どリアルえもん その3

カテゴリー │不定期連載小説「どリアルえもん」

カレーは食べ終えた3人であったが、続きの映画の話をすることはなかった。
というより、話自体しなかった。
ノブ子が長引く会議のために用意した夜食であったが、ユキヒコもアシカワも一言の礼も発しなかった。
うまいもまずいも言わなかった。
ただただふたりは腹いっぱいで、ゆっくりしていたかった。
ノブ子はひとりで開いた皿やコップ、スプーンを片付けていた。
別に話したくなかったわけではない。
元々この3人は仕事以外で会話を交わすことはほとんどなかった。
ユキヒコは30歳。アシカワは35歳。
お互いがお互いに気が合わない男だと思っていた。
ノブ子は28歳だった。
妻帯者、社長小平とデキていた。という噂だったが、実際デキていた。
会社の誰もが知っていた。たぶん奥さんも知っていた。
だから3人とも互いにしゃべる理由はなかった。
もちろん仕事以外で。
ノブ子は入ってくるときは両手にお盆を持っていたが、食べ終えた後は2つのお盆を重ね、その上に皿を積み上げ、空いた場所にコップとスプーンを詰め込み、部屋を出て行った。
ドアは開けっぱなしで、皿を洗っているのであろう水道から流れる水の音がひっきりなしに響いていた。
そして、かすかに歌声が聞こえてきた。
ノブ子が歌う「ドラえもんのうた」が。
「こんなこといいな ジャー できたらいいな ジャー あんなゆめこんなゆめいっぱいあるけど ジャー みんなみんなみんなかなえてくれる ジャー ふしぎなポッケでかなえてくれる ジャー」
ジャージャー流れる水の音のすきまから聞こえてきた。
ユキヒコとアシカワは互いに腹をさすりながら、目を合わせた。
言葉は出なかったが、「ドラえもん、いいじゃないか」と語り合っているようだった。
どんな時でも、どんな場所でも「ドラえもん」が出現すると、何とも言えない気持ちになる。
闇を光に変える。重さを軽みに変える。そっぽを向いていた人たちを向かい合わせる。
午前2時になろうとしていた。
ノブ子が皿を洗い終え開けっ放しのドアから戻ってくると、アシカワが口を開いた。
「お先」
ユキヒコはふいをつかれたが、反応した。
「お、お疲れさま」
遅れてノブ子が反応した。
「お疲れ様でした」
きのうも同じやりとりはあったかもしれない。
順番は違ったかもしれないが。
アシカワは帰って行った。ドアは閉めて行った。
ノブ子が口を開いた。
「私もそろそろ」
ユキヒコは言った。
「丸山さん」
「はい」
ノブ子の姓は丸山だった。
「ドラえもん、好きなんだね」
ノブ子は少し間をおいて言った。
「そりゃそうです。ユキヒコさんもそうでしょう?」
ユキヒコの姓は本間であったが、みんなからはユキヒコとかユキヒコさんとか呼ばれていた。
「そりゃそうだ。俺は提案者なんだからな。ドラえもんの」
ノブ子は言った。
「帰ります」
「あ、ああ」
ユキヒコはまたも少しふいをつかれるが続ける。
「お疲れさま」
ノブ子は軽くおじぎをし、ドアを開け、去っていく。
またドアを閉めて行かなかった。
ユキヒコはドアを閉めながら言った。
「俺も・・・」
ユキヒコは、帰るか、と続けようとしたが、やめた。
自分のデスクに戻り、パソコンの画面を開いた。
実写版ドラえもんの企画書を作成しようと思った。
ユキヒコはいきなりキーボードを打ち始めた。
ひとりきりの事務所の中では東京の夜も静かだった。



  続く

(きのうに続き、書いたよ)



同じカテゴリー(不定期連載小説「どリアルえもん」)の記事

 
この記事へのコメント
浮かぶ時は浮かぶもんね。
絶好調?なのかもね。
あーどこでもドア欲しい。。
Posted by 天苺天苺 at 2010年09月25日 10:55
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
どリアルえもん その3
    コメント(1)