済でき、この仕事から解放されるのかは不明。
ダリアは笑顔を絶やさず、そのことをまったく気にしていないように見える。
「さあ行こうか。雪は嫌と言うほど見れる」
健三はダリアの前のリモコンを奪い、相変わらず雪のひどさを報じるテレビを消す。
「もし、途中で雪に埋まったらどうしようか?」
ダリアは雪の真っ白だった映像から黒くなったテレビ画面を見つめたまま言う。
「埋まったら、死ぬさ」
健三は何の気なしに答える。
「死んだら私と一緒だけどいいの?」
ダリアはまだ黒い画面を見つめている。
「いや、撮るさ。撮影する」
「逃げよう。ふたりとも死んだことにして」
「そんなことは出来ないよ」
「完全に埋まってしまえば大丈夫。あんなにすごい雪だし」
「見つかるさ」
突然ダリアは健三の方を向く。
「映画監督になりたかったんだよね」
一瞬、健三は言葉に詰まる。
それは子供だった時からの変わらない夢だった。
「今、同じようなことやってるよ」
「撮られているとわかるんだ。どれだけ考えて撮影しているか。絶対才能あるよ」
「たったひとりに言われても全然うれしくないよ」
「私ひとりじゃないよ。ファンがたくさんいるじゃない。日本ばかりか海外も」
極限シリーズは海外の愛好家からの支持も得ていた。
「その前に見つかって殺されるよ」
「殺すわけないじゃん。こんなに才能ある映画監督を」
ダリアは真面目な顔でそう言うと、ソファーから軽やかに腰を上げる。
健三も車のキーを強く握りしめ、雪国へ撮影に向かうべく玄関へ足を進める。
テーマは「冬」。
秘境系AV女優・麻美ダリア(芸名)が撮影監督他・山元健三(仮名)と雪国に動画撮影に行こうとするまで。
2月25日にシネマe~raで「雪道」という従軍慰安婦問題を描いた韓国映画を観たが、
この「雪日和」を書いたのはそれより前。
『雪日和』
寺田景一
天気情報を朝のテレビニュースが伝えている。
それを見ている女はソファーで長い髪をとかしながら言う。
「通行止めになるかもって」
撮影道具を鞄に詰めながら男はテレビに目をやる。
大雪の様子は、これからふたりが向かおうとしている地域の中継映像だった。
地方局の女子アナが大雪の中、マイクを持ち立たされている。
女は麻美ダリアという名でAV女優をやっている。
男は山元健三と名乗っているが本名は違う。
どちらも借金の形に裏ビデオ制作をやらされている。
ダリアは女優として脱ぐ。
健三はカメラマン、監督と言えば聞こえはいいが、要するに女優以外のすべてを受け持つ雑用係。
シナリオも一応書くが、そこに大きな意味はない。
どこで撮影するか。
つまりどこで脱がせるか。
それだけ決まればあとはどうにかなる。
麻美ダリアのシリーズは、極限の地で脱ぐことを売りにしている。
タイトルを羅列する。
孤島の断崖絶壁。
未開のジャングル。
灼熱の砂漠。
深海の沈没船。
百獣のサバンナ。
超然の空中都市。
真空の宇宙遊泳。
‥‥‥。
と言ってもどれもインチキみたいなもので、それらしい場所を探して、それらしく撮影する。
大袈裟な音楽とナレーションで盛り上げる。
タイトルと実際の映像のギャップもこのシリーズの売り。
ナレーションはカメラを回しながら、健三が同録で語る。
終盤になると健三も脱いで、本番行為に突入する。
この日撮影するビデオのタイトルは「雪国のペガサス」。
雪国をロケ場所に選び、温泉旅館を取ってもらっている。
そこで撮り足らないところを撮影する場合もあるが、これは裏ビデオ制作元の一応慰労のしるし。
「温泉つかって、うまいものでも食ってこい」という。
ふたりは今いるマンションに一緒に住まわされている。
逃げたくても逃げないと見透かされている。
二十代前半の婚姻関係のない男と女だが、健三が申し出て、別の部屋で寝る。
ダリアはさみしいから一緒にと言ったが、とりあわなかった。
