クリエート浜松で絡繰機械’S「エディパの靴」を観た

カテゴリー │演劇

4日(日)17時30分~
舞台には上手の手前から下手の奥に向かい、天井から細長い布が順に垂れ下がっている。
カーテンレールがあり、可動式である。
これは柱である。
隠れるカーテンである。
透ける紗幕である。
時間を区切る。
距離を区切る。
人を区切る。
エピソードを区切る。
アメリカの作家トマス・ピンチョンの小説をモチーフにしている、とあり、日本ではない。
異国だ。
衣装がいつにも増してふさわしい。
布感だ。
舞台には集めた労力が偲ばれる靴たちが囲む。(場所設定が個人が履いた靴の博物館なのだそうだ)
ここにも布感。
そして皮感。
なめし皮感。
他の客に聞いたことだが、靴のにおいがしてきたそうである。
演技には規律と自由が要求された。
それに役者たちはよく応えている。
ただ、動きと言うのは要求を高めるときりはない。
エディパの靴をめぐり、女が結果的に右往左往する。
それに上記らが集結する。
よりによって《エディパの靴》構成員たち(中敷きなど6人)がそれぞれ語りだす。
組み体操で靴を形どる。
これらすべてが演劇を構成する。
話は謎が謎を生むように転がっていく。
転がっていくのだなと思ったら、ラストは階段を昇った。
そこにも細長い布は施され、集めた靴が囲っていた。
終わったら、助演時間は90分くらいだった。
これはちょうどいい時間だ。

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