2021年11月13日08:55
松菱跡地へ「オン・ライン・クロスロード」へ行った≫
カテゴリー │いろいろ見た
松菱跡は、いったいどれくらいの面積なんだろうか?
ふと気になり調べてみたら、0.4ヘクタール。
つまり4000平方メートル。
中学校の運動場の最低基準の面積より一回り大きな広さ、
コンビニが40個分、
と比較例が出ていた。(わかるだろうか?)
売り場面積でいうと2万6,666㎡。
2万㎡が東京ドーム0.4個分だそうだ。(わかるだろうか?)
ハイライトやラークと比べた方がわかるだろうか?
松菱がデパートとして存在していたのは20年前のことだが、
その重さから抜け出すことは容易ではない。
そこでは多くの従業員が働き、業者が出入りし、
多くの客が訪れていた。
僕も大学1年の冬休み、松菱の1階にあった花屋でアルバイトをした。
トイレへ行くときや休憩時の隠語があったが、忘れてしまった。
花の包み方も覚えたが、今やれと言われても出来る自信がない。
その場所を埋めるのは並大抵ではない。
だから、破綻から20年も経ってしまった。
11月6日(土)のこと。
11月4日から7日まで行われた「オン・ライン・クロスロード」へ行ってきた。
到着したのは午後3時近くだろうか。
その中のひとつの企画である「押し☆たん!!(雑多な音楽ステージ)」を目当てに行った。
午後2時から始まっていて、審査発表が終わる午後5時までいた。

4日(木)午後7時から行われた「表現未満、」リサーチプロジェクト クロストークにも行ってきた。
5人の研究者がこのイベントの主催者である認定NPO法人クリエイティブサポートレッツがひとつのテーマとして掲げる
「表現未満、」について、事前に冊子となっているリサーチ報告書等を元にレッツ代表の久保田翠さんと共に語る。
「表現未満、」とは何だろう?
表現という言葉が、実は苦手だ。
何か、特別なもので、かしこまって、考えがちになるからだ。
人によってはよくわからないので、
関わらないように耳に入れたり、考えることを
封印してしまっている人もいるだろう。
教育を受けていない子供が歌を歌いだしたり、絵や字を書き始めるのも
もちろん表現行為の一つで、
うまくてまわりからもみとめられなおかつかねをかせいでいるひとらと
表現という名のもとに、何ら変わりはない。
もしも生物の有り様をすべて表現と解釈するなら、「表現未満、」という言葉は存在しない。
誰でも区別なく、十分に生き、最大の表現をしていると思いたい。
ただし、皆例外なく欲張りなので、
ああ生きたいこう生きたい。
でもできない、
十分な表現が出来ていないと
忸怩たる思いをする。
または、まわりが、もっとこうすればいいのに、
本当はもっとできるのにと
それぞれの判断基準が主な理由で、
やきもきしたりする。
そういう意味では誰もが当てはまる
等しく「表現未満、」なのだ。
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手も
ピッチャーもバッターもやって凄いねえとまわりは言っても
本人はまだまだ「表現未満、」と思っているだろう。

