浜北文化センター小ホールでMUNA-POCKET COFFEEHOUSE「パンドラの鐘」を観た

カテゴリー │演劇

6月2日(日)16時~(WキャストのCast.A)

作者である野田秀樹さんの脚本は世紀末の1999年、
野田さん自身と蜷川幸雄さんによる演出でほぼ同時期に
上演された。
生まれた長崎の海に原風景を見出し、
大英博物館で観た鐘を原爆になぞらえ、
「パンドラの鐘」を書いた。
そして、両者の演出はまったく風合いが違ったという。
野田さん自身はともかく、
蜷川さんが野田さんに似た演出をするはずもない。

長崎に落とされた原爆を描かれていると言われているが、
それはわかりやすく描かれているとは言えない。
軍服も戦闘機も出てこない。
原爆はあくまでひとつのテーゼであって、
とある古代の王国と発掘現場を結びつける
ファンタジーとして描かれている。

おまけに野田さんの戯曲は比喩や惹句など言葉遊びが満載で、
一度戯曲を読んだだけでは、一言で言うと、
よくわからない。
ましてや、多くが一度きりの出会いである
演劇の公演では理解させるのは簡単ではないと思う。

野田さんが自身の戯曲を上演するNODA-MAPの舞台に立つ役者の条件は
俳優としての技術のみではない。
テレビ媒体をはじめとして、世間に認知されている役者を起用する。
またそんな有名俳優を起用できるのが野田さんの演劇界での立場だ。
小劇場演劇と商業演劇の違いは今やないに等しいと思うが、
野田さん自身演劇を始めた頃からそんな区別はなかったと思う。
純粋に面白い演劇をやりたいという一心だと思う。

だから、有名俳優を起用することに躊躇しない。
しかも、自らの言語世界を具現化できる俳優を抜擢する。
そんな俳優たちにより、
野田さんの簡単でない言葉は、観客に届く。
これは大変な技術がいると思う。

1999年に世田谷パブリックシアターで上演された「パンドラの鐘」の舞台映像を見ると
野田さんはスピードを重視されているのだなと思う。
言葉のすべてを届かせようとは思ってはいない。
というより、それを犠牲にしてまで、
当然ながら役者たちは言葉を届かせようと
それぞれの技術を駆使して過剰なまでの演技を繰り出す。
そのスパイラルにより野田さんの演劇は出来ている。
そこに音楽や照明や美術や衣装などがかぶさってくる。

観客たちは一方的にそんな速射砲のような
表現の束を浴びる。
野田さんは描いていることのすべてを伝えようとは思っていない。
いや、伝わるはずがないとさえ思っている。
でもその表現の束の中で、
何かひとつでも
観客の無意識に訴えるものがあればいいと考えているのではないか。
それが演出の意図である。

古典作品にせよ、同時代の作品にせよ、オリジナル作品にせよ
上演するには何らかの理由がある。
野田さんの作品が好きだからは、じゅうぶん上演する理由となり得る。

シェイクスピアなど古典作品の場合、世界各地各時代で
演じられすぎて、モデルと言うものがない。
だから、ある意味自由に表現できる。

引き換え、同時代の作家の場合、
オリジナル上演時の記憶が大きなモデルとなり、
そことの距離をどうとるか難しい場合もある。

距離をとり、自分たちの世界を打ち出す場合もあるし、
近い距離をとり、オリジナル上演時のイメージを目指して作る方法もあるだろう。
もちろんどちらがいいという話ではない。
なぜその台本を上演するかの理由による。

実はもうひとつ方法がある。
演じる自分たち、また観てくれる観客に落とし込んで演じることだ。
今回の公演では
台本に書かれたセリフ外のアドリブなどはそれらが現れていたように思う。
それは自らわかって発するから観客もよくわかるのだ。
セリフももっとかみ砕いて、表現する方法を探れば
自分たちの言葉としてちがう伝わり方があるかもしれない。

野田さんの言葉はやはり厄介だと思った。
野田さん自身の演出作品を見てもわからないことは多いのだ。
ただし、わからないことがそんなに重要でないように思える芝居作りをしている。
それはとても高度なことではあるが。
そして、それを目指すのは演劇をする十分な理由だろう。
また、1999年の上演からすでに20年が経つ。
十分な古典作品なのかもしれない。

浜北文化センター小ホールでMUNA-POCKET COFFEEHOUSE「パンドラの鐘」を観た



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