仕事以外に抱くこともない。
元々それぞれの持ち物は少ない。
家具はそろっていて、必要な物は支給される。
撮影に係る費用は衣装も含めすべて用意される。
短期間の納期で、アダルトビデオがアップされればいいのだ。
それは違法ルートで販売される。
ショップやネットのダウンロードで。
警察の捜査が入れば、しょっぴかれるだろうが、いちいち摘発していたら追い付かないくらい同じような商売をする者は数多くいる。
警察といえども一種サービス業なので、一般庶民が騒ぎ立てる案件から重い腰を上げる。
「すごい雪。やっぱり通行止めだって。どうする?」
ソファーに座りながらメイクを大雑把に整え終えたダリアがテレビに目を停めたまま言う。
メイクの仕上げも衣装の着付けをするのも健三の仕事だ。
撮影現場で目隠しフィルムを貼ったライトバンの中で行うのは、しょっちゅうのこと。
「行かなきゃしょうがないだろ?」
「車通れないよ」
「通れなかったら、そこで降りて、撮ればいい」
「温泉は?」
「あきらめるんだな」
「やだよ。寒い思いして、温泉入れないなんて‥‥‥まるでサギじゃん」
ダリアが雪国出身であることは知っていた。
だからかわからないが、雪国でロケをすることは喜んだ。
雪の中、素っ裸になること自体常軌を逸しているのに。
具体的に生まれ過ごした町がどこかは知らない。
その町で小さくない詐欺事件を起して、執行猶予付きの罪を負った。
それからも人生はうまくいかず、今はここにいる。
ダリアの身体も顔も公に晒しているが、この限られた嗜好者を持つ媒体がどれだけの範囲に広がっているかはわからない。
親や兄弟姉妹、親族やダリアを本名で知る人の中で気付いている者はいるだろうか?
いてもいなくてもダリアは気にならないだろう。
騒ぎたければ騒げばいい。
だけど、わたしは知らない。
そんな覚悟をしているように。
ダリアはこの仕事に嫌な顔一つせず、向き合っていた。
その前向きな姿勢が映像にも現れるのか、同じようなビデオ作品の中でも売り上げが高かった。
だから作品作りにも手厚く予算が出た。
闇の稼業から得た金で。
今度は海外ロケだとハッパをかけられている。
仕事に見合う給料も出たが、そちらは自動的に返済に回され、生活費だけが渡される。
借金には法外な利息がかけられているので、いつになったら完済でき、この仕事から解放されるのかは不明。
ダリアは笑顔を絶やさず、そのことをまったく気にしていないように見える。
「さあ行こうか。雪は嫌と言うほど見れる」
健三はダリアの前のリモコンを奪い、相変わらず雪のひどさを報じるテレビを消す。
「もし、途中で雪に埋まったらどうしようか?」
ダリアは雪の真っ白だった映像から黒くなったテレビ画面を見つめたまま言う。
「埋まったら、死ぬさ」
健三は何の気なしに答える。
「死んだら私と一緒だけどいいの?」
ダリアはまだ黒い画面を見つめている。
「いや、撮るさ。撮影する」
「逃げよう。ふたりとも死んだことにして」
「そんなことは出来ないよ」
「完全に埋まってしまえば大丈夫。あんなにすごい雪だし」
「見つかるさ」
突然ダリアは健三の方を向く。
「映画監督になりたかったんだよね」
一瞬、健三は言葉に詰まる。
それは子供だった時からの変わらない夢だった。
「今、同じようなことやってるよ」
「撮られているとわかるんだ。どれだけ考えて撮影しているか。絶対才能あるよ」
「たったひとりに言われても全然うれしくないよ」
「私ひとりじゃないよ。ファンがたくさんいるじゃない。日本ばかりか海外も」
極限シリーズは海外の愛好家からの支持も得ていた。
「その前に見つかって殺されるよ」
「殺すわけないじゃん。こんなに才能ある映画監督を」
ダリアは真面目な顔でそう言うと、ソファーから軽やかに腰を上げる。
健三も車のキーを強く握りしめ、雪国へ撮影に向かうべく玄関へ足を進める。