どリアルえもん その8

カテゴリー │不定期連載小説「どリアルえもん」

ユキヒコはいつまでもただただ立っていたわけではない。
じゃんけん大会が始まったのを見届けると、今ここに自分の居場所はないのだと悟り、部屋を出た。
何が起こったのか整理したかった。
そして、眠たかった。
編集室には徹夜作業に備え、長椅子が並べられた『仮眠所』がある。
本来休憩所で仮眠のためでないのだが、いつの間にか長椅子が仮眠のためのベッドになった。
誰もいないのはわかっていたので、ユキヒコは眠るために編集室に入って行った。
ホワイトボードにはこの部屋にある編集機器の名も並んでいた。
じゃんけん大会の末、会社所有から新たな持ち主が決まる。
どうしてこんなことになったのだろう。
ユキヒコにはさっぱりわからなかった。
昨日の会議はなんだったんだ。
起死回生の一発当てる映画をつくってやろうという意気込みは本気じゃなかったのか。
ユキヒコは最初から映画作りを志していたのではなかった。
元々は保育士をしていた。
高校を卒業するとまわりが女ばかりの短大の保育科にはいり保育士の資格を取り私立の保育園で働いた。
子供のことが好きなのだと思っていたのだが、何年か働いているうちにそんなに好きではない気がしてきていた。
5年もするとそんなに好きでもない子供のために働くのが苦痛になってきた。
そこでそれはなぜなのかと考えた。
子供が子供らしくない気がした。
その保育園は公立の保育園に入れなかった子供が預けられた。
24時間預かっているので、夜仕事をしていてる親の子供が預けられた。
牧師さんも兼任しているオーナーでもある園長の意向で、どんな問題のある家庭の子供も預かった。
時には保育料をとらずに預かった。
いろいろな子供がいた。
いろいろな親がいた。
社会の縮図のような気がした。
あまりいい社会でない気がした。
子供が好きではないのは社会が好きではないからなのではないかという気がした。
どうすればいいかと考えた。
俺にはそんな力がない。
社会を変える力などない。
「ドラえもんがいたら」
ふと思った。
と思ったら、ドラえもんが助けてくれるという考えに夢中になった。
そうだ。
社会は「のび太」なのだ。
なんにもできないのび太君なのだ。
ドラえもんが未来からやってこなくてはいけないのだ。
しかし、すぐ現実に戻った。
「ドラえもん」なんかいない。
漫画家藤子・F・不二雄氏の創作物なのだ。
保育園外に園児たちを連れていくお散歩の時間に公園で子供たちを遊ばせ、ひとり考えた。
俺がここで頑張っても相手にできるのはこの何人かの子供だけだ。
しかも言うこと聞かない。
親もうるさい。
世界に出よう。
世界の子供を相手にしよう。
「世界の子供を幸せにしよう」
25歳のユキヒコは自分の空想に夢中になった。
公園の砂場では砂のかけっこをしていた2人の園児が大泣きしていた。
大泣きの連鎖は他の園児たちも巻き込み、そこにいた園児全員が大泣きしていた。
その泣き声たるやすごいモノで狭い公園は園児たちの泣き声で充満していた。
真夏だった。
それまでも鳴いていたあぶら蝉達の鳴く声が、より大きくなった。
それを聞きびっくりし、園児たちはまた泣いた。
われに返ったユキヒコは大慌てで園児たちをあやした。
世界が泣いていて、ユキヒコがひとりで世界をあやしているようだった。
数日後、ユキヒコは保育園に辞表を出した。
そして、anとかフロムAとか東スポの求人欄(あった?)とか見たあげく、『二の丸映画社』に入社する。
求人欄の枠は小さかった。
その時すでに『二の丸映画社』は過去の会社になりつつあった。
ヒット作を出してなかった。
かつての寵児小平の威厳も国民の間でも業界でも薄まりつつあった。
新入社員にも期待するのはヒット作を産むことだ。
創作畑とは全く関係ないところから入ってきたユキヒコにも過大な期待がかかった。
入社してすぐ、久々の新作映画の企画を任された。
「新人の感性の鋭いところで」
とか
「素人の方がニュートラルなところでポンとアイディアを生み出すんだよな」
とか、おだてられた。
というより、事実はもう誰も新しいアイディアを出す自信が失われていたのだ。
あまりに連戦連敗で。
ユキヒコが幸せだったのはそういうことに気がついてなかったことかもしれない。
「世界の子供を幸せにしよう」
それだけがユキヒコの頼りだった。
金科玉条だった。
時には声に出した。
時には念じるようにつぶやいた。
入社してすぐ任された新作映画はどんな映画?
まあ、いいじゃないか。
結果は?
その話は・・・。
人生はあまくない。
『二の丸映画社』は傾いたままである。
それから5年。
ユキヒコは思いついた。
「ドラえもん」。
そう思いついた時、世界中のあかりが一斉に点灯した気がした。
肩こりや眼精疲労や腰痛、気がかりがすべて快癒したようだった。
体が軽いと思った。
そして、冒頭の企画会議に戻る。
会議中、ユキヒコの中でドラえもんが実写版ドラえもんに昇華する。
漫画が現実になった。
ユキヒコにとって夢物語から今へとつながった瞬間であった。
ユキヒコは考えていた。
編集室の長椅子に座り、考えた。
どうしてこんなふうになったしまったのだろう。
眠ろう。
こんな時は眠るのが一番だ。
ユキヒコが導きだしたひとつの真実だ。
長椅子に寝そべる。
目を閉じる。
ところが、考えれば考えるほど眠れなかった。
これもまたユキヒコが導きだしたもうひとつの真実。
別の部屋ではじゃんけん大会が続く。
編集室は防音が完璧だ。
じゃんけん大会の狂乱は聞こえない。
ユキヒコは眠れない。
時はいつものように過ぎる。



 続く

(今週8日18時30分からのはままつコミュニティ・アート見本市にお越しください。静岡文芸大にて入場無料です)


















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