表現する日々

カテゴリー │静岡県西部演劇連絡会会報原稿

表現する日々

                       2004年8月1日号連絡会会報より


4年前の5月、欽ちゃんの仮装大賞本選に出場した。
つまり、テレビに出た。
そして、14点で不合格だった。
20点満点で、15点以上が合格する。
かれこれ20年以上続く番組なのでご存知の方は多いと思うが、わりと多くの出場者が合格する。
懸命に得点アップを懇願する姿に。
子供のなみだを一杯に溜めた表情に。
欽ちゃんの、そして審査員の心が動き、点数はパパパ、と上がりパパパパパ~ンと合格となり、バニーガールに祝福のメダルをかけられる。
それらの光景はややもするとテレビの世界のマンネリズムとして、嘲笑のネタになったりもする。
また、出場する作品すべてが面白いわけではない。
仮装大賞は全国10箇所で、予選が行われる。
予選に出たい場所の締め切りに合わせ、申込書を送る書類審査から始まる。
それを通ると実際に作品を作り、予選会場で演じる。
そこで合格しても全国でまだ予選があるので、本選に出場が決まったわけではない。
プロデューサー、放送作家等多くのスタッフたちに囲まれ、「ここはこうしろ」「これはダメだから、こう変えなさい」と、多くのダメだしが出される。
まさに、ダメだし。
「こうした方がいい」という生易しい言葉でない。
こうしてプロの物作りの中に巻き込まれていく。参加者から出たアイディアがプロの手により、ひとつの仮装作品として形作られていく。
私達は多くの修正箇所をどっさり抱え、ほとんど予選参加時からイチから作り変え状態となり、ビデオによる最終選考への参加を要請される。
もう一度作品を作り、ビデオに写して送る。
全国から集まったビデオ作品から選ばれ、最終的に出場者が決まる。
これまでかれこれ、約2ヶ月。
ほとんど仮装にかかりっきりになった印象である。
物作り、演技、スタッフが納得した作品になるまで何度でも変更を命じられる。
例えば、いい加減な絵では却下されるから、絵を描ける人に頼んだりするケースもあるだろう。
実際わたしもビデオを送った後、「直接直しを言いたいから、今度の日曜日、東京まで来れる?」と言われ、東京予選が終わった後、静岡予選より多くのスタッフが並ぶ前で、送ったビデオを見ながら、修正箇所が具体的に指示された。
そうして出場したのだが、結果は不合格。
でも私は確実に何かに夢中になった。
それは作り手たちのプロ意識だ。
全国ネットのゴールデンタイムだから、スポンサー料も高く、制作費も莫大だ。
面白い番組を作り、視聴率も取る、という明確な目標がある。
これに関しての弊害は多くあるだろうが、仮装大賞において求められるもの、それは『仮装』という範疇において、面白いかどうか、それだけ。
プロデューサーは言う。
「俺たちは『仮装』ということにだけ長い間こだわり続けている。」
スタッフであるワハハ本舗の主宰者である放送作家である喰始氏は言う。
「仮装大賞には自己表現のすべての要素が含まれている。
仮装ではそれぞれが持つ様々なものが武器になる。
子供も子供らしさ、または子供らしくなさを目いっぱい武器にする。
お年寄りも同様。
スポーツをやっている人はスポーツを。
または、ダンスを、バレエを、歌を、お笑い的肉体を、精神的情けなさを、図々しさを、ばかばかしさを、かっこよさを、芸術性を、新しいアイディアを・・・。
個性や、チームワークがいやというほど問われる。
でもあくまでそういった要素が評価されるのではない。
仮装というジャンルにおいて、結果として作品のみが評価されるのである。
私はそれが今までに覚えのないくらいに潔さ、純粋さを感じ、気持ちよかったのである。
もちろんその何倍もの悔しさと共に。
実は私が今なぜか演劇をやっている人生はここに始まる、といってもいい。
全国ネットのテレビに出るという事実は少なからず、ご無沙汰の人たちと再開するきっかけになったり、私という人間がどういう人間か、大袈裟に言うと意志表明みたいな役割もした。
このあとはしばらく、暇さえあれば仮装大賞の案を考える日々が続いた。
何を見ても仮装にできるかどうか結び付けた。
再会した人たちと、仮装に挑戦したこともある。
(最終選考に残ったことも地方予選で落ちたこともあるが、結果的には本選に出られず。)
ただし、仮装はやっぱりテレビ番組。
そこではおさまらない表現はたくさんある。
そして、演劇も始めた。
多くの新しい人と知り合った。
多くの人と喋るようになった。
昔よりも文章を書くようになった。
それらが今では私の日々の大切な一部だ。
その他は仕事をしたり、食べたり、本読んだり、演劇、映画、TVを観たり、眠ったり、ぼんやりしたり、・・・したり、・・・したり、している。
こうして、あえて言う!
私の“表現する日々”は続く。

                        おわり


先月の1月はじめ、仮装大賞を観た。
家にいるとどうしてもチャンネルを合わせてしまう。
そして、観始めると終いまで観てしまうオレ。
上記は6年半前の文章。
仮装大賞に出たのはそのまた4年前。
欽ちゃんは当時、満60歳で仮装大賞も第60回だった。
電波少年で有名になったチューヤンが同じく有名だったロバのロシナンテと一緒に出てゴジラならぬロジラという仮装をやった。
彼らも不合格だった。

写真は記念にもらった60回記念のロゴが入った壁掛け(使ってはいない)と放送に使われたクレジット。
本来は“サイドミラーに映るさよなら”だったが、欽ちゃんが“~さようなら”と言ったら放送時のクレジットもこうなった。


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