先月から今月にかけ、
さまざまな種類のアートが街中に集結した
「浜松オープンアート」(オープニングだけだが)、

静岡文化芸術大学の学生らにより企画された
万年橋パークビルの「貸事務所展」(6階会場だけだが)、

そして「オン・ライン・クロスロード」と
どれも浜松街中で行われたイベントに顔を出したが、
共通しているかなあと浮かんだ言葉が、「文化の交差」。※まさにクロスロード!
決して「交流」ではない。
点として分散している各文化が、あ、もしかしたらすれ違ったかも、という感じ。
ただ、点も打てば打つほど、重なるし、
線も引けば引くほど、交差する。
イベント用に仮設で作られた木のベンチに座ってイベントを観ていると、
目の前を人が頻繁に通る。
そこは手作りの道(砂利が敷いてあり色が違う)になっていて、
ちょうど通り道なのだ。
イベントを見に来た人ばかりではないだろう。
その人にとっては、突如出現した便利な近道だったのかもしれない。
イベントが終われば、またいつもの松菱跡に戻る。
ふと気になり調べてみたら、0.4ヘクタール。
つまり4000平方メートル。
中学校の運動場の最低基準の面積より一回り大きな広さ、
コンビニが40個分、
と比較例が出ていた。(わかるだろうか?)
売り場面積でいうと2万6,666㎡。
2万㎡が東京ドーム0.4個分だそうだ。(わかるだろうか?)
ハイライトやラークと比べた方がわかるだろうか?
松菱がデパートとして存在していたのは20年前のことだが、
その重さから抜け出すことは容易ではない。
そこでは多くの従業員が働き、業者が出入りし、
多くの客が訪れていた。
僕も大学1年の冬休み、松菱の1階にあった花屋でアルバイトをした。
トイレへ行くときや休憩時の隠語があったが、忘れてしまった。
花の包み方も覚えたが、今やれと言われても出来る自信がない。
その場所を埋めるのは並大抵ではない。
だから、破綻から20年も経ってしまった。
11月6日(土)のこと。
11月4日から7日まで行われた「オン・ライン・クロスロード」へ行ってきた。
到着したのは午後3時近くだろうか。
その中のひとつの企画である「押し☆たん!!(雑多な音楽ステージ)」を目当てに行った。
午後2時から始まっていて、審査発表が終わる午後5時までいた。

4日(木)午後7時から行われた「表現未満、」リサーチプロジェクト クロストークにも行ってきた。
5人の研究者がこのイベントの主催者である認定NPO法人クリエイティブサポートレッツがひとつのテーマとして掲げる
「表現未満、」について、事前に冊子となっているリサーチ報告書等を元にレッツ代表の久保田翠さんと共に語る。
「表現未満、」とは何だろう?
表現という言葉が、実は苦手だ。
何か、特別なもので、かしこまって、考えがちになるからだ。
人によってはよくわからないので、
関わらないように耳に入れたり、考えることを
封印してしまっている人もいるだろう。
教育を受けていない子供が歌を歌いだしたり、絵や字を書き始めるのも
もちろん表現行為の一つで、
うまくてまわりからもみとめられなおかつかねをかせいでいるひとらと
表現という名のもとに、何ら変わりはない。
もしも生物の有り様をすべて表現と解釈するなら、「表現未満、」という言葉は存在しない。
誰でも区別なく、十分に生き、最大の表現をしていると思いたい。
ただし、皆例外なく欲張りなので、
ああ生きたいこう生きたい。
でもできない、
十分な表現が出来ていないと
忸怩たる思いをする。
または、まわりが、もっとこうすればいいのに、
本当はもっとできるのにと
それぞれの判断基準が主な理由で、
やきもきしたりする。
そういう意味では誰もが当てはまる
等しく「表現未満、」なのだ。
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手も
ピッチャーもバッターもやって凄いねえとまわりは言っても
本人はまだまだ「表現未満、」と思っているだろう。

先月から今月にかけ、
さまざまな種類のアートが街中に集結した
「浜松オープンアート」(オープニングだけだが)、

静岡文化芸術大学の学生らにより企画された
万年橋パークビルの「貸事務所展」(6階会場だけだが)、

そして「オン・ライン・クロスロード」と
どれも浜松街中で行われたイベントに顔を出したが、
共通しているかなあと浮かんだ言葉が、「文化の交差」。※まさにクロスロード!
決して「交流」ではない。
点として分散している各文化が、あ、もしかしたらすれ違ったかも、という感じ。
ただ、点も打てば打つほど、重なるし、
線も引けば引くほど、交差する。
イベント用に仮設で作られた木のベンチに座ってイベントを観ていると、
目の前を人が頻繁に通る。
そこは手作りの道(砂利が敷いてあり色が違う)になっていて、
ちょうど通り道なのだ。
イベントを見に来た人ばかりではないだろう。
その人にとっては、突如出現した便利な近道だったのかもしれない。
イベントが終われば、またいつもの松菱跡に戻る。