メロープラザ多機能ホールで「MY LIFE-9割ドキュメンタリー朗読劇-このまちに暮らすひとびと」を観た

カテゴリー │演劇

1月21日(日)14時~

袋井市のメロープラザには何度か来たが、
浜松から行くと、裏口にある駐車場に停めるので、
表玄関から建物を観たことがなかったことに、この日初めて気付いた。

公演終了後、会場内を巡ってみようとしたら、
表玄関があることに気付いたのだ。
外に出て見たら、ハッとした。

そうだよなあ。
裏玄関からしか出入りしていなかったので、
それまで、建物の印象があまりなかった。
何とも雰囲気のある建物じゃないか。
朝方雨が降っていた空は晴れていた。

「MY LIFE-9割ドキュメンタリー朗読劇-このまちに暮らすひとびと」は、
メロープラザと演劇集団esの共同主催。

この地域に住む人の経験を朗読劇にしたとある。
脚本・演出は澤根孝浩さん。
短編朗読劇3本作品。

地域に住む人と話を聞く人の2人の対話がセリフとなり、
それぞれの役を朗読者が演じ、読む。
時には対話の相手が、現地で出会った人と変わり、
演劇的な盛り上がりを増す。

この形式が面白いと思った。
ご本人が語る方法もあるだろうが、
それはお話会のようなものになり、
ここでは朗読作品として客観性を持たせている。
(もしかしたら、1本目はご本人がご自分の役を読んでいたかも?)

当事者が本人以外にもうひとり増えることになり、
練習や本番を通して、
誰かが他人の人生を生きる体験を持つ。

この作業は芸術が出来る役割だと思う。
例えば徳川家康はかつて何人もの役者が演じている。
クリスマスになればサンタクロースは世界中のお父さんが扮し、
子どもの前で演じられている。
人生が複製していく。
それは同じものでなく、それぞれの解釈で。

人は自分の人生を生きている。
その人生を、さまざまな人が演劇を通して、もう一度生きる。
それは時や場所を越えることもある。

会社勤めをしながら演劇をやっている二十二歳の女性が、高校を卒業して就職し、一人暮らしを始めた時の葛藤していた頃の話。
さみしさを通し、両親やまわりの人に恵まれていたことに気がつき感謝する。
背景には、菜の花畑の中、父と母に抱かれる女の子の写真が大きく映し出されている。

静岡県内の大学を卒業し、袋井市の法多山に勤めている男性が、コロナ禍、催し等が中止となる中、花を生けるなど新しい試みを始めていく。
SNSにも力を入れ、思わぬ多くのフォロワーを得て、つながりを広げていく。
背景には、境内にカメラを向ける法被姿の男性の写真。

バロセロナで日本人の奥さんと出会ったスペイン人の宝飾デザイナーの男性が、森町の茶畑と集落にひかれ、移住する。
戦国時代に建てられた八幡神社に魅せられ、例祭に行われる神事に氏子として参加することになる。
背景には、神社を見上げる外国人男性の写真。

生演奏で朗読を支える、ギター演奏・歌のHIROさんの音楽は多彩で、作品に添って工夫が凝らされていた。
奏でたフレーズをサンプリングし、それを使いながら演奏するのは、僕自身演劇ではあまり観たことがなく、感心した。
準備しているところで「やってるな~」。
そして、ギター演奏と重なって「やった~」。
役者だけでなくミュージシャンも当然、演じている。
また、ギター演奏だけでなく、縦笛も吹き、神事の場面などでは、特に効果を発揮していた。

歌も朗読の間とラストに2曲披露される。
どちらも愛する人とのことを歌っていた。


メロープラザ多機能ホールで「MY LIFE-9割ドキュメンタリー朗読劇-このまちに暮らすひとびと」を観た


※建物の正面からの写真には、観客を見送る白いシャツの演者たちの後ろ姿が見える。
メロープラザ多機能ホールで「MY LIFE-9割ドキュメンタリー朗読劇-このまちに暮らすひとびと」を観た